青春の味
我が野球部のマネージャー加奈子ちゃんは、俺たち部員のアイドルでもある。
「今日もかわいいなあ、加奈子ちゃん」
ベンチに腰掛ける彼女を見て、康介が言った。
「汗を煌めかせて運動してる男子が好き、らしいぜ。天使だな」
「へえ」
たしかに、俺たちの野球を見ているときの加奈子ちゃんは、いつもよりにこにこして、いつもよりかわいい。
「見ろよ隆。加奈子ちゃんが必ず持ってるあの水筒」
加奈子ちゃんは部活のときいつも、ピンク色のかわいい水筒を大事そうに抱えている。
「あれって絶対、はちみつレモンだよな」
康介がデレデレにやけた。俺もつい、頬が緩む。
「差し入れの定番だよな。でも誰に差し入れてるんだろう」
「そういえば知らねえな。ああ、差し入れられてえ」
康介が夢を見ているが、俺や康介のような顔がいいわけでもなく野球部員としてもあまり実力のない奴らには、一生無縁な代物だ。いや、俺だって差し入れられてみたいけれど。そんなのは、夢のまた夢なのだ。
そんなある日、俺と康介は部活帰りにグラウンドのベンチを見て固まった。
あの水筒だ。加奈子ちゃんの水筒が置き去りになっている。おっちょこちょいな彼女のことだ、うっかり忘れてしまったのだろう。
康介が迷いなく近づいて、水筒をちらちらと振った。俺は枯れに、小声で聞いた。
「入ってる?」
「入ってる」
なんと。俺たちには一生無縁のはずだった水筒が、今まさに目の前に。
「なあ隆……」
康介がニヤアと不気味に笑った。
「ひと口くらい、ばれないよな」
「やめとけよ」
「大丈夫だって」
「やばいって、差し入れの相手が怖い先輩だったらどうすんだよ」
「誰も見てないから平気だよ。お前さえ黙っててくれれば」
こうなった康介はもう何を言ってもきかない。俺は黙って見届けることにした。
康介が意気揚々と水筒の蓋を捻った。そろりと口をつけて、ごく、と喉を鳴らす。その刹那。
「ぶわっ! まっず」
康介は、貴重なその聖水を口から吐き出した。俺はぎょっと目を剝く。
「え!?」
「なんだこれ、しょっぱいし臭い」
康介は顔を顰めながらこちらに水筒を差し出してきた。
「隆も飲めよ」
「やだよ、まずいんだろ」
「まずいけど加奈子ちゃんのだぞ」
「加奈子ちゃんのだけどまずいんだろ」
ちょっとだけ勿体ない気もしたが、体調を崩してもいけないので、俺は康介を振り切って口をつけなかった。
後日、加奈子ちゃんには他人の汗を採取して水筒に溜める趣味があることが発覚した。
そのとき俺は、やはり他人のものに勝手に手を出しちゃいけないなと思い知った。真実を知った康介の絶望の面持ちを、俺は多分、一生忘れることはないだろう。




