黒い相棒
「悠太、遅刻するわよ」
夏休みが明けて最初の登校日。うだるような暑さ、晴れすぎた空。
私は小学校五年生になる息子に声をかけた。
「学校、行きたくない」
丸まった背中がぽつりと零す。
「何わがまま言ってるの。ほら、もう大きいんだからしっかりしなさい」
「お母さんは知らないんだ。僕がどんな恐怖に直面してるのか。大人には分からないんだ。お母さんには分からない。僕がただ、駄々を捏ねているだけだと思ってるんだ」
悠太は依然として立ち上がろうとしない。
「何言ってるの……。ほら、学校に行きなさい」
「やだ……だって、あいつが……」
振り向いた悠太は、目に涙を浮かべていた。
「あいつがのしかかってくるんだ……。僕の背中に、あいつがのしかかってくるんだ! 巨大な口を開けて、僕を待っている、真っ黒なあいつが!」
「悠太?」
「知ってるんだぞ、あいつは僕の嫌いなもの、たくさんたくさん飲み込んで、それでずっしり重くなった体で、僕のこと潰そうとしてるんだ。怖い、歩けないよ! あいつが僕の背中で笑うんだ、灼熱地獄を歩く僕を」
「悠太!」
「すごく重たいんだ……。お母さんお願い、車で送り迎えして。じゃないと僕、真っ黒なあいつに殺される!」
「悠太!」
私は悠太の肩を掴んだ。悠太が、ぐ、と息を止める。
「ランドセルが重いのは分かったけど、毎日送り迎えしてあげられるわけじゃないのよ。鬼気迫る演技は本当に感心する。でも、いいから学校に行きなさい」
お母さんにだって分かるわよ。夏休み明けの、尋常じゃない荷物の多さ。見れば分かるわよ。
悠太は舌打ちしてから渋々立ち上がって、古い付き合いの黒いランドセルを背負って学校へ旅立った。




