お豆腐
どうしよう、どうしよう。
九月に入ってしまった。夏休みの宿題が終わっていない。
厄介な宿題出しやがってコンチクショーなんだよ夏休みの思い出の絵って。どこぞのブルジョワファミリーとは違って俺は旅行だったり遊園地だったりは行ってねえんだよ家でゴロゴロ寝ながらゲームしてただけの俺に思い出なんかあるわけねえだろ。強いていうならラスボス倒したのがいちばんの思い出だよコノヤロウ。
しかしどうしよう、どうしよう。
提出日は今日だ。とりあえず、真っ白な四つ切り画用紙を筒状にしたまま、一度も開きもせずそのまま鞄に突っ込んで学校に持ってきてはみた。だが、まず間違いなく今からは何も描けねえ。
どうしよう、どうしよう。
先生が来ちまったよ。え、真っ先に回収する? マジかよ。
俺は教卓に、真っ白なままの画用紙を広げた。
「相川、これはどういうことだ?」
当たり前だ、怒られる。そりゃそうだ先生俺はあんたに賛成だぜ、俺があんたでもそう言うぜ。
だがな、納得はしているが屈するつもりもない。
「それはお豆腐の絵です」
苦し紛れ。さあどうする鳴瀬先生。ぽかん顔もジジイだぜ。
「素晴らしい!」
どうしよう、どうしよう。
怒られる覚悟でふざけて言ったお豆腐発言が受け入れられてしまった。全然知らなかったんだけれど、どうも美大の生徒なんかも作品としてわざと真っ白なキャンバスを提出することがあるらしい。俺のこれはそれとは違うと思うのだが、受け入れられてしまったものは仕方ない。いや、仕方なくないけど!
俺のお豆腐の絵(正確には何も描いていないマッサラな画用紙)は、小学生美術コンクールに出品された。今更引っ込みがつかなくて出品を拒否できず、呆れられる覚悟で出す羽目になった。しかしそのコンクールですら、「お豆腐」は特別金賞を受賞してしまった。
「夏休み、どこにも行かなかったけれど、家族と食べた夕飯の冷奴が忘れられなかった。それが幸せだった。そのお豆腐と真っ白な少年の心を画用紙そのものの穢れない白に託し表現しきった、まさに孤高の美です。夏休みという舞台をお豆腐に隠喩的に写し出し、完全なお豆腐を描いた最高の作品と言えます」
どうしよう、どうしよう。何という過大評価だ。
「何なんだよ。あんなの俺でも描けるぜ。ていうか何も描いてねえじゃねえか」
同じクラスの間宮が言った。そう、それだよ。俺はそういうまともな反応を待っていた。
「何を言ってるの、間宮くん。あなたにあれが描けるわけないわ」
隣の席の岩本さんが余計なことを言った。
「絵の価値というのは、技術の有無ではない。そんなものは勉強すればいくらでも手に入るのよ。絵の価値はどこにあるか。それは芸術性。芸術性は作者の胸中の思想や感情、絵はそれをいかに表現するかの手段にすぎない。相川くんは夏休みの思い出をそこらへんの砂利小学生のようにあった出来事を絵に起こしたのではなくそこに根を張った彼の繊細な思いや温もりを、究極の表現力を用いてこの作品を描き出した、そこに価値があるのよ。家族と楽しく海外でバカンスをして千葉のネズミ王国にも行って美人の姉ちゃんもいる間宮くんにはこの作品は描けない」
どうしよう、どうしよう。
俺のお豆腐は、コンクールの最高審査員の目にとまり海外にまで進出した。
来年からは全国の教科書にも載るそうだ。
親や親戚が喜んだ。お祝いにたくさんのお豆腐を貰った。
そして俺に、留学の話が来た。
どうしよう、どうしよう。留学したところで俺には真っ白な画用紙を真っ白なままにしておくことしかできねえよ。何か描いてしまったら途端に価値を失うのだから。これはもう画用紙を作っている会社の作品と言っていいだろうと思うのだけれど。
どうしよう、どうしよう。
嘘なんてつくもんじゃないな。
親は気がついているはずだ、夏休み中、冷奴が食卓に上がったことなんてなかった。
俺が嘘をついたことを知っていながら祝福しているのだ。そうだよな、それまでなんの褒められたところもなかった俺が、こんなに褒められているのだ。親としてはわざわざへし折ることではない。そりゃそうだ、俺が俺の両親だったとしてもそうするぜ。
どうしよう、どうしよう。
でも留学の話は断った。
どうしよう、どうしよう。




