鼓動
子供の頃、眠る前はいつも不安に駆られた。
このまま目が覚めなかったらどうしよう。朝が来なかったらどうしよう。
朝起きたら、僕の大切な人がいなくなっていたらどうしよう。
考えたところでどうしようもないことだと知って、却ってそれを美しいと感じるようになったのは、僕が大人になった証拠だろう。
それは無垢だった僕が壊れたのか、壊れていた僕が元に戻ったのか。分からないけれど。
ゆらゆら揺れる陶酔感の中で、僕は思う。
このまま目が覚めなければいいのに。朝なんて来なければいいのに。
大切な人なんて、初めからいなければいいのに。
「--さん」
そこに君が現れたのは、僕にとっての大きな誤算だ。
「私ばっかり、……バカみたい、大嫌い」
君の姿が見えないように目を瞑っても、君の声が聞こえないように耳を塞いでも、君は負けじと僕に不安を連れ戻してくる。
不安に駆られなくていいように。
恐怖から逃げなくていいように。
そんな呪文のような逃げの文句を並べながら、眠りの森へと誘われる。部屋の酸素をいたずらに奪う。祈るように、呪うように。
目を閉じた先の深い闇が、このまま僕を呑み込んで、世界から消してくれたら……美しいよね。
君という深い闇が、このまま僕を呑み込んで、世界を眩しくさせる。だから僕はまた、不安に駆られる。
大人になった僕は、眠る前はいつも祈り、呪う。
このまま目が覚めなければいいのに。朝なんて来なければいいのにと。




