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何それ全然よくねえよ

「あそこに座ってる男の子いるでしょ? 北高の制服の」

 菜々子が俺にそう切り出したのは、朝の通学時、いつもの電車の中だった。彼女がそっと手で示した先には、さらさらの茶髪に黒目がちな目をした男が座っている。菜々子のお気に入りのアイドル歌手に、ちょっと似ている。

「彼、私のストーカーなのよ」

「は?」

 思わず耳を疑った。

「ストーカーなの? ほっといてていいの?」

「まあちょっとはキモイかなと思ったけど、それ以上に私好みの顔だから。私生活を覗かれるのが快感になってきちゃって。だからいいの」

 いやいや……。

 何それ全然よくねえよ。

「あいつがストーカーって証拠あんの?」

 聞いてみると、菜々子はニヤッと笑って頷いた。

「証拠はね。毎日同じ車輌だってこと」

 それ理由になってねえぞ……。

「快感になってきてるってのも。菜々子の着地点はそこでいいの?」

「いいの。え、だってよくない?全部見られてるのに言葉も交わしたことがない……この不思議な距離。プラトニックなようなそうでないような。いいわあ」

 全然よくねえよ……。

 どういうことだよ。お隣の家で幼稚園から高校までずっと想いを寄せていた、俺の立場はどうなる。顔がたまたま好みだったからって、どうしてポッと出のこんな奴に心を許しているんだよ。

 全然よくねえよ。

「時々、物陰からカメラの音がするの。撮られてるって思うとどきどきしちゃう。それに、家のあちこちから盗聴器が出てきて、なんと十個も! 家族にばれないように、元の場所に戻したよ」

 呆然とする俺に、菜々子は更に目をうっとりさせた。

「すごいよ、最近、積極的で。見てるだけじゃなくて、私の部屋の中にも入ってきてるの。歯ブラシがなくなったり、ベッドの上のぬいぐるみがなくなったり。この間なんてパジャマがなくなったの。絶対彼が盗んでる。新しいのを買うのは出費が嵩むけど、彼へのプレゼントだと思えばいいかなー」

 いいかなーじゃねえよ。全然よくねえよ。

 そんなの全然よくねえよ。

「どうしよう、声かけてみたいけど、この関係が壊れるのは怖いよ。このままでいいような、よくないような……」

 よくないよくない! 全然よくねえよ!

 菜々子は完全に勘違いしている。

 勘違いというか、思い込んでいる。現実が分からなくなっている。

 全然よくねえよ。全然よくねえよ。


 写真を集めたり、盗聴器を設置したり、部屋から物を拝借したり、それは全部俺がやっていることなのに。


 その茶髪男は本当にただ同じ電車に乗っているだけの菜々子好みの顔の男で、君をどきどきさせているのは全部俺なのに。

 なんでそんな、名前も知らない茶髪男の方がいいんだよ。十年以上ずっと君を見守ってきた俺じゃなくて。君の私生活を全部把握している俺じゃなくて。

 朝起きて最初に髪を梳かすのも、朝ご飯はパン派なのも、国語の授業は毎回寝ているのも、昼休みにパックのいちごミルクを必ず買うのも、週一のペースで放課後にクレープの買い食いをするのも、夕飯がハンバーグの日は機嫌がすこぶるいいのも、お風呂で鼻唄を唄うのも、使っているシャンプーの銘柄も、週一で寝る前にサボテンに水をやるのも、全部知ってる俺じゃなくて。

 なんでそいつなんだよ。


 ……あ、でも。結果的に本人も喜んでいるみたいだし。

 菜々子が何も知らずにどきどきしているのなら……。


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