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夢の中で会いましょう

 お久しぶり、と、初対面の男は言った。

 見知らぬ男がなぜ「久しぶり」なのか分からないが、恐らくこいつは頭がおかしいのだろうと思い、僕はああ、とだけ気のない返事をした。

 その男は、古臭いスーツに身を包んで、片眼鏡なんかかけている。妙な奴だ。

「今日はいい天気だね」

 男は言う。たしかにいい天気だ。だがだからといってどうというわけでもない。

「けど、晴れてるのは今だけだ。そのうち雨が降るよ」

 親切に男は言った。

 ほう、そうですか。それはいいことを聞いた。洗濯物をしまっておこう。

「それに寒くなるらしい。そうだ、温かいものでも食べないか」

 見知らぬ男の誘いはちょっと受け難い。

 いや、本当に見知らぬ男か?

 何となく、どこかで会ったことがある気がしてきた。

「ていうかさ」

 スーツの男が、無表情で問う。

「俺が誰だか分かってる?」

 僕は素直に応えた。

「正直分からない」

「だと思った」

 くすり。男が笑う。

「俺は、君の夢に出てきて“これは夢だよ”と教えてる人だよ」

「ああ」

 そういえば。よく会っていた男だ。

「君はしょっちゅう夢の中で迷子になってそのうち夢に飲み込まれてそっちが現実になりそうになる」

 やれやれ、と男はわざとらしく肩を竦めた。

「だから俺が引っ張り出してやらないと、君は住む世界を間違える」

 白い手袋を嵌めた人差し指で僕を指差す。

「そういうの困るの。どの世界にも生態系ってもんがあるんだから」

 そうなのか。知らねえよ。僕は口の中でぼやく。

「現に君は今俺と話してるのを現実だと思っているだろう」

 男の言葉に僕は え、と短く呟いた。男が大袈裟なため息をつく。

「ほら迷子になってる」

 それから男は、ニヤリと口角を上げた。

「本当に面白い奴だ」

 満足気にニタニタと笑う。

「俺は君と話をしてみたかったんだ。よかったよ、世間話ができて」

「そうか」

 僕は別にそうでもなかったけど、とは言わないでおいた。

 代わりにひとつ、聞いておいた。

「あんたは何者なの」

「しがない夢の世界の支配人さ」

 それから男は、楽しげに言った。

「一緒に温かいもの、食べたかったよ」

 ああ、嫌な夢だ。早く覚めないかな。

 夢の世界の支配人と夢の世界の迷子は、いずれ覚めて消える世界に、たしかに立っていた。

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