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想念の鎧 ― 忍び寄るニームとの戦い ―  作者: 輪生 悟
15章 出陣
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1. 脱獄

 男が気を失ったまま動かなくなると、地下牢の通路の向こうから、騒ぎのあったリディアのいる雑居房に、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 男との乱闘騒ぎを聞きつけた看守たちがやって来たのだろうとリディアは思ったが、リディアの予想に反して、やって来たのは、霞寂(カジャク)とその従者たちであった。

 霞寂は、地下牢の鍵を持っていた。そして、臥神のいる独房の格子戸の錠を解錠し、格子戸を静かに開けると、臥神が当たり前のようにゆっくりと外に出てきた。

 信じたくはなかったが、すべてが臥神の策略通りなのかもしれぬとリディアは思った。

 天下の奇才と言われ、ゴルドバ将軍が、トラキア軍の軍師として招き入れたいと申し出た賢者である。何の策もなく、易々と地下牢に投獄されるようなことなど、あるわけがなかったのである。

 では、何のために投獄されたのだ?

 リディアは、ふと疑問に思って考えた。

 すると、霞寂が、今度は、リディアのいる雑居房の格子戸の錠を解錠し、格子戸を開けて、従者の二人を中に入れた。そして、従者たちは、倒れている男を持ってきた担架に乗せて、雑居房の外へと運び出した。

 「まさか、その男を連れだすために、わざと捕まって地下牢に入れられたのか?」

 リディアが臥神に尋ねた。

 「いかにも」

 臥神は短く答えると、すぐに男を地下牢の外に運び出すように霞寂に命じた。

 そして、再びリディアに視線を移すと、開けられた格子戸を見つめながら迷っているリディアを促すように言った。

 「言っておくが、私は、そなたを助けるために、霞寂にその格子戸を開けさせたのではない。したがって、そこから出るか否かは、そなたの自由だ」

 リディアは、このまま臥神の助けを借りて地下牢から出たのでは、自分が臥神の策略通りに動かされているようで気が進まなかったが、今のリディアには、この機会を逃せば、地下牢から脱出する手段がなかったため、持っていた短剣で、縛られた後ろ手の縄を切ると、仕方なくそこから出ることにした。

 「あの男は、何者なのだ?」

 リディアは、従者たちが担架で運び出した男について、臥神に尋ねた。

 「私にもまだよく分からぬが、彼の話では、名は、雲水陽焔(ウンスイ・ヨウエン)というらしい」

 「あの男と話したのか?」

 臥神は頷いた。

 リディアは、男が以前、見たこともない奇妙な服を着ていたため、見知らぬ国から来た者なのだろうと考えていたが、臥神と話したということは、男は美土奴国の人間なのだろうかと思った。

 「あの男とは、美土奴国の言葉で話したのか?」

 「美土奴の言葉ではない。彼は、古代のランドル語で、そう名乗ったのだ」

 「古代のランドル語?お前は、そんな言葉が話せるのか?」

 「古代のランドル語は、美土奴国の言葉に類似した言葉なのだ」

 「では、美土奴国の人間は、ランドルという巨人族の末裔(まつえい)なのか?」

 「恐らく、そうなのであろう」

 「あの男も、ランドルの末裔なのか?」

 「分からぬ。それを探ろうと思ったのだが、彼はまだ精神的に不安定で、記憶を一部失っているようだ」

 臥神は、霞寂に早く地下牢から逃げるようにと促されたが、先に行って待機するように指示し、懐から何かを取り出した。

 「ランドルの森を抜けたければ、ここに書かれた物を用意して、美璃碧(ミリア)をつれて行くがよい」

 臥神は、小さな巻物をリディアに手渡した。

 リディアが、その巻物を開こうとすると、定期的に巡回している看守がリディアたちのいる場所に近づいてくる足音が聞こえてきた。

 「今ここで、内容を説明している暇なぞない。とにかく、そこに書かれた物を用意して、一刻も早くグランダルへ向かうがよい」

 臥神は、地下牢の階段を駆け上がり、霞寂が待つ地下牢の出口へと向かった。

 聞こえてくる看守の足音は、どんどんと大きくなり、近くまで来ているようだった。

 リディアも、ひとまずここは地下牢から脱出しなければと、臥神の後に続いて階段を駆け上がって行った。

 地下牢を出ると、出入り口の脇に二人の衛兵が倒れていた。

 恐らく臥神の指示で、霞寂という男が何らかの方法で衛兵を眠らせたのだろうとリディアが考えていると、臥神と霞寂は、担架で運ばせた男を乗せて待機していた荷馬車に乗り込み、リディアには何も言わずに、トラキア城の背後に広がる森の中へと去っていった。

 リディアが彼らを目で追いながら、これからどこへ逃げるべきかを思案していると、驚いたことに、見たこともない巨大な玉のようなものが、ゆっくりと宙に浮かび上がってきた。

 もしや、臥神の言っていたランドルの巨人族の生き残りの来襲かと、そのあまりの大きさに恐怖の念を抱きながら眺めていると、その玉のようなものは、どんどんと上昇していき、そこから()り下がる(かご)のようなものの中に、臥神と霞寂が乗っているのが見えた。

 またも、臥神の妖術か!?

 リディアは、臥神たちを乗せた、空を飛ぶ不思議な乗り物を目にして、改めて臥神の恐ろしさを感じずにはいられなかった。

 臥神は、妖術はまやかしに過ぎないと言っていたが、やはり自分は、臥神や媸糢奴(シモーヌ)の持つ不思議な妖術の力には勝てずに、傀儡(かいらい)となって意のままに操られてしまうのだろうか。

 そう考えると、リディアは背筋が寒くなるのを感じた。

 そのとき、背後の地下牢の出入り口から、臥神やリディアの逃亡に気付いた看守たちが騒ぎ立てる声が聞こえてきた。

 リディアも、そこに(とど)まっているわけにはいかなかった。

 リディアは、辺りを見廻して、その場から逃げる手段を探した。

すると、偶然の幸運か、一頭の馬がリディアの方に向かって歩いてくるのが見えた。

 まさか、偶然にしては、出来過ぎている。リディアはそう思った。

 やはり、臥神の思惑(おもわく)通りに動くことになるのか、とリディアはため息をつきながらも、臥神が用意したと思われる馬に飛び乗ると、臥神たちが逃げ込んだ森の中に向かって馬を走らせた。


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