1. 変異体
結局エドは、子供たちから籠を取り返すことが出来ずにあきらめて、みんなで仲良く分け合って食べるように言い、年長の子供たちに、アバトの代わりに食事の配膳をするように指示してから、霞寂のところに戻ってきた。
霞寂は、エドが子供たちに振り回されて手に負えずに戻ってきたのを見て、わずかに失笑した。
「子供たちのお世話というのは大変なものですな」
「おかしいでしょう?ロイは、毎日こんな子供たちの面倒を見ているのですよ。私も時々この学舎に来てロイを手伝うことがあるのですが、私にはとてもではありませんが、毎日は無理だと思います。ロイを無理やりこの町に連れて来て、この学舎で子供たちの世話をするように仕向けたのは私なのですが、子供たちの世話がこんなに大変だとは思いませんでした。ロイはよくやっていると思いますよ。いつも感心してしまいます」
エドは、霞寂と話しながらも、横目で子供たちを確認しながら、騒ぎ立てる子供たちに、静かに席について食事を取るように手振りで指示をした。
「そうですな。私にも難しいかもしれませぬ。私がお世話をさせて頂いている臥神先生は、お一人だけですから、楽なものですな」
霞寂のその言葉を聞いて、エドは、霞寂が臥神という人物の外護者だということを思い出し、さきほど霞寂が言った臥神先生の計画ということが気になったため、改めて臥神という人物について、いくつか質問をしてみることにした。
「ところで、霞寂殿は、どうして臥神殿の外護者になられたのですか?いや、そもそも、臥神という人物はどういう方なのですか?放念という方が、臥神という人物を天下の奇才と呼んでいましたが、本当にそれほどの賢者なのですか?」
「はい。私はこれまで、外護者として数多くの美土奴国の高僧のお仕えをしてまいりました。彼らは皆、宗教、哲学、科学など、様々なものに造詣の深い方たちでしたが、臥神先生ほど、類まれなる天賦の優れた知性をお持ちで、あらゆることに精通されていらっしゃる方はおりませんでした」
「では、臥神殿は、やはり美土奴国の人間なのですか?」
「いえ、美土奴国の出身ではございませんが、出生は存じ上げておりません。私は、二年ほど前から臥神先生のお仕えをさせて頂いておりますが、臥神先生のことについては、ほとんど何も存じ上げていないのですよ。臥神先生の実名すら存じ上げておりません」
「実名をご存じないのですか?もしや、臥神というのは字ですか?」
「はい。臥神とは、神ほどの能力を有しながらも、その能力をまだ顕現していない者という意味です」
「そのような方が、どのような目的でトラキアに来られたのですか?」
「臥神先生は、この世界の謎を解き明かそうとしておられるのです」
「この世界の謎?」
「はい。我々人間は、どこから来て、どこへ向かおうとしているのかを、誰も知りません」
霞寂が説明を始めようとすると、エドが、それを遮るかのように尋ねた。
「どういう意味ですか?宗教的な観念の、生まれる前や死んだ後の世界のことをおっしゃっているのですか?」
「いえ、そうではありません。我々人間は、世界は一つで、我々の住むこの世界が唯一の世界だと考えていますが、臥神先生によると、本当は、ほかの世界というものも存在しているのだそうです」
「どういうことですか?」
「あなたは、確か生物学者でいらっしゃいましたね」
「はい。一応、生物研究所で、ムーロン博士の下で生物の研究をしている一学者ではありますが」
「でしたら、先日私が差し上げた本をお読みになりましたかな」
「はい。読ませていただきました」
「では、差し上げた器械は使ってみましたかな」
「はい。ムーロン博士と共に、頂いた本に書かれたことに従って、使ってみて驚きました」
「何を観察されたのですか?」
「植物や食べ物などの切片や、我々の体の一部である皮膚など、身近にあるものは色々と観察してみました」
「それで、何が見えましたかな」
「はい。何か不思議な見たこともない生き物のようなものが、たくさん動いているのが見えました」
「それが細菌という生き物で、我々の目には見えない生き物なのです」
「それは、宗教の言う精霊や魂のような次元の異なる世界に生きる、目には見えない存在という意味ではなく、我々の目には見えないほど小さい生き物という意味ですか?」
「さよう。彼らは我々のまだ知らない世界で生きているのです」
「それが、石板の写本に書かれていたヌークルという生き物なのですか?」
「いえ、違います。細菌には様々な種類があり、あなたが観察した細菌は、ヌークルではありません」
霞寂は、未知の生物の話になって好奇心を駆り立てられて質問をするエドに微笑みながらも、あたかもそれを期待していたかのように、身近な例を挙げて説明し始めた。
「あなたは酒をお飲みになりますか?」
「はい、少しは」
「果実や穀類が、発酵して酒になるのは、細菌と呼ばれる微生物のおかげなのです。さきほどの子供たちが話していたブルー・ランベリーが、食用に適した熟度を超えたものを食べた場合に、体内で発酵して強い酒になってしまうのも、細菌が関係しているのです」
「体の中で発酵するということは、もしや、細菌という微生物は、我々の体の中にもいるのですか?」
「さよう。彼らは、あらゆるところに存在しています。しかし、彼らにとっては与えられた世界が唯一の世界であり、我々の体内に存在する細菌は、我々の体外にも世界があるということを知りません。同じように、我々もまた、我々の暮らすこの世界が唯一の世界だと考えていますが、実はそうではないのです。世界は入れ子構造になっているということを知らないのです。そして、我々は皆、遍く存在する見えざるものの手によって動かされているということも知らないのです」
「遍く存在する見えざるものの手?それは、もしや神だと仰るのですか?」
「多くの人々は、そのように信じ込まされています。しかし、神というものは、人間が創り出した想像の産物でしかありません」
「私もそう思います。科学者の一人として、私は神や宗教といったものは、基本的には信じてはいませんが、神でないとすると、見えざるものの手とは一体何なのですか?」
「それは様々です。一つの例として挙げるとすれば、たとえば、我々は細菌によっても動かされています」
「どういうことですか?」
「先程、細菌は我々の体内にも存在していると申し上げましたが、多くは我々の腸の中に存在しています。その細菌が我々を動かしているのです」
「我々を動かしているというのは、我々の行動を細菌が決めているということですか?我々は、我々自身の意思で行動しているのではなく、細菌によって動かされているということなのですか?」
霞寂は頷いた。
「そのことについては、あなたはすでにお気づきになっているのではありませんかな」
霞寂のその言葉に、エドは、数日前にムーロン博士から聞いたある出来事を思い出した。
「そういえば、先日ムーロン博士が、こんな不思議な話をしていました。ある日、見たこともないような服装をした男が森の中で倒れているのを見つけ、博士は家に連れて帰ったそうです。彼は、博士の家で三日間意識を失ったままだったそうなのですが、四日目の朝、突然目覚めたかと思うと、寝台から飛び起きて、部屋から部屋を移動して、家の中を物色し始めました。そして、よほど空腹だったのか、博士が研究所から持ち帰ったテラモルス、つまり美土奴国で言う姫虯が入った容器を見つけると、それを食べてしまったのです」
エドは、美土奴国では、土をきれいにしてくれる、ありがたい生き物と考えられている姫虯と呼ばれるテラモルスを、その男が食べてしまったという話に、霞寂が驚くであろうと思ったが、霞寂は全く驚く様子もなく、エドの話に耳を傾けていた。
「幸い、そのテラモルスは、博士が研究のために、私が美土奴国から持ち帰った汚染されていない土の中で育てたテラモルスだったので、そのテラモルスの体内に毒素はなく、その男にはデスペリアの発症の兆候はないようでしたが、その後再び意識を失ったかのように、三日間眠り込んでしまったそうです。そして、彼が再び目を覚ました時に、驚くべきことが起きました。彼は、寝台から飛び起きると、また家の中を物色し始め、博士がロイの学舎の子供たちから購入して部屋に飾っていた泥宝を見つけると、その匂いを確かめ、口に頬張って食べようとしたそうです。しかし、勿論、泥宝はすでに乾燥していたので、食べられなかったようです。家の中に食べるものが見つからないと分かると、彼は、今度は外へ出て行きました。博士は彼を追いかけましたが、彼はなんと、庭の土を貪るように食べていたのだそうです」
「それが不思議なことなのですか?あなたもご存じだとは思いますが、美土奴国では、人々は土を食べているのですよ」
「はい。そのことは私も知っています。ですので、私も、博士からこの話を聞いたときには、彼が美土奴国の人間だったのではないかと思いました。しかし、残念なことに、彼は一時的な精神錯乱状態に陥っていたらしく、そして、博士の知らない言葉を話していたため、博士とは意思の疎通が出来なかったそうです。そのため、彼が誰なのか、どこから来たのかは分かりませんでした」
エドは、興奮した自分を落ち着かせるために、一呼吸おいてから、さらに話を続けた。
「彼が精神的に錯乱した状態で、聞いたこともない言葉を話す異邦人だったということが不思議なことだと言っているのではありません。博士が驚いたのは、彼がテラモルスを食べた後に、土を食べ始めたという事実です。博士は、そのことに興味を持ち、もしやと思い、自分でも、そのテラモルスを食べてみたのだそうです。そして、その博士の直観は当たりました。数日後、博士は無性に土を食べたいという衝動に駆られ、それは、自分でも信じられないほどの抵抗しがたい強い欲求だったので、その衝動に負けて、彼と同じように庭の土を食べてしまったそうです。博士は、なぜそのようなことが起きるのか、最近まで分かりませんでしたが、あなたから頂いた器械で、目に見えない生き物のようなもの、つまり、あなたが仰った細菌というものを発見してから、その答えが見つかりそうだと言っていました。博士は、テラモルスがなぜ汚染された土から大量に毒素を摂取しても死なないのかを確かめるために、ほかのミミズと何が違うのかを調べたのですが、テラモルスの体内には、ほかのミミズの体内には存在していない細菌がいたのです。博士は、その細菌が、汚染された土を浄化しているのではないかと考え、その細菌を水の中に入れ、その水を、容器の中に入れた汚染度の高い少量の土の中に試験的に散布し、数日後にその土の中にテラモルス以外のミミズを入れてみたところ、そのミミズは死ななかったのです。やはり、その細菌が土を浄化させているのだと確信した博士は、次にそのテラモルスを数種類の小鳥に食べさせてみました。すると、それらの小鳥は、土をついばみ始めたのだそうです。これは、テラモルスの体内にいた細菌が、土を食べたいという欲求をムーロン博士や小鳥に起こさせたということなのでしょうか?つまり、その細菌が土を欲しているため、細菌が博士や小鳥に土を食べさせたということなのでしょうか?」
「さよう。その細菌こそが、あなたが写本を許可してくださった石板に書かれていたヌークルという細菌なのです。そして、テラモルスの体内にいる細菌が土の毒素を餌にして分解するため、土が浄化されるのです」
「そういうことだったのですか」
エドは、これまで長い間探し求めていたものがようやく見つかり、これでデスペリアに苦しむ人々を救えるのではないかという希望が見えてきたと感じたが、まだ残っている疑問について、霞寂に尋ねた。
「では、美土奴国の人々が土を食べても体を壊すことがないのは、その細菌が体内にいるからなのですか?」
霞寂は静かに頷いた。
「しかし、だとしても、美土奴国の人々が土を嫌がらずに食べるのはなぜなのですか?昔は、美土奴国でも他の国々と同じように、作物や動物の肉などを食べていたのでしょう?いくら限られた食料の奪い合いをやめされるためとはいえ、それまでに食していたものをやめて、どこにでもある土を食べようと言ったとしても、抵抗のある人たちは大勢いたはずです。それが、今や国民全員が土を主食にしているというのはなぜなのですか?」
「それは、尼意霧のおかげです」
エドは、初めて聞く言葉に眉をひそめた。
「尼意霧?それは何のことですか?」
「尼意霧とは、妖漿を媒介として伝播する情報のことです」
エドにはまだ霞寂の説明が理解出来ず、申し訳なさそうに再び尋ねた。
「妖漿という言葉も初めて耳にする言葉なのですが、それは何のことですか?」
「妖漿とは、情報を記録できる水のことです。元々、尼意霧とは、この妖漿のことを意味していたのですが、しだいに、妖漿によって記録され、それが揮発して拡散することによって伝播する情報自体を意味するようになりました」
「では、その尼意霧という情報のおかげで、人々が抵抗なく土を食べるようになったと仰るのですか?」
「さよう。尼意霧を利用すれば、人々を意のままに操ることができるのです」
「もしや、ランドルの森が魔物や妖術によって守られているという情報を意図的に情報を流布させて、国外の人々に恐怖心を植え付けて森に近づかないようにさせているのと同じように、尼意霧という情報を操って人々が土を食べるように仕向けたということなのですか?」
「さよう。美土奴国を司っている媸糢奴様は、尼意霧を空気中に拡散させることで、人々を操り、国を守っておられるのです」
「媸糢奴?あの妖術師の媸糢奴のことですか?」
霞寂は頷いた。
「妖術師は、蟲や動物を操るだけでなく、人間までも操るのですか?」
「驚くことではありますまい。あなたも、すでにご存知のように、意図的に拡散させた不安や恐怖は、人々の精神を狂わせ、国の秩序を乱し、戦争を引き起こすことさえもできるのです。つまり、情報を操ることができれば、人々の行動を左右することなど簡単に出来るのです」
エドは、霞寂の自分を見る眼差しが急に鋭いものに変わり、あたかも自分も霞寂によって、何かを吹き込まれて操られようとしているのではないかと、恐ろしさを感じ始めた。
「すると、もしや、これまで難攻不落の空中都市であったトラキアに、全軍を挙げてグランダル軍が攻め入ろうとしているのは、意図的にそのように仕向けられたということなのですか?そして、それを防ぐために、トラキアの将軍が、臥神殿を軍師として迎え入れたいと言っているのも、すべて、そのように仕向けられたことなのですか?つまり、グランダル軍をトラキアに攻め込ませることによって、トラキアが臥神殿に救いを求め、臥神殿がトラキアの軍師になることによって、美土奴国は、トラキア軍を利用して、すでに美土奴国を配下におさめつつあるグランダルに対抗しようという企みなのですか?」
「その通りです」
霞寂は短く答えた。
「まさか、私もそれに巻き込まれているというのですか?」
「さよう。あなたも、この計画の重要な役割のひとつを演じているのです」
「私のような唯の生物学者に何が出来るというのですか?もしかすると、私の友人のロイまでも巻き込もうとしているのかもしれませんが、彼はすでにトラキアの近衛師団を除隊し、こんな田舎町で学舎を開いて子供たちを教育しているだけのただの一般人です。そんなロイには、何も出来やしません。そもそも、トラキアの人間を利用し、トラキアの軍を動かしてグランダルに対抗しようとしたところで、トラキアのような小国の軍隊で、グランダルのような大国に立ち向かえるわけがないではありませんか」
「心配には及びませぬ。すべて臥神先生にお任せしておけば、うまくいきます」
「そのようなことが、どこまで信じられるというのですか。いくら臥神殿が天下の奇才で、あらゆる兵法に精通しておられると言っても、たった一人の力で、大国の軍隊に勝てるわけがないではありませんか。そもそも、そんな勝ち目のない戦に、臥神殿が参戦する理由が分かりません。あなたは、臥神殿は美土奴国の人ではないと仰いましたが、なぜ臥神殿は、トラキアを危険に陥れるようなことをしてまで、母国ではない美土奴国を守ろうとするのですか」
「臥神先生は美土奴国を守ろうとしているのではありません。先程も申し上げたように、この世界の謎を解き明かそうとしているのです」
「ですが、その謎を解き明かすために、トラキアまでをも戦争に巻き込もうとしているではありませんか」
エドは、霞寂が何を言おうとしているのか分からず、トラキアを危険に陥れようとしている臥神に対して怒りが込み上げてきて、声を荒らげた。
「いえ、臥神先生は、むしろ人々を救おうとしておられるのです」
「人々を救おうとしている?それはどういう意味ですか?」
「あなたもご存知のように、トラキアの土は汚れています。その汚染された土から作られた作物を食して、多くの人々がデスペリアという病に苦しんでいます。特に、一部の金持ちの人間に、この傾向が顕著に表れています。これは、グランダル国も同じですが、グランダルでは問題はもっと深刻です。国土の多くが砂漠化してしまったグランダルでは、多くの国民は飢えに苦しんでいます。食べるものがないだけでなく、飲む水さえもほとんどないのです。国内で唯一飲み水を大量に供給してくれる数少ない淡水湖は、すべて王家や貴族、軍部の人間たちが独占していますが、その水を利用して作った作物は、国土が汚染されているため、やはり毒素を含んでおり、それらを食する彼らには、デスペリアが蔓延しています。幸い、食べる物に困っている国民たちにはデスペリアは広がってはいませんが、国民はみな飢えに苦しみ、国に不満を訴えています。極度の空腹感は、人々の心を狂気に変え、国内では内乱まで発生し、多くの人々が食糧の奪い合いで命を落としています。そのため、グランダル国は、食糧を確保するために、周辺国を侵略し続けてきたのですが、それだけでは、大国の国民の空腹を満たすことは出来ません。そこで次に考えたのが、かつてこの地上に生きていたとされる巨人族が遺したと言われている作物の種子を探すことと、比較的食糧の豊富なトラキア公国に攻め入ることだったのです。しかし、そのようなことを続けていても、問題は解決しません。なぜなら、食糧には限りがありますし、汚染された土で作られた作物を多く食せば、デスペリアに罹患してしまうからです。たとえば、あなたもご存知だとは思いますが、頒賜蝗という飛蝗は、生息地域の食糧が少なくなると、次に生まれてくる世代は、形態を変化させ、翅が長くなると同時に、体内に蓄えられる脂肪が増加して、非常に遠くまで飛行できるようになります。そして、遠方の地で、再び食糧を確保して繁殖していきますが、数が増え過ぎれば、当然、食糧が不足してきます。すると、次の世代からは、体の大きさを小さくして、限られた食糧で生き抜こうとしますが、このような相変異と呼ばれる変化を繰り返していても、やがては全てを喰い尽くし、食糧不足あるいは過剰な食糧摂取による毒素の蓄積によって、皆死んでしまうのです」
霞寂の説明をここまで聞いて、エドは、ようやく臥神の目的を理解し始めた。
「それで、臥神殿は、あなたを生物研究所に使いとしてよこして、トラキアの考古学者たちがグランダルの古代遺跡で発見した石板の写本を手に入れようとしたのですね。つまり、その石板に書かれたヌークルという細菌が、デスペリアの原因となる毒素で汚染された土を浄化してくれることを知っていて、その写本を手に入れ、ヌークルを研究し、そのヌークルを利用して、飢えとデスペリアに苦しむ人々を救おうというのですね」
「いえ、ヌークルでは人々を救うことはできません」
霞寂の言葉は、再びエドを混乱させた。
「どうしてですか?美土奴国の人々が土を食べても問題ないのは、体内にヌークルがいるからだと仰ったではありませんか。でしたら、そのヌークルを、何らかの方法でグランダルやトラキアの人々の体内に寄生させることが出来れば、飢えやデスペリアから人々を救うことができるのではありませんか?」
「確かにその通りです。しかし、たとえヌークルを体内に取り込んだとしても、ヌークルは胃の中でほとんどが消化されてしまうのです」
「では、美土奴国では、どうやってヌークルを体内に寄生させたのですか?」
「正確に申しますと、寄生させたのは通常のヌークルではありません。ヌークルの変異体なのです」