3. 預言成就の始まり
ステイシアは、レイの顔を見つめながら、レイが知っていることを話してくれることを期待して待った。
「すまない、ステイシア」
レイが、ようやく重い口を開いた。
「あなたをだますつもりはなかったのです。確かにあなたの言うとおり、この遺跡は、グランダルの考古学者たちによってほぼ調査し尽くされています。まだ解明出来ていないことも多くありますが、その調査済みの遺跡を、あなた方トラキアの調査団に開放し、調査を許可したのは、グランダルの飢えた国民を救うためなのです」
レイの言葉を聞いてステイシアの心は沈んだ。レイの言ったとおり、その遺跡がすでに調査済みなのであれば、これまで彼女たちは無駄なことを行ってきたことになるからである。
「では、グランダルは巨人族の種子をすでに発見しているのですか?」
「いえ、残念ながら、まだ発見出来ていません。その種子を発見させるために、あなた方に遺跡の調査を許可したのは事実です。しかし、グランダルの国民はもう限界に来ています。このままでは、多くの国民が飢えて死んでいくでしょう。国民だけではありません。国の食糧事情の悪さは、王家や城の貴族たちをも苦しめています。城に蓄えられている食糧もじきに底をつくことになるでしょう。そこで、私の父クベスは、あなた方を利用しようと考えました。遺跡を調査させ、巨人族の種子が見つかれば、飢えの問題を解決できる。仮に発見できなかったとしても、あなた方をグランダルの地にとどめておけば、あなたの母君であるライーザ公妃にさせたのと同じように、あなたを人質にとって再びトラキアに食糧の無償供給を約束させることが出来ると考えたのです」
ステイシアは、レイの顔を厳しい目で見つめた。
「しかし、私は、父の考えには反対でした」
レイは、すぐさまとりつくろうかのように言葉を加えた。
「しかし、国王の権力は絶大で、誰も逆らうことは出来ませんでした。王子である私ですら、国王に意見することも出来ないのです。そして、父は、国の食糧不足の解消のために、近隣諸国を次々に侵略していき、多くの人々が殺害されました」
レイは唇を噛みしめた。そして、何も出来ない自分を責めるかのように話を続けた。
「私に力がないばかりに、国王の非道を止めることが出来ませんでした。しかし、我々グランダル国民が生きるために、他の国の人々を犠牲にしてよいわけがありません」
事情が飲み込めたステイシアは、それ以上は追及せずに、もう一つの疑問についてレイに問いかけた。ステイシアは、レイに渡した写本に視線を移して話し始めた。
「その写本に記載されている預言のようなものは、先ほどもお話したように、我々が遺跡で発見した石板に記載されていたものです。なぜその石板は損壊していなかったのですか?我々の発見する石板はどれも損壊していて、石板の破片しか見つからず、内容は部分的にしか読むことが出来なかったというのに。あの石板だけが完全な状態で置かれていたのは、何か意図があるのですか?」
「その石板だけが粉砕出来なかったのです」
「粉砕できなかった?どういう意味ですか?」
「我々の調査団は、すでに発見した巨人族の石板が大きすぎて運ぶことが出来ないため、写本を作成して城に持ち帰り、石板自体は粉砕してから持ち去っていました。そして、一部の石板は、自然に壊れた状態に見えるように石板の破片を加工して、元の場所にさりげなく残しておいたのです。あなた方の調査団に不審に思われないようにするためです。全ての石板を持ち去ってしまい、何も発見できないような状態にしてしまっては、あなた方の調査目的が無くなってしまいますし、古代遺跡が作られてからの長い年月の間には、何度も盗掘や地震などの災害に見舞われてきたはずでしょうから、古代遺跡で発見される石板が損壊しているほうがむしろ自然に見えると考えたからです。しかし、この写本の元となった石板だけは、粉砕できなかったのです」
「どうやって、あれほどの大きな石板を粉砕したのですか?」
「詳しいことは私には分かりませんが、岩石を壊すのは、それほど難しいことではないようです。多くの岩石には、劈開という性質、つまり、特定の方向に割れやすい性質があります。それをうまく利用すれば、巨人族でなくとも、巨大な岩石を簡単に壊すことが出来るのだそうです。しかし、この写本の元となった石板の岩石は、他の石板とは異なる種類の岩石だったようで、劈開面が分からず、もしかすると劈開のない岩石だったのかもしれませんが、粉砕することができなかったのです。そこで、やむを得ず、その石板のあった部屋の入り口と、そこに通ずる通路を塞ぎ、その石板を隠したのですが、それをあなた方の調査団が発見してしまったのです」
「なぜ、石板を隠したのですか?」
「その石板に記載されていた預言が、あなた方に知られては困るからです」
「どういうことですか?」
「その預言が述べている嬰児というのは、あなたが先ほど推察したように、クベスとライーザとの間に生まれた子供なのです。少なくともグランダルの呪術師や学者たちはそう解釈しました。そして、もう一人の嬰児というのは私のことです」
ステイシアは驚いた。
しかし、預言が述べている「二人が二極対立した生を営む」という点を考えると、グランダル国王の正統な後継者となるレイ王子と、グランダル国王によって母親を殺害された娘が、預言の嬰児であるというのは納得できることだった。
「では、預言が述べている刻印とは何のことなのですか?」
ステイシアは、さらに預言の内容を理解しようと質問を続けた。
すると、レイは片腕の袖をまくりあげた。
「これを見てください」
レイの腕には奇妙な形の痣があった。
「これがその刻印です。これと同じ痣が、リディアと名付けられたライーザの娘にもあったのです。同じ痣を持つ二人の嬰児がほぼ同じ時期に生まれたため、私とリディアが、その預言の示す嬰児だと信じられたのです。そして、後継者として男児を望んでいた私の父クベスは、いずれ牙を剥いて国を飲み込むとされる嬰児は、私ではなくリディアだと解釈し、災いの芽を摘むために彼女を殺すように命じたのです」
レイの腕に預言が述べている痣があること自体驚きではあったが、ステイシアは、それにも増して、レイの腕の痣の形に目を奪われた。はっきりとした形ではなかったが、ステイシアには、それが何の形なのかがすぐに分かった。
「その痣の形は、絡み合う二匹の蛇のように見えますね」
「はい。この二匹の蛇が互いに争い合うかのように、二国が対立すると考えられています。その二国というのが、グランダル王国とトラキア公国なのです」
「では、グランダル王国を率いるのがレイ、あなたであるとすれば、トラキア公妃の娘であるリディアがトラキア公国を率いることになるのですか?」
「そうです。そう解釈されています。そして、リディアは、クベス王の殺害に失敗し、グランダルの討手に追われて現在逃亡中です。討手からの報告では、リディアはランドルの森の中に逃げ込み、討手を撒いて、南東方向に逃げたとのことです。ランドルの森を抜ければ、そこから南東の方向にトラキアがあります。恐らく彼女はトラキアへ向かったのでしょう」
ステイシアは、レイの話を聞きながら、おもむろに首に下げている首飾りをはずして掌にのせ、レイが見やすいように彼の胸の高さまで持ち上げた。
「この首飾りに埋め込まれている宝石を見てみてください」
レイは、なぜステイシアが突然首飾りを自分に見せるのか分からなかったが、言われたとおりに宝石に目を移した。それは翠玉色をした透明な宝石で、レイがこれまでに見たことのない宝石だった。そして、それは、優秀な宝石細工でなければできないような複雑な形状の加工が表面に施されているようだった。
「綺麗な宝石ですね。しかも、とても複雑な加工がされている。でも、これがどうしたのですか?」
「宝石の中を覗いてみてください」
レイに見てほしいものは、その中にあるようだった。
レイが目を凝らして宝石の中を覗くと、そこには二匹の蛇が絡み合う紋章のようなものが見えた。
「宝石の中の紋章は、トラキア公家の紋章です」
ステイシアは、威厳のある声でそう述べた。その首飾りは、ステイシアがトラキア公国の姫であることを示すものだった。
レイは、ステイシアが何を言おうとしているのか、ようやく理解した。
「私の腕の痣の形は、その紋章の形にそっくりですね」
レイがそう言うと、ステイシアも、まさかそんなことがあり得るのかという思いで、手の中の宝石を見つめながら何かを考えていた。
「レイ王子、先程あなたはリディアという娘にも、あなたの腕の痣と同じ形の痣があったとおっしゃいましたね。すると、やはり、預言が述べているように、彼女がトラキア公家の権威をかざしてトラキア軍を指揮し、グランダルとの戦争を始めてしまうのでしょうか」
「そうかもしれません。いや、仮に彼女にそのつもりがなかったとしても、いずれ戦争が勃発してしまうでしょう」
「どういうことですか?まさか、グランダルが兵を上げてトラキアに攻め込んでくるのですか?」
レイは、答えにくそうに無言で頷いた。
「もう準備は進められています。グランダルが全軍を上げて海と空からトラキアに攻め込むことになっています」
「海と空から?」
「はい。科学者のグルジェフ=ベルンスキーが、とんでもないものを開発してしまったのです」
「とんでもないもの?」
「空を飛ぶ兵器です」
ステイシアは、レイの言っていることが理解出来なかった。空を飛ぶなど、鳥や虫以外に出来ない事だったからである。もしかすると、レイの言う空を飛ぶ兵器というのは、美土奴国に生息していると信じられている龍と呼ばれる魔物のような物のことなのだろうかとも考え、想像をめぐらした。
「美土奴国の妖術や魔物の類かとお思いかもしれませんが、そうではありません。飛行する乗り物です。グルジェフは、ランドルの森で、空気の何倍も軽い気体の生成方法を発見しました。そして、巨人族の文明の黎明期に書かれたものと思われる石板の内容を解読させ、それを自ら解析し、応用して開発したのです。グランダルの海軍が全軍を上げてトラキアに侵攻しようとしても、三方を断崖絶壁に守られたトラキアに攻め込むことは難しいと考えたグルジェフは、空からの攻撃をも可能にしてしまったのです。これまで、どの国からの侵攻も許さなかった難攻不落のトラキアも、海と空の両方から攻撃されてはお終いでしょう。もう時間がありません。このことを早くトラキア本国に伝えて、ここから逃げてください。手筈は私が整えましょう」
レイは、ステイシアに全てを明かした。
「しかし、ターニャという考古学者の一人が人質にとられています。彼女を残して帰国するわけにはいきません」
「心配いりません。私が何とか彼女を救いだします」
「レイ王子、あなたはどうするのですか?私を助けるようなことをすれば、反逆者とみなされるのではありませんか?」
ステイシアは、レイの身を案じて尋ねた。
「私のことは心配無用です。たとえ追われる身になっても、グランダルの追手から逃げ切る自信はあります。私は、グランダル最強の戦士と呼ばれるグレン=ドロスから、武術や兵法を学びました。彼は、城で兵士を育てるための教官も務めています。私の父クベスは、グレンの持つ全ての技や知識を私に継承するように命じたのです。私はグランダル軍の指揮官でもあるので、軍の兵士たちの戦術や考え方など、あらゆることを知っているのです。ですから、彼らを撒いて逃げるのは、私にとってはそれほど難しいことではありません」
「でも、私やトラキアを救うために、あなたは父と祖国を裏切るのですか?」
レイは、しばらく下を向いて黙ったまま何も答えなかった。
たとえ、グランダルが他国を犠牲にして生き残ろうとすることが正しいことではないとしても、自分やトラキアを救うためにレイが祖国を裏切るのを認めてしまうのは、ステイシアには出来なかった。それは、レイが、父であるクベス王との関係を絶つことになってしまうからである。
ステイシアは、レイが苦渋の決断をしようとしている姿を見て、何か声をかけようとしたが、レイが苦笑しながら先に口を開いた。
「信じてもらえないかもしれませんが、私には、どうしてもあなたが縁もゆかりもない人とは思えないのです。うまく言えませんが、何かこう、遠い昔にあなたを知っていたような、そんな気がしてならないのです。そんなあなたを放っておくことは私には出来ません」
レイは、少し照れくさそうに微笑んだ。
ステイシアは、レイの微笑みの陰に隠れた真剣な目を見つめた。それは、彼が冗談で言っているのではなく、まじめにそう考えて言っていることを示していた。
「レイ王子、あなたの腕にトラキア公家の紋章と同じ形の痣があることに、私も何かの縁を感じます。私の父であるトラキア大公、ランバル=アルフォンヌは、死ぬ間際に半ば無意識のような状態でこんな言葉を遺しました」
私は、死んでも必ずや生まれ変わる。私は私である証拠を持って生まれ変わり、実現できなかった私の理想を実現するだろう
「この言葉とあなたの痣には何か関係があるのでしょうか」
レイは、しばらく自分の腕の痣を見つめながら、ステイシアの話したトラキア大公の遺した言葉の意味を考えた。
「そうでしたか。これでようやく、私がなぜこれまでずっとあなたを身近に感じていたのかが分かりました。先ほど私と一緒にここに来た僧正の聡明によれば、人は死んでも何度でも生まれ変わるのだそうです。そして、まれに、傷や母斑、痣などの印を持って生まれることがあるのだそうです。それらが前世の印と同じ位置にあることが多いため、生まれ変わりの証拠だと言われています。人によっては、生前遺した予言のような言葉通りに何らかの印を持って生まれてくることもあるそうですが、前世の記憶は、ほとんどの場合、失われてしまうのだそうです」
レイは、彼女が自分の話に真剣に耳を傾けているのを確認すると、話を続けた。
「もし私がトラキア大公の生まれ変わりだったとしても、前世の記憶は私にはありません。大公はどんな理想を掲げていらしたのですか?」
「父は、すべての国民が飢えることなく平和に暮らせる国家を目指していました。それは、トラキア公国だけでなく、食糧不足に苦しむグランダル国も同様です。ですから、もしあなたが父の生まれ変わりだとすると、あなたは、今世ではグランダル国をあえて選んで生まれてきたのかもしれませんね」
ステイシアの顔から厳しさが消えて微かな笑みが戻ったため、レイが安堵していると、ルカが慌てた様子で、ステイシアのところにやってきた。
「お取込み中のところ畏れ入ります。姫様にお伝えしたいことがございます。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
ルカのいつにない慌てた表情から、何か緊急事態が起きたのだとすぐに分かった。
「構いません。どうしたのですか」
ステイシアは、レイとの話を中断すると、ルカに何が起きたのかを尋ねた。
ルカは、レイ王子の前で話すのをためらっているようだったが、ステイシアは構わないので話すように言った。
「さきほど、トラキアからの伝書鳩の書簡が近衛師団長宛てに届きました」
「近衛師団長宛てにですって?私宛てではないのですか?」
ステイシアは、訝しげに尋ねた。トラキアからの書簡がステイシア以外の者に来ることなど、これまでなかったからである。
「はい。書簡は、ランバル大公の側近であったメテル様からのもので、姫様を早急にグランダルの国外にお連れして、トラキアへ帰国させるようにとの命令が書かれていたそうです。そのため、師団長殿から、姫様のトラキアへの帰国の準備を手伝うようにと仰せつかりました」
「帰国の準備?急にどうしてですか?」
「はい、本国で困ったことが起こったらしく、姫様のご指示を仰ぎたいとのことです」
「困ったこと?」
ルカは、レイ王子を一瞬見た後、再びステイシア姫に視線を戻した。レイ王子に聞かれてよいものなのかと思案してためらっているようだった。
「構いません」
ステイシアは、ルカに話すように促した。
「トラキアに、リディアと名乗る娘が、全身に怪我をした状態で運び込まれ、軍医のアレンの治療を受けたそうです。その後、彼女は、忽然と姿を消してしまったそうなのですが、三日後に城の大広間に突然現れ、こう主張したそうです。『余は、トラキア公家の第二公女である。公族の者が不在の今、余がトラキア軍の指揮を執る』と。そして、自分が公族の者である証拠として、アマラ・アムレットを手に持って、高々と掲げたそうです。その娘の持つアマラ・アムレットが本物であったため、トラキアの実権を握っている重臣たちは、元老会議を開き、その娘の処遇を検討したようなのですが、メテル様は、姫様のご指示を仰いだ方がよいとお考えになり、書簡を師団長殿に密かに送り、姫様を帰国させるように命じたのです」
「なぜメテルは、私にではなく、師団長に書簡を送ったのですか?」
「はい、大変申し上げにくいことではありますが、メテル様によりますと、姫様はグランダルの飢えた国民を憂えるあまり、巨人族の種子を発見することばかりお考えで、祖国であるトラキアのことを忘れてしまっているので、書簡を送っても、帰国はなさらないだろうとお考えになったようです。そこで、師団長殿に書簡を送り、力づくでも姫様を帰国させるようにと命じられたのです。しかし、師団長殿は、事の重大さをお考えになり、今トラキアで何が起きているのかを姫様のお耳に入れておいた方がよいとお考えになりました」
「それで、元老会議の最終決定は、私が帰国するまでは保留になったのですか?」
「いえ、メテル様は、姫様が帰国するまで待つべきだと主張したそうなのですが、元老会議はそのまま進められ、リディアと名乗る娘が軍の最高指揮官としての力量があるのかどうかを試すための闘技試合の開催を決定したのだそうです」
「なぜそのような早急な決定を下したのですか?」
「それは、姫様から伝書鳩の書簡が届き、『アマラ・アムレットを持つ少女がトラキアに入国する。その少女をトラキアの第二公女として迎えよ。間もなく、グランダル軍が全軍を挙げて海からトラキアに攻め込んでくる。その少女に軍の指揮権を与えて迎え討て』と書かれていたからだそうです」
「なんですって…」
ステイシアは言葉を失った。そのような書簡などトラキアに送った覚えはなかったからである。何者かが、ステイシアを装って伝書鳩を使い、偽の書簡をトラキアに送ったとしか考えられなかった。
「メテル様は、姫様がそのような命令を下す筈はないと主張したそうなのですが、メテル様の主張は聞き入れられなかったようです。なぜなら、本国には、すでに多くのグランダル兵が侵入を試みており、今、本国は軍を指揮する強い指導者を必要としているからです。元老たちは、姫様のようなお優しいお方では、国の統治は出来ないと判断したようです」
ステイシアとレイは、驚いて互いに顔を見合わせた。
預言がまさに現実のものとなってしまいつつあったのである。




