2 少年と弁当箱と昼休み
2 少年と弁当箱と昼休み
ざわざわ、ざわざわ
僕にはそうとしか聞こえない音で教室は満たされていた。
僕に向けられることのないその音は、教室中を飛び回り、なんだか僕のことをせめているようにすら感じる。
「なんで、会話に混ざれないの?なんで、ちゃんと合わせられないの?なんで、空気を読めないの?なんで...」
僕は耐えきれずに耳を塞いで俯く。机の上には、食べ終えた後の空の弁当箱が、一つポツンと転がっているだけだった。
僕の昼休みはいつもこうだ。
誰とも話さず、触れ合わず、関わらず。ただ時が過ぎるのを待っている。
僕は、人と会話するのが苦手だ。自分がちゃんと、正確に、的確に、相手と会話をできている自信が会話をしている途中になくなってしまう。そうなるともうダメだ。言葉が続かない。相手の顔が見れない。相手の言葉が...わからなくなってしまう。
いつからだっただろうか。小学生の時は、友達と楽しく遊んでいた記憶がほんのりと残っていた。
それももう、遠い昔のように思えた。
まぁ、いいんだ。それでも。しかたない。このまま話せなくても。しょうがない。
そう思って。僕は弁当箱をしまい。机の上に伏せた。
こうしてれば、時間が経ってくれる。自分の空間で時間が立つのを待てばいいのだ。
鐘の音が響くまで、僕は自分の意識を机の上に放り捨てた。
ふと、一人の笑い声が聞こえる。
いや、聞こえたというよりは聞き取ったに近いのだろう。それは、僕が聞きたかった声だからだ。
他の人とは違う、澄んだ声。1オクターブ高い彼女の声は明るく、教室に響いていた。ざわざわとした教室の中でも彼女の声は歌う鳥のように僕の耳元にまで届いてきていた。
顔を上げかけるが、少し口元がにやけてしまい、慌てて伏せ直す。
彼女、八重津ゆうなはいつも明るく、教室の真ん中で笑っていた。彼女の周りにはいつも人がいて、彼女の周りはいつもキラキラと輝いていた。
綺麗な黒髪を短くまとめた、彼女の歌声は誰をも魅了した。高校一年の時にスカウトを受け今では実力派で名前を知られる歌手だ。
僕は彼女に恋をしていた。
言うのは簡単だ。それでも僕は本当に彼女に恋い焦がれていた。
僕なんかでは手の届かない。僕なんかでは話しかけられもしない。そんなことはわかっていても、僕は彼女のことを忘れることができなかった。
確かな思い出が、一つ僕の支えだった。
あの春の日の思い出が…