TSして聖女になってしまった少年のお話(短編版)
連載版の1~4話と全く同じなのでお試しにこちらからどうぞ
「うう、ちくしょぅ……」
ミレー……陽だまりのような髪と鳶色の瞳をした明るく優しい少女。
彼女はモーリィの初恋。
出会った瞬間に一目惚れをした。
愛らしい顔立ちに小柄な体、傍にいるだけで元気を与えてくれる、生命力あふれる力強い内面にも惹かれていった。
少年は告白をするつもりだった。
しかし……。
『ねぇ、モーリィ聞いて、私ね、勇者様と一緒に旅に行くことになったの!』
『え、ゆ、勇者?』
『勇者様って私に一目惚れして、どうしても来て欲しいって、うふふっ』
『ひ、一目惚れ?』
『うん、急な話だけどもう出発なの、モーリィも元気でねっ!』
『え、ええぇ!?』
それは、ほんのつい数時間前の出来事。
モーリィはただいま王都で絶賛売り出し中の勇者とやらのどこぞの何某に、好きになった少女を横から奪われてしまい、職場の先輩であり何かと親身になってくれる騎士ルドルフの家で惨めに飲んだくれていたのだ。
「しかし、ミレーがあの最近噂の勇者にか……」
「うぅ、そうなんです。ちくしょうちくしょう」
「ふむ……まあ、飲め、モーリィ」
「うううううぅぅぅ」
ルドルフが木製のコップに入れてくれた酒を一気に飲み干す。
普段は酒を嗜まないモーリィだが今夜は飲まずにいられない、果実から造られた酒は甘いはずだがほろ苦い味がする。
彼の細君であるターニャがモーリィの様子を心配そうに見ながら、追加の料理をテーブルの上に置いた。少しタレ目気味だが緩やかな黒髪と褐色の肌を持つ愛嬌のある美人さんで、気立ても良く近所でも評判のいい女性。
ルドルフ夫婦には、モーリィが砦街に来た頃から色々と面倒をみてもらっており、それこそ身内のような付き合いだった。
「大丈夫かいモーリィ? しかしミレーが勇者とねぇ……わたし、てっきりアンタと一緒になるモノかと思っていたんだけどねぇ」
「うっー!」
「おいおい、ターニャ……」
「あっ、ご、ごめんよモーリィ。わたし別にそんなつもりでは!?」
モーリィは泣きながらテーブルに置かれた料理を自棄食いした。
何が悪かったのか、何が足りなかったのか。いつまでも告白できない優柔不断さが駄目だったのか、それとも出会って直ぐに告白できる勇者の半分も勇気があれば今頃は違う展開もあったのだろうか、酔いの回ったモーリィに答えは出せなかった。
「ちくしょおぅ! こんな悲しい思いをするのなら女なんていらない! 男になんて生まれてこなければよかったょぉ!!」
泣きむせび杯を煽るモーリィ。振られた男は必ず同じことを言うし思う。
ルドルフとターニャは顔を見合わせた。
これは処置無しと思い、失恋の最高の治療薬……酒を好きなだけ飲ませてあげることにした。こういう場合は飲んで忘れるのが一番、しかしこの後に少年の身に起きる出来事を知っていたのなら、そんな楽観的な考えは出来なかっただろう。
知っていても、どうにもならなかったと思うが。
◇◇◇◇◇◇
モーリィは辺鄙な田舎の出である。
彼自身、辺境の村で農夫として一生を終えるものだと思っていた。
農民としての生き方は嫌いではなく、他になりたいものも無かったので納得もしていた。そんな根っからの農耕民であるモーリィの運命が変わったのは十四歳の成人の儀式。
成人の儀式……人が持つ資質や才能を判別し、クラスという形で明確にする。
特殊能力を得る一部の希少クラス以外は、発現したクラスに関わる職業に就くことは決して必須ではなく、儀式とは将来への指針の一つとして受けるものである。
そのためモーリィは、どのようなクラスが出ても両親と同じ農夫として生きていくものだと考えていた。色々な意味で天然で愉快な夫婦の息子である自分が、希少クラスを引くなど夢にも思わなかったのだ。
クラス:???
モーリィが得たのは謎のクラスであった。
これは極稀にあることで、管理者と呼ばれる超常存在さえ認識していない新しいクラスが出現すると、何らかの条件を満たすまでクラスの名称が不明のままなのだ。
モーリィは街の儀式の間から直ちに王都まで連行された。
王宮内にある王宮魔導士の施設で様々なクラスの特性を測る試験を受け、結果は特性的に白魔導士が一番近いと判定。本来のクラスが発現するまで実務経験が積める砦街で、騎士団所属の治癒士として仕事をすることになったのだ。
強い権力を持つ王宮魔導士長が決定し国王も承認したことである。
王国の民であるモーリィには逆らうことはできず黙って従うしかなく、自分の意思とは関係無く決まっていく未来に彼は激しい不安と心細さ感じた。
ミレーと出会ったのはそんな頃だ。
砦街とは、街部分ならともかく砦自体は一部の施設を除いて女っ気は殆どなく、いるのは女と呼ぶのは少々憚れる、十三名の女騎士と下働きの多くのご年配のご婦人方。
モーリィにとってミレーは乾いた砂漠に咲く一輪の花だった。
同じ白魔導士系列に同じ職場、近い年齢ということもありすぐ仲良くなった。ミレーは田舎者で都会の常識を知らないモーリィを馬鹿にすることなく、様々なことを優しく丁寧に教えてくれた、彼はますます彼女に好意を抱いた。
脳筋な騎士連中に冷やかされつつも応援を受け、遅々たる歩みであるが出会ってから二年もの間ささやかな親愛を育んでいった……とモーリィは思っていた。しかし彼が決意して愛の告白をする前にミレーは勇者と共に冒険の旅に出てしまう。
『ちくしょう! もう一生、女なんて好きになるものか!!』
ルドルフの家で失恋の自棄酒をしこたま飲んだモーリィは、そんな言葉を心の中で繰り返し、砦の宿舎までフラフラ酔っぱらい戻ったのだ。
モーリィがベッドから起きると頭痛と体全体に熱があった。
二日酔いではないと思うが変な感じである。背伸びをして背中まである長い髪を首元で一つに。もう二年以上は切っていない……モーリィは短くしたいのだが切ろうとすると、砦街の最高責任者である騎士団長が凄まじい勢いで反対してくるのだ。
モーリィには長い髪が似合うし将来的にかならず必要になると、力説した騎士団長の様子を思い出してモーリィは身震いした。
身支度をしようと、汲み入れておいた桶の水に映るのは、白銀色の髪に澄んだ空色の瞳を持つ少女のような顔立ち。モーリィは桶の水鏡に映る歪んだ自分の顔にため息をつく、彼の容姿は瓜二つと言えるほど母親似であった。
モーリィの母は昔から村どころか周辺一帯でも一番の才色兼備(現役維持)として有名であり、父と一緒になるまで結婚の申し出が後を絶たなかったという。辺鄙な田舎にいるのは勿体ないほどの淑やかで美しい女性、それがモーリィの母親に対しての世間の評判。息子の彼にしてみれば世の他の息子と一緒で、母は口煩いだけの唯の面白いオバハンだったが。
母の美しい容姿だけではなく、男としては華奢で小柄な体格までも余すことなく受け継いだモーリィは、幼い頃から女だと勘違いされることが多く、数多くの悲劇を味わってきた。その一つが男に言い寄られることである。
勘違いや誤解ならまだマシ、危険なのはそれでも構わないと言い寄ってくる男達。モーリィは以前『むしろそれがいいんだっ!』と言われて襲われたことがあった。
近くで井戸端会議をしていた母と友人のご婦人方が、モーリィの絹を裂くような悲鳴を聞いて駆け付け、男色家に叩く蹴る踏むなどの鉄槌を執拗かつ満遍なく加えて救出をしてくれたので事無きを得た。
ただその際に……。
『このような華奢でか弱い女子を襲おうなどとは許せんっ! 男子の風上にも置けぬ! ええいっ痴れ者めっ恥を知れいっ!!』
などと、やたらと古風で男前なことを言いながら、男色家を教育していたご婦人方が非常に気になった。恐怖でプルプルと母親に抱きついていたモーリィには、怒り狂う彼女達の言葉を訂正することはできなかった。しかも彼女達はモーリィの幼い頃からのご近所さんのはずなのだが?
モーリィに対しての騎士団長の接し方は、それらの男色家と同じものを感じる。
騎士団長は宮廷の高貴な貴婦人方と浮世名を流すほどの貴公子であるらしい。
しかしモーリィは、それは世間を誤魔化すための偽装ではないかと密かに疑っていた。もちろん確かめたわけではないし本人には聞けない。仮に本物だったら騎士団長の性剣と性技で、モーリィのお尻は切り刻まれる可能性があるのだから。
夜番と朝番の勤務交代の笛の音が聞こえた。
モーリィは寝過ごしてしまっていたらしい。
顔を真っ青にして食事も摂らず、慌てて砦の治療部屋に向う。宿舎の自室から職場までは短い距離だが微妙に走りづらく感じた。
昨晩は部屋に戻ってきてからそのまま寝てしまったので、服は昨日着ていた物と同じ筈なのに、丈が合っていない気がして着心地が良くなかった。胸やお尻が少しきつく、逆に裾周りや腰は少し緩く余って股間などはスカスカして、朝から妙な違和感があるのだ。
治療部屋の扉を開けてから深いため息をついた。
誰もいない部屋、治療部屋に勤めていたのはモ-リィとミレーの二人だった。
そして今日から一人の勤務だから慌てる必要もなく、例え遅刻したとしても優しいミレーはいつでも明るく笑って許してくれただろう。
ミレーの笑顔を思い出し失恋の痛みに再び涙があふれ出す。モーリィは一人きりの孤独な部屋で椅子に力なく座り机に突っ伏しってオイオイと泣いた。
「おーい、モーリィいるか? てっ、オイッどうしたよ!?」
扉を開けて治療部屋に入ってきたのはトーマスであった。
彼はルドルフと同じ砦の騎士でモーリィの先輩だが、頼れる兄貴分というよりは頼れる悪友といった間柄である。
赤毛の髪にやや三枚目な顔立ちと細く長身な体つき、一見は、優男風であるが砦の騎士をやっている、見た目に反して体力馬鹿であることは確かだ。
トーマスは女顔という最高のネタ提供者であるモーリィを何かにつけてからかって遊ぶのだが、今回は泣いてる彼を見て大体の事情は聞いていたのだろう。モーリィの肩に手を置いて優しく話しかけてきた。
「あーなんだ。ミレーのやつは残念だったな。今は辛くても、いい出会いはまた必ずあるさ」
そういって不器用に慰め肩をポンポンと叩く。いつもならば同僚の恋愛破局話でも容赦なく笑うのに珍しく励ましてくれる。初恋敗れたモーリィに対して、からかえる状況じゃないと判断したのだろう、思いがけない彼の優しさにモーリィは感動した。
モーリィは顔を上げ涙を拭いて無理やり笑顔を作る。
「ありがとうございますトーマスさん。それで何の用事ですか?」
涙の後が残る頬に悲しげな笑顔。
トーマスは口を開け呆然とモーリィを見ていた。
その様子を疑問に思いながらモーリィは再び呼びかけた。
「あの、トーマスさん?」
「あ……あぁ、わ、悪い。ちょっいボーッとしてた」
「は、はい?」
何故か頬を染めるトーマス。
歯切れの悪い返答をすると真剣な眼差しになり、モーリィの顔を様々な角度から眺めるという奇妙な行動をとりだした。モーリィも自分の顔に何かあるのかと思わず手で頬を触って確認してしまう。
「……先程から本当に何なのですか?」
「いや、本当に悪い……あぁ、今朝は合同訓練があるから、いつも通り怪我人出た時の為に外の修練場で待機してくれるか?」
「ええ、分かりました。少し準備してから向かいますね」
「おぅ、待ってるぞー」
騎士トーマスは何度も首を傾げながら治療部屋を出て行く。
扉をくぐる時に『何だ、さっきのモーリィは妙に色っぽかったな?』と呟いたが、その声は小さすぎてモーリィまで届かなかった。
処置用の道具を背負い袋につめ折り畳み椅子と一緒に持つと、治療部屋の扉に『外出中:野外修練場』と書いた看板をかけ、テクテクと歩いて向かった。
それなりの距離を歩く。
野外修練場は砦の中に設置されており、かなりの大きさが取られている。第一から第五まである騎士隊の野外訓練や馬術など練習、砦街住人の緊急時の避難所、また隊別対抗運動会にも使用される場所。
ちなみに運動会は年に二回行われ、脳筋といわれる砦騎士の中でも、更に選ばれたエリート脳筋と名高い第三騎士隊が優勝候補筆頭である。つまり、これに優勝することは王国一の最高の名誉を授かるのだ。
今週は第二騎士隊は砦警備任務中で、周辺警戒任務についてる第四と街の治安維持専門の第五を除いた第一と第三での訓練。
少し離れた場所にいる騎士達の中に第三騎士隊所属のルドルフやトーマスの二人がいる、モーリィは彼らの元まで歩いて行った。
「おはようございます、ルドルフさん。昨日は迷惑をおかけしました」
「ああ、おはようモーリィ。昨夜の事は気にするな、もう大丈夫なのか?」
ルドルフの質問にモーリィは頷く。
灰色の髪に薄茶色の目、鋭い顔立ちと分厚い筋肉を持つ引き締まった肉体。
どっしりとした立ち姿には貫禄があり、女顔で男としては小柄で細いモーリィが密かに憧れて理想とする男らしい容姿と体格。
ルドルフは堅物な性格だが、真逆の性格のトーマスとよく一緒にいる。幼馴染ということもあるが公私に関わらず非常に仲が良い。ルドルフは顎に手を当てしばらくモーリィを見ていた。
それからトーマスに視線を投げる、それに『どうよ?』という彼の仕草。
「トーマスの言う通り、少し頬がふっくらとしているが太ったのか?」
「え、ええっ?」
ルドルフから突然質問をされてモーリィは返答に困ってしまう。
「……ルドルフさん?」
「ふむ、俺の勘違いかもしれん。すまない気にしないでくれ」
「は、はい……?」
困惑するモーリィを置いて二人とも修練場に歩いていく、修練場の外にいた騎士達もゾロゾロと集まってきていた。そろそろ訓練の開始だろう。
モーリィが手持ち無沙汰に眺めていたら軽くお尻を叩かれた。
振り向くと女騎士達が笑いながら手を振り通り過ぎる。微笑み手を振り返したモーリィだが、少ししてから深いため息がこぼれた。
モーリィが治癒士として訓練で行う仕事はそれほどない。
怪我人が出た際に治癒術を使う程度だが、元々この砦の騎士達は頭まで筋肉で出来ている可哀想な連中である。入隊時は普通でもいつの間にやら知性を失い、脳筋達の仲間入りを果たしているのだ。
魔獣ひしめく山奥に全裸で放置しても野生化して生きていける脳筋達である、骨折程度なら何もしなくても勝手に治してしまう。というか彼等は怪我をしたことにすら気がつかない、本当に残念で可哀想なことに怪我という概念を理解できるだけの知能が既にないのだ。
馬鹿は風邪ひかないと同じ理屈である。
モーリィが仕事をするのは手足が千切れる、もしくはその一歩手前のような重度の怪我を負った場合だけだ。そこまでいくと流石の彼らでも自然治癒には時間がかかるらしく、そのおかげでモーリィはここ二年程で凄惨なモノに対しての耐性はついてしまった。今では内臓が出た、腕が吹っ飛んだ、全身黒焦げだ、程度の治療では動じなくなっている。
頭と心臓さえ無事なら人間何とかなるものだと砦に来てから学んだ。多分ここの常識は他では通じないことも、そこはかとなく彼は気づいていた。
やることがなくモーリィは暇を持て余していた。
折り畳み椅子に座り両手の平に顎を乗せ、騎士達の訓練を見ていたのだが先程からやたらと視線を感じる。
視線の先を追うと騎士達がモーリィを見ており、顔が合うと慌ててその場から離れていくのだ。どの騎士も頬を赤く染めているのが不気味である。騎士団長がアレだ、配下の騎士達にもアレが移ってしまったのではないだろか?
モーリィは恐ろしい想像に身震いした。
騎士達を薙ぎ倒す女騎士達だけが頼もしい同士。後で砦の井戸端会議の時にでも、自家製の薬草クッキーを持って行こうと考えるモーリィ。
怪我人(重傷者)は出ず、午前の訓練は終わり昼食の時間。
治療部屋に一旦戻って荷物を降ろすと、モーリィはルドルフとトーマスの二人と合流し食堂で料理を受け取りテーブルにつく。
今朝はご飯を食べていないので非常にお腹が空いていた。
ところがここで異変があった。最初は口いっぱいに頬張って食事をしていたモーリィだが、半分ほど食べたところでお腹が膨れ料理が入らなくなったのだ。いつもの彼なら、この程度の量は問題ないはずなのだが。
様子に気づいたのか二人がモーリィに声を掛ける。
「おいおい、大丈夫かモーリィ? 失恋がまだ堪えているのか?」
「トーマスの馬鹿が言う事はともかく、体調が悪いのか?」
「わかりません、お腹にこれ以上は入りそうにないです……」
モーリィは悲しくなり顔を伏せた。
トーマスはその表情を見て頬を染めるとゴクリと唾を飲み込み、ルドルフは眉間にしわを寄せる。モーリィは料理の残った食器を持ち上げ片づけることにした。
沈んだ気分のまま治療部屋へ戻るために通路を歩いていた。
唐突にミレーの笑顔を思い出して、ジクジクとした痛みが下腹部にはしる。
今日は朝からゴタゴタしていて手洗いにも行ってない、モーリィは治療部屋に戻るのを止めて手洗い所に向かうことにした。
手洗いの個室に入ると、お尻に引っかかるズボンを苦労しながら下げ、下着から息子を取り出そうとしたところで全く手ごたえがないことにモーリィは気がついた。慌てて深く手を突っ込むとご子息はご不在で、代わりに何かつるつるした溝のようなものに指先が触れる。
絹を裂くような悲鳴を上げてモーリィは意識を失った。
◇◇◇◇◇◇
モーリィが目を覚ますと自室のベッドの上だった。
悪い夢を見ていたらしい、そう本当に悪い夢。
人の気配を感じた。見下ろされる……椅子に腰かけ心配そうに見ていたのは砦にはいないはずのターニャ。
「起きた? 大丈夫かいモーリィ?」
「あ、あれ、何でターニャさんがここに?」
「モーリィ。あんた何があったのか、覚えているかい?」
「…………あっ!?」
ターニャの質問にモーリィは急に体を起こした。途端に目眩を覚えてベッドから転げ落ちそうになる。ターニャが慌てて後ろから腕を回し支えてくれた。
その際、モーリィは自分の胸についている肉の塊を、彼女の手で掴まれるような感触を覚えた。ターニャがそのまま慎重にベッドに誘導して寝かせてくれる。そしてモーリィの目蓋を手の平で撫でるように覆った。
「……ターニャさん?」
「モーリィ、まだ体が追いついてないみたいだから、もう少し休みなさい。話はまた起きてからしてあげるから、ね?」
「…………はい」
目蓋に乗せられた、ひんやりとした手の平があまりにも気持ちよくて、ターニャの言葉に従いモーリィは再び眠りについた。自分の身に起きた肝心な出来事も忘れて。
騎士団長の執務室。
砦の行政施設の建屋の一室にあり、砦街の司令塔ともいえる重要な部屋。
モーリィとしては出来ることならば来たくない場所。理由は言わずとも知れているが、少なくとも一人で来るほど命知らずで無ければ後ろの貞操観念も低くはない。
「つまりモーリィ、それが君のクラスという事だよ」
騎士団長のよく通るはずのバリトンの声は耳に入ってこなかった。
モーリィが倒れてから目を覚ましたのは三日後。
そして再び眠りにつき次に目を覚ましたのが一日後だった。ベッドから起き上がれるようになるまで更に三日もかかり、倒れてから今日で八日目という計算だった。
モーリィの対面にはソファーに座る騎士団長。
見た目三十前後ほどの金色の髪に青い瞳のがっちりとした筋肉をもつ大男。しかし、その巨漢に反して非常に整った容姿を持つ美丈夫。貴族としては非常に珍しいタイプで宮廷の貴婦人方にも人気が高いらしい。
人として様々な欠点を持つがそれ以上の長所を持つ男、それが砦の騎士達(脳筋)の彼に対しての評価。
つまりこの男も基本的には脳筋である。
とはいえ国の重要拠点の一つである砦街の全責任をこの若さで受け持つのだ、有能であることは組織構造に疎いモーリィにでも十分理解できた。上司として騎士団長として疑いのない確かな実力を持ち尊敬に値する人物。
ただ男色家の疑いがあり、それにモーリィが関わっていなければの話だ。
「モーリィ? 聞いているか?」
「あ、は、はいっ!」
騎士団長の呼び掛けに考え事をしていたモーリィは我に返って返答した。
そして思わず眉を顰めてしまう、本人の予想以上に高い声が出たからだ。
人の声というものは自身が思っているより高い声質であることが多いが、先程出た声は明らかにそのようなモノではなかった。
単純明快に言うと……。
「ははっ、モーリィ、随分と愛らしい声になったではないか?」
「………………」
それは紛れもなく、うら若きは乙女の声。
「そして愛らしさの中に、濃艶であり清楚さをも同時に感じさせる。その可憐な姿と相まって最高だぞモーリィ。実に素晴らしい完璧だ。スパスィーバ」
そう言ってこの男はもったいぶった拍手。
何ほざいてるんだこの騎士団長は、部屋にいた団長以外の全員がそう思い、頭が非常に愉快な人を見るような冷めた目を向けた。
「まさに『聖女』として相応しい。そう思わないかお前達も?」
動じもしない騎士団長は場に居た全員をゆっくりと見回した。彼の発した言葉で部屋が一瞬で沈黙に包まれる。
モーリィの今まで不明だったクラスが発現した。
そう、条件を満たし発現してしまったのだ。
それが『聖女』
付き添いで来た三人、ルドルフとトーマスとターニャは体を震わせ俯く聖女に心配そうな視線。
「モーリィ。残酷なようだが君には聖女として、いや、これからは女として様々な事を学んでいってもらわなければならない」
「………………」
「まだ混乱しているだろうが、現状を受け入れられるように努力して欲しい」
「…………はい」
モーリィは湧き上がる色々な思いを飲み込み何とか短く答えた。
隣に座っていたターニャが気遣うように手を握ってくれる。ほんの少しだけ心が楽になった。
こうしてモーリィの生活は激変したのである。
取り敢えずは本人の今までの役割も考慮して、砦預りのままとなったことにモーリィは安堵した。砦街は二年も居る場所である、第二の故郷と言える程度には愛着が湧いていたのだ。次に宿舎の移動を行うこととなった。
男所帯の中に聖女を住まわせておくことは、危険すぎて出来ないからだ。
そう、今のモーリィは女なのだ。
女性的な容姿に相応しくなかった男という性から、その容姿に見合った女という性に変化してしまった。聖女というクラスであることは魔導具を使い確認済みである。
男から女への性別変換についてだが、これはクラスを得ることによって引き起こった肉体変化ではないかという説が今のところは有力である。砦勤めの騎士達の頭のおかしい頑丈さもそれであるが、実際のところは騎士のクラスを得ている者は数人しかいないので、連中は素で頑丈なだけかもしれない。
だが女騎士達のクラスは全員が女騎士だ。
性別が変化するほどの肉体変化を起こしたのは流石に珍しく、近々、王宮魔導師が聖女の能力を含めた検査を兼ねて砦城まで訪問してくれるらしい。
引っ越し先は同じ砦内で、女騎士達のいる特別宿舎に決まった。
この建物は本来は要人宿泊用の施設で、やんごとなき王族のお姫様などの高貴な方が、砦の訪問をされる際などに使って頂くものなのだが。
『わたくし前線の兵士達の生活にも理解がありますので贅沢は申しませんわよ?』
などと素晴らしく慈悲深いが無慈悲な事を仰り、折角準備していた街の高級宿を蹴って、砦に宿泊しようとしたためにわざわざ用意したものである。
砦の宿舎に普通に泊めたのでは、騎士達が無礼を働く危険性があるのだ。
実はこのようなことを思いつきで仰る高貴な方々は多い、本当に御迷惑だから余計な事は考えないで、身のほどをよく理解して発言していただきたい。
実働部隊ではない女騎士達が砦にいるのも、別に猿の調教をするためではなく、そのような高貴な方々が来た際の護衛役だからだ。
どんなに頑張っても騎士達では女騎士達には勝てない。
ルドルフの家にターニャが面倒を見る形で宿泊する案もあったのだが、そうすると夜間の緊急時に治療術を持つ者が砦から居なくなるので却下された。
モーリィは女騎士達の部屋に囲まれる配置の個室を貰った。
元の宿舎の二倍以上の広さの部屋を見て変な笑いが出たが、特別宿舎の中では狭い方である。最初は聖女と言う希少クラスの力と、これから先の貢献などを考慮して、やんごとなきお方が泊まる部屋の一つを解放する手筈だった。しかしあまりにも広すぎてモーリィが断ったのだ。
手洗いのような水場だけでも元の部屋と同じ大きさというのは、一般庶民の出であるモーリィには恐怖しか感じなかった。
ターニャがしばらく一緒に生活し助けてくれたのは、女の体に不慣れなモーリィとしてはありがたかった。ルドルフが心配し騎士団長に直訴して頼んでくれたのだ。もちろん団長としてもお願いしたいところだったので喜んで許可をくれた。
ただモーリィが最初に困ったのは、着替えなどでターニャが普通に肌を見せることだ。
緩やかな美しく長い黒髪に、張りのある艶やかな褐色の肌……豊かな胸と腰回りは妙齢の女性の完成された美しさがあり、まだ少年の心を残し、女として慣れないモーリィが見惚れて情欲を抱くには十分すぎるものであった。
その事に対しターニャ本人とその夫であるルドルフに、どうしようもない後ろめたさを感じてしまう。だが二人ともモーリィに関しては、少し年の離れた弟として見ていた節があり、それが妹に変わったと考えれば罪悪感も少しずつ薄れ慣れていった。
それにターニャもモーリィに女としての自覚を持ってもらうために、わざと自分の裸を見せていたのだ。そのことにモーリィが気づいたのはしばらく経ってことだが、彼女には感謝の気持ちしかなかった。
ターニャは女としての初心者のモーリィに様々なことを教えてくれた。
男と女の生活習慣の違いから、男には聞かせられない類の話。彼女には今のところ来てはいないが月のものの処置の仕方なども。
女騎士達は女性らしい方面ではあまり役に立たなかった。砦の男より男らしいと噂され、街の若い娘たちの熱い視線を集める女騎士達は流石に違う。
女性が持つべき男性に対しての最低限の警戒心や、勘違いされないための心得だが、モーリィはこれが普通にできていた、できていてしまった。
幼い頃より女と勘違いされ誤解されることの多かった人生が、ここにきて役に立ったのだ。男に対しての警戒心は下手な田舎娘よりも高く、少なくとも幼女といい勝負の女騎士達よりは遥かに上であった。
女性的な立ち回りや言葉使いに関して、いくつかの指摘はされたがそれほど矯正されることはなかった。ターニャがモーリィの気持ちを考えて無理に押し付けないほうがいいと判断したのと、元から攻撃的ではない落ち着いた物腰や女性的な柔らかい喋り方や敬語が多かったので、それほど変える必要もなかったのだ。
騎士団長からはいずれ公式の場に出ることを考え、一人称を私にするようには言われたが、その程度のことならモーリィとしても問題はなかった。
聖女に、女になったことに対してモーリィにも思い悩むことは多々あった。
しかし、モーリィが不安な気持ちを抱えて砦街に来た時と違い支えてくれる人が多くいる。ターニャやルドルフやトーマス、そして女騎士といった周りの者達の好意と恩に応えるため、前向きに生きていけるようモーリィは努力していったのだ。
だが、しかし、治癒士として聖女として、モーリィは油断をしていた。
仕事復帰の一日目は治療部屋で大勢の騎士達の相手をする羽目になる。
筋力全振りでいくら知力の低い砦の騎士達とはいえ、元男に対して好意を抱くような行動を取る者は、そうは多くないだろうと甘く見ていたのだ。
治療部屋は大混雑。
以前は閑古鳥だったのが信じられない有様である。
砦の騎士達は骨折や内臓破損などの怪我をしても大抵気合いで治すので、普通の治療というものは、彼らには全く必要のない未知の世界の概念だったからだ。
「指を切った」「擦り傷が出来た」「虫に刺されたよう」
「唾をつけるか痛いの痛いの飛んでいけ、する前にもう既に治っています」
「お腹が痛い」「頭が痛い」「関節が痛いよう」
「毒液飲んで毒風呂入るような酷い状態でも、自然治癒で治りますよね貴方達?」
ここまではいい、彼等はまだマシな騎士。モーリィもこの程度なら、微笑みながら体にいい苦い薬草飴を渡してあげるくらいの愛想は持っている。
「愛が欲しい」「君が欲しい」「その見事な胸部装甲を揉んでもいいか?」
――全くをもって意味がわかりません。死んでいただけませんか?
ちなみに最後の、たわわ発言は愉快なトーマスさん。
その頃には夫婦共々モーリィの重度な兄(姉)馬鹿と化していたルドルフが、鬼の形相でトーマス達を縛りつけ裏の池に沈めた。冗談抜きで本当にヤったのである。
その光景に女になりたてのモーリィは少しちびってしまった。
一日目がこのような有様だったので、不本意ながらも騎士団長に相談したところ、急遽、女騎士の護衛が常時交代で付くことになる。
だが待ってほしい、彼らにも言い分はあるのだ。
モーリィが聖女となり、女の体に慣れるために砦の中をリハビリ散歩をしていた期間がしばらくあり、その時に見かけた騎士達は思ってしまったのだ。
――え、誰だ。あの、今すぐにでも手を取り支えてあげなければ、倒れてしまいそうな美しく可憐な少女は? 白銀色の輝く髪に澄んだ空色の瞳、儚げで美しい顔立ちに新雪のような汚れ一つない肌。背は女性としては少し高いが、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な体にほっそりとした手足。その身に纏う雰囲気はどこまでも無垢で清楚。そして何より――何よりもだ、あの母性を感じさせる素晴らしく、柔らかそうな、柔らかそうで、柔らかいであろう、胸部装甲っ!!
見た目が極上で男の保護欲を刺激する深窓の令嬢のような少女が、自由が利かない体をおして、うんうんと一生懸命リハビリ治療をしている光景を見たのである。
彼等は曲がりなりにも、弱者を守る騎士道精神を遵守する騎士であり、そして悲しいことにどこまでも騎士であった。
こんなん惚れてまうのは当然の結果じゃないか。
その時に行く者がいなかったのは、常に女騎士達がモーリィの手を取り男前にリハビリを支えていたからだ。
騎士達の目には女騎士は脳内から消去されモーリィしか映らなかったが、野性的な危険察知能力が働き逝かなかったのである。
モーリィの復帰一日目、騎士達にしてみればまさしく狩猟解禁日。
当然結果は目に見えていた。
モーリィが騎士団長に懇願した次の日の二日目。
女騎士達の指導のお陰で以前と同じように仕事に戻ることができたのである。
◇◇◇◇◇◇
モーリィに待っていた呼び出しがかかる。下ろしていた白銀色の長い髪をかきあげ手早くまとめ、治療部屋から出て砦の正門入り口にあたる大広場へと向かう。
治療部屋からは少し距離があるため早足。
一般女性に比べて大きな胸のため、やむ得ず下着をしっかりと着用しているのだが、手で押さえても上下に揺れる胸は相変わらず慣れなく邪魔に感じる。
石畳で舗装された大広場に辿りつくと、一仕事終えたらしく端の方でげっそりしたように座っている知り合いを見つけてそこに向かう。横に立ち様子を覗うと、ルドルフはため息をつきトーマスは肩を竦めた。
二人とも疲れた顔をしているが、曲がりなりにも第三騎士隊所属のエリート脳筋の彼らである、体力的にではなく精神的に疲労を感じているようだ。
モーリィは大広場に広がる惨状に昔のことを思い出した。
それは成人の儀式を受ける前日のことだった。
彼はヨーサクという名前の幼馴染。成人の儀式を受けるため近くの街に向かう荷馬車の中で、同年代の者達と話をしている最中に彼は突然こう言ったのだ。
『俺には夢がある! 凄いクラスを得て英雄になったら、裸の女の子をベッドの上に一列に並べて、後ろからお尻パンパンするんだっ!!』
みんなで一斉に大爆笑。
ヨーサクも多分本気で言ったわけではない、彼はそういうネタをたびたび挟んでは、みんなの笑いを誘うのが本当に上手い頭のいい男だった。
男の夢だよなーうんうん分かる分かると話が盛り上った。
――あの頃は本当に楽しかったな。
何故そのようなことを思い出したかというと、砦の大広場の地面に野営で使用する大きな麻布が敷かれ、何百人もの裸の男達が四角い尻を剥き出しにし、一列に並べられウンウン呻いて寝ていたからだ。
砦街の役割……正確には砦の役割というものがある。
たまに砦街に襲撃に来る獣王国の獣王様の――
『おっ、おめぇらっ強いやつ(脳筋)ばっかいるなぁ。よしっ! オラといっちょやってみっか!!』
そう仰る要望に対して砦どころか国。そして周辺諸国をも巻き込んだ砦一武闘会を開催してみたり。
この時は決勝戦で、獣王と女騎士の数時間にも渡る殴り合いの末、女騎士が起死回生のボディからの八の字回転連撃を獣王に決め優勝した。会場の全員が立ち拍手するほど熱く激しく盛り上がり、モーリィも感動して少し泣いてしまった。ごりら。
たまに砦街に襲撃に来る魔の国の自称魔王の――
『フハハハッ! 我は魔王なり、人族共よ我が力の前に跪くがよいっ!!』
そう仰る要望に対して、その場にいた騎士達全員で魔王迎撃戦をこなしてみたり。
『うわああんっ、御婆ちゃんに言いつけてやるうぅっ!!』
この幼女はそう言って泣きながら帰っていったので、魔王ちゃん(仮)とか魔王ちゃん(笑)と呼称されて親しまれている。そして迎撃戦成功に大はしゃぎをする大人げのない騎士達に、流石のモーリィも見るに見かねて『幼児相手にやりすぎですよ!』と叱った。
『アタシ参上!!』
それから直ぐ後に、泣きぐずる幼女を抱っこした女性が砦にやって来た。
ほっかむりに作務衣姿という何だかよく分からない格好をした、やたらと美人なその魔族女性は騎士達を全員ボコボコにし、女騎士達の合体奥義トライアタックすらも弾き返した。魔王ちゃん(仮)は手を叩いて大喜び、モーリィは自らの顔を両手で覆った。
その後、彼女は魔王ちゃんを抱っこして砦の井戸端会議に参加し、お土産に魔の国の産地と思われる大量の果樹植物や苔盆栽を置いて帰っていった。
この最初から最後までクライマックス状態だった魔族の女性は、魔王様(真)とか魔王様(恐)と呼称され、街でも一時期流行した苔盆栽はモーリィも治療部屋に置いて育てている。心安らぐよね苔盆栽。
とまあ、砦と騎士達の本来の役割とは周辺の魔獣討伐。
正確には闇の森からあふれ出てくる魔獣を迎撃することにある。
闇の森とは人族と魔族の領域を隔てる境界線である。以前は行き来が出来たようだが、四百年ほど前に起きた人魔大戦と呼ばれる人族と魔族の大戦争の後に、森の木々が急激に伸び二つの種族の領域を完全に分断することとなった。
問題はこの闇の森で広大な森林には恐ろしい魔獣達がひしめいているが、同時に数多くの貴重な資源や動植物などが存在し、それを得るため無謀な冒険者達が入り行方不明になることがある。自己責任なので勝手にしてくれが基本なのだが、たまに森の支配者である闇竜などを刺激し酷い騒ぎを起こすのだ。
人間離れした砦の騎士達も闇竜達相手では流石に分が悪い。というか騎士達の重傷原因の殆どが闇竜達の仕業で、特にポチと呼ばれる片目の闇竜の強さが群を抜いて凶悪。たまに砦街に襲撃に来る魔王ちゃん(笑)が可愛らしいくらいだ。
そして今回起きた出来事は、諸外国と色々と問題を起こすことに関しては、安定した信頼と実績を持つ、神を祭る宗教国家の手の者によって起こされた事件だった。
彼らはよりにもよって闇竜達の卵を盗んだのだ。
闇竜達の大暴走の知らせがあり慌てて騎士団総出で出向いた。
砦街を完全に留守にするわけにもいかないので、砦警備任務中の第三騎士隊と、街の治安維持専門の第五以外の第一・第二・第四で出陣。騎士団長が王都に出向き不在だったため、指揮を第一騎士隊の騎士隊長が執り仕切り、彼を中心に事件に当たることとなる。
ここで話は少しずれるが、砦の騎士隊で騎士隊長になるには、ある最低条件がある……それは人としての知性を全て失っていないことだ。
以前にも話したが入隊時は普通でも、砦で脳筋達に囲まれて生活していると、いつの間にか全ての知性を理性と共に無くしてしまう。砦に送られて来るような騎士だと最初は5程度の知性を持っているが、それがわずか数週間で2以下になり、そして数か月後には0に近い小数点あたりまで落ち込み、晴れて砦の騎士の仲間入りとなる。
彼らの行動は一見して常人と変わらないように思えるが、脳の筋肉が常に条件反射で動いているため傍目には普通に見えるのだ。
だが隊長になれるような者だと元々の知能が高いのか、脳筋達に交じっても元の半分の3程度の落ち込みで済む。脳筋に交じっても知性と理性を失わない高い頭脳を持つ者、それこそ砦の騎士隊長に必要とされる重要な資質である。
参考までに普通の人の知性は最低でも10以上。
そんな素敵に脳筋な彼らだが、まずは原因の調査とばかりに闇竜の偵察に向かい、そこで必死に逃げている怪しい集団を偶然発見した。
頭脳はおそまつでも行動力と戦闘力は王国一の彼等、ある意味では、はた迷惑な連中だがこの状況下ではいい方に転がった。
手早く追跡し、手早く拘束し、手早く尋問し、手早く闇竜の卵を発見。
おま、おまえらまじかよっ! ふざ、ふざけんなよぉ! という流れだった。
この状況、闇竜にすれば人族が卵を盗んだのだ。
僕達とは違う国の人が盗んだんです。僕達は貴方達の良き理解者です。僕達は平和主義者です。ですので、あの、あの……ま、まずはお友達からお願いします!!
などという初めての恋の告白もどきは悲しいことにまず通用しない。
しかし大暴走する闇竜達を放置すれば、国がいくつ滅びるか分かったものではない。彼等は王に剣を捧げ国と民を守る騎士として、命を賭ける決断をしたのだ。
その場で最も高い知性を持つ第一騎士隊長の指揮の下、持ってきた炎ブレス避けの大盾と覚悟を持って全員で説得交渉をしに行こうか? で向かった。だが騎士達は闇竜の罠にまんまと誘き出され、背後に分散して潜んだ闇竜達の炎ブレスによる集中砲火を浴びせられる。交渉にもならなかった。
同時に砦の騎士達の知性は、闇の竜には遥かに及ばないことが証明された歴史的瞬間だった。全員がお尻を後ろに引いた逃げ腰の、へっぴり腰だったのが不味かったのか、こんがりとお尻を重点的に焼かれてしまったのだ。
へたれ過ぎ。王国の剣は?
無茶言うな騎士達だって自分の身が一番可愛い。
騎士達のお尻の姿焼きという地獄絵図なその場所に現れたのは、炎のような色合いの髪と瞳を持つ、どこかで見たことあるような、やたらと美人な魔族女性。
『なるほど貴様達は卵を取り戻して来てくれたようだな、良いだろう今回はその働きに免じて引いてやろう……だが次は無いぞ人族?』
女王様的な見下し視線と、ぞくぞくするような有り難い言葉を仰って、卵と卵を盗んだ者達の身柄と引き換えに彼女と闇竜達は闇の森に帰って行った。この時の騎士の何人かは職変更して騎士になったかもしれない。
そして負傷した騎士達は、万が一を考慮して偵察に来ていた女騎士達と、その知らせを聞いてやって来た砦街の住民有志の協力によって、荷馬車に出荷前の豚のように大量に乗せられ砦まで運搬されていったのだ。
このような時の砦街住民の団結力は素晴らしいものがある。
負傷した騎士達を剥く作業を居残りの第三騎士隊と、砦街のご年配のご婦人方と女騎士達で取り組んだ。モーリィも手間を省くため治癒しながら手伝おうとしたらご婦人方に遠慮願われた。彼女達いわく年頃の若い娘さんが、そんな恥じらいのないことをするものではないらしい。
モーリィは以前から薄々と感じていたのだが、ここに来た当初から街の住人には女だと勘違いされていたのではないだろうか? 最初から砦の井戸端会議に参加させられて、たまに相手が男のお見合いを勧められるという、思い当たる節がモーリィには色々とあるのだ。
後……二十代くらいの者が多い女騎士達はいいのだろうか?
そのため、騎士の剥き身の下ごしらえが出来上がるまで、モーリィは治療部屋で何とも言えない気持ちのまま指をトントンしながら待機していたのだ。
大広場についたモーリィが見たのは、砦街の市場で年に一度行われる肉祭りのように、ぎっしりと並べられた騎士達。元男のモーリィとしては男の裸を見ても特に何も感じない。むしろルドルフやトーマスのように男の服を延々と剥いていたらうんざりしていただろう。
本物の女性ならば何か思うことはあるのかと辺りを見回してみたら、騎士達を剥いたご婦人方や女騎士達が、腕を組みゲフフグフフといったご様子で、ニヤニヤニタニタと全裸の騎士達を眺めながら何やら熱い評論を交わしていた。
どうやら、あんな連中でも本物の女性の方々には需要があるようだ。
モーリィは休んでいる二人に手を振ると治療を開始することにした。
並んでいる騎士達のお尻の一つを軽くパンっと叩くと、あれほど酷かった重度の火傷が見る見るうちに治癒されていく。
本来なら治癒の術はゴニョゴニョと呪文を唱える必要があるのだが、聖女の能力だと対象を軽く触るだけで治癒させることが可能だった。正直この時だけは聖女になってよかったとモーリィは心の奥底から思った。これだけの数の男尻を目の前にして呪文を唱えながら治療していたら確実に精神が病んでしまったはず。それ以前に魔力が持たないだろうが。
なるべくお尻を見ないようにしながら次々とパンパンしていく。
――騎士の皆様方、オゥフとかウッとかアフゥ、と変なお声を上げられますのは大変に気持ち悪いのでお止め頂けるようお願いいたします。
モーリィはしばらくそうやって治療をしていたが、ふと集中力が切れて横を見てしまう。騎士達の治療を終えたお尻が密集するように並んでいた。
ツルツルと綺麗になった筋肉質で四角いが様々な形状のお尻が並んでいた。
モーリィは天に向かって絶叫したくなった。
――ヨーサクお元気ですか? 私は元気です。あの頃の貴方の夢は裸の女の子を並べて、後ろからお尻をパンパンすることでしたね? 夢は叶いましたか無理ですよね? 実は今の私は貴方の夢を代理で叶えているところです。ただし目の前にいるのは女の子ではなく、むさ苦しい男達で、全裸にされた彼らのお尻を後ろからパンパンとしております。不思議なことに涙がこぼれてきました。嬉し泣きというものでしょうか? ヨーサクもお体を大事にし日々を健やかにお過ごしください。かしこ。
モーリィはそのように心を別の場所に隔離した。死んだ目で無心に数百人以上の騎士のお尻を治癒したのである。パンパン。
後日、それからしばらくの間。
治療した騎士達がモーリィと会うたびに、頬を染め俯きチラチラと上目使いで乙女の顔をしてくるのが、酷く酷く苛立たしかった。
◇◇◇◇◇◇
モーリィはいつも通り治療部屋で仕事を行っていた。
日々は流れ様々な出来事があった。
恒例の魔王ちゃんが砦に襲撃に来ていた。
作務衣姿の魔族女性も一緒に来て、ご婦人方やモーリィ達とのどやかに井戸端会議を行い、遊び疲れた魔王ちゃんを抱っこして帰っていった。
補充の勇猛果敢な新米騎士達が、あちこちの場所から来ていた。
既に何人かの新米騎士は上手く砦で適応している。
中には辛うじて人としての知性と理性を保っている者がいて、次期隊長候補として大事に育てられているとトーマスから聞いたが、恐らく治療部屋に運ばれ数日看病した彼のことだろうとモーリィは思った。
――砦に類人猿ではなく人類が増えるのは本当にいいこと。
何の疑問もなくそう自然に考えるモーリィも砦に来て三年目。
都会の空気に馴染んできたのかと、彼女自身、良いのか悪いのかよく分からない切ない気持ちである。
そんな治療部屋のモーリィの元に思いもしない人物が訪れた。
「や、やあ、モーリィ……お久しぶり」
聖女になって思い出すことも少なくなっていた彼女。
「え……ミ、ミレー?」
「えへへ、戻ってきちゃった」
「戻って来たって……本当に久しぶりだね! また会えて嬉しいよ!!」
愛らしい顔立ちに鳶色の瞳、綺麗な茶色の髪に小柄な体。
彼女は勇者と一緒に旅に出たはずのミレーだった。そして恐らく、モーリィが聖女というクラスを発現させる切っ掛けの失恋を教えてくれた少女。
ミレーが申し訳なさそうな顔をして治療部屋に入ってきた。
笑顔で再会を喜ぶモーリィを見て、少しだけほっとしたような安堵の表情を浮かべる。
モーリィは所在なさげに入口で立つミレーの手を取り強引に椅子を勧めると、急いでお茶を淹れテーブルの上に自分と彼女の分を置いた。
護衛のため壁際の椅子で待機している女騎士の分も淹れて手渡すと、彼女はサムズアップをしながら無言で受け取り、ずずーっと美味そうに啜った。
ミレーは治療部屋に以前はいなかった女騎士を不思議そうに見る。モーリィはどう説明したものかと悩んだが、先に今まで話をしてもらうことにした。
「うん、勇者と一緒に旅していたんだけど、私以外にも数人の女の人がいてね」
「へぇ、男女混合パーティというやつなのかな?」
モーリィの何気ない質問にミレーは首を大きく左右に振った。
彼女のボブカットの柔らかい髪が動きに追従するように綺麗に広がる。
「ううん、違うわ。勇者以外はみんな女の人だったの」
「え……そ、それは!?」
「あっ! 別に彼女達との仲は悪くなかったわよ。むしろかなり仲良くなってね」
「あ、そうなんだ、それは良かった……」
モーリィの案じる様子に気づいたのか、ミレーは手の平をぱたぱたして明るい表情を見せる。どうやら心配させないための強がりではなく、彼女は本当にパーティの女性同士で仲良くやっていたらしい。
――あれ、でもそうすると砦に何故戻って来ているのだろう?
疑問を感じたがミレーの語る旅の話の続きを聞くことにした。
「うん、よくオークの群とかを女の人全員で討伐しに行ってね。私は後方支援だったけど、たまにくるオークとかメイスで成敗してたのよっ!!」
「おー凄い! ミレーも活躍していたんだね?」
ミレーは少し興奮ぎみにブンブンと片手を軽快に振り回す動作。
流石に冒険していたんだと感心するモーリィ。
しかし彼女のメイスを振るような動作はやたらと下ぎみ。
「仲間の女の人も、みんな強い人ばかりでね」
「うん、うん」
久しぶりに見るミレーの元気で明るい姿に、最近の出来事で精神的疲労を感じていたモーリィは嬉しくなり、心が癒されるような気分になる。
「それでみんなね、凄い二つ名とか持っててね」
「へーどんな名前だろう?」
「えっとね、貫きのとか、切断のとか、抉りのとか」
「え、ええ……う、うん……あれ?」
モーリィは首をひねる。ミレーは本当に嬉しそうに話していた。
――おかしいな微妙に癒されない、何故だろう本当に不思議だぞ?
「私も何と、潰しのミレーって名前つけてもらっちゃったのよっ!!」
「ああ、うん……何か、その凄いね」
ミレーは鳶色の大きい目をキラキラと輝やかして、嬉しそうに下から上へとメイスを振る動作。角度が酷くエグかった。ナニかがキュとなり、モーリィは自分の太ももをすり合わせた。
モーリィの本能がささやく、この話題をこれ以上喋らせてはいけない。
「えーえっと、その、そうだ! 勇者のほうはどうだったの!?」
「…………」
話題を変えるつもりで勇者の名前を口にしてから、モーリィは失恋した時のことを思い出して少しだけ心が痛んだ。しかしそれ以上にミレーの変化は劇的だった。
にこやかな表情をしていた彼女の顔から、感情が抜け落ちるかのように消えたのだ。モーリィは今まで見たことのないミレーの様子に酷く不吉なモノを感じた。
「あ、あの、ミレー?」
「ああ、勇者ね……アレ、クズだった」
ミレーの怒りの表情、人の影口は滅多に言わない彼女が珍しい……あまり穏やかな話題ではなかったようだ。
「少し手ごわい魔獣を倒してね。勇者がちょっと酷い怪我を負ったけど、私が治してあげてね。街の人にも感謝されて、それで勝利の祝宴をしましょうかでみんなで宿に泊まったの」
「う、うん」
「その夜に勇者のやつが私達の部屋に入ってきて、いきなり全員に服を脱ぐように命じてきたのっ!!」
「え、ええぇぇぇ!」
その時のことを思い出したのか、ミレーは拳を握りしめ足踏みしそうな勢いだった。
「いきなりね……俺の夢は裸の女を一列に並べて、後ろからお尻をパンパンすることなんだって意味の分からないことを言いだしてね!?」
「あ、うん……それは、その、意味が分からないね?」
悲しいことにモーリィには少しだけ意味が理解できてしまった。
「俺はお前たちの為に今まで怪我を負っても我慢してきたんだ。そろそろお前たちの体で癒してくれよ。とか、ほざきやがったのですよっ!! 最低最悪よ!!」
「…………ええ、最低最悪ですね」
ミレーは怒り心頭なのか言葉使いまでおかしくなっていた。
それに対して最近の騎士達の悲劇と、どこかで聞いたことがある男子共通の夢の話を思い出し、額に手を当て何とも言えない気持ちになるモーリィ。
「えっと、それでどうしたの?」
「女の人全員でぼこぼこにしてから、剥ぎ取って、もいでやったわっ!!」
「――――――」
――え……ええ? 剥ぎ取って……もいだ? もいだの? もいだって?
よく分からない焦りを感じてモーリィは恐る恐る尋ねる。
「あの、ミレーさん……何をもいだの?」
「とにかく、ナニをもいだのよっ!!」
ミレーのあまりの剣幕に、モーリィは「ひぃ」と悲鳴をあげ股間を手で押さえる。女になってから失って久しい息子的なナニかがヒュンとなった気がした。少しちびってしまったかもしれない。
大声を出して心が落ち着いたのか、ミレーは少し気恥ずかしそうに咳払いをすると、いつもの優しい表情で話を続けた。
「それでまあ、色々あって恥ずかしながら戻ってきたの」
「ああ、うん、そっか、ミレーも大変だったんだね」
「うん、えっと……それでまた、ここで働けることになってね」
ミレーはもじもじと自分の太ももの上で指を閉じたり開いたりを繰り返す。何か本人的に言いにくいことらしい。モーリィはミレーの言葉の続きを待った。
「その、身勝手な話だけど、また、ここに居る事を許してもらえるかな?」
「え? あはっ、そんなことか、ミレーがいいのなら大歓迎、本当に戻ってきてくれて嬉しいよ」
ミレーの迷いなど何でもないようにモーリィは即答して喜んだ。
「うっ、あ、ありがとうっ……モーリィ」
ようやく安心できたのかミレーは涙ぐみながらも微笑む。後ろで腕組みをして座っていた女騎士も一件落着とばかりにウンウン満足げに頷いていた。
それに気づいたミレーは疑問を聞いてきた。
「あの、それで彼女は?」
「ああ、えっとね」
どう話したらいいのか迷い女騎士を見ていたら、彼女は男前の表情で頷きサムズアップ。それに勇気づけられたような気がして、モーリィは自分の身に起きた出来事を話すことにした。
「あのねミレー、その……クラスが判明したんだ。僕のね?」
「え、本当っに? おめでとうモーリィ! それで何のクラスだったの!?」
無邪気に喜び祝福して、無邪気に質問してくるミレー。
「聖女……つまり私は女になってしまったんだ」
瞬間、部屋の空気は見事に凍り付いた。
ミレーは小さく口を開けて、えっ……という表情。
――あぁ、ちくしょう、ちくしょう、やっぱりこの子は可愛い。
モーリィはミレーの愛らしい顔を見て現実逃避気味。
そのミレーはいきなりモーリィの胸を両手でむんずとつかむ。
突然のことに悲鳴を上げるモーリィには構わず、壊れ物を扱うかのように繊細に優しくきゅっきゅっと揉みだしたのだ。今まで感じたことのない不思議な感覚に、モーリィの口から変な声があふれ漏れる。
「うん、違和感あったの。モーリィの声が何か高いし、厚手の医療服でわかりにくかったけど胸が大きくなってるし、というか何か綺麗になってるしっ!!」
「ちょ、ちょっと、ミレー、む、胸を揉むの止めてぇっ!!」
「何この胸、何この胸、うわうわっなんか凄すぎて止まらないのよ、うわっ!!」
うわっうわっ言いながらミレーは壊れた。
そして唐突に揉むのを止め手を放すと、彼女はモーリィの胸に顔を押しつけ腰に手を回して力いっぱい抱きついてきた。驚き赤面するモーリィに対してミレーはその状態で懇願する。
「モーリィ。このまま抱きしめたままで、お話の続きをして欲しい」
「ミレー……?」
「ごめんなさい、お願い、モーリィ……」
ミレーは僅かに涙声になっていた。どうしようかと視線を上げたモーリィと女騎士の視線が合う。彼女は腕組みしたまま表情を変えずに無言で頷いた。
――ほんと男前だな砦の女騎士様は……!
モーリィはミレーの体に手を回すと、今まで起きたことを改めて語り始めた。
途切れ途切れで決して上手い話し方ではなかった……一つ一つお互いの離れていた時間を埋めるようにモーリィは語っていった。全ての話が終わりモーリィは胸に抱きついたままのミレーの背中を何度も軽く撫でる。
すると今度は彼女がぽつりぽつりと語りだす。
「モーリィあのね、私ね。今回の冒険の旅で勇者とのことがあったから、男に幻滅して男なんてもう一生いいって本気で思っていたの」
「え? う、うん……」
「でもね、でもね、今のモーリィだったら、私イけると思うの色々な意味で……」
「うん、え……ええっっ!?」
話がおかしな方向へと転がっている酷く嫌な予感。夢の中で空を飛んでいて突然落下しているような感覚。それともこれは悪寒なのだろうか?
抱きついたまま豊かな胸からミレーが顔を僅かに上げる。
モーリィは彼女の鳶色の潤んだ瞳を見てゾクリっ。
その表情はつい最近嫌になるほど見たことのあるものだったからだ。
「モーリィ、私と結婚しましょうっ!?」
ミレーは頬を染め恍惚とさせ、熱い眼差しをモーリィに向けていた。お尻を治療してあげた騎士達が浮かべていた乙女顔ってやつだった。
その表情に愛らしさより、恐怖を覚えたモーリィは縋るように女騎士を見た。
彼女は背中を向けていた。そして肘を折り曲げ横に広げたまま、両手の平を上に向け首を左右に振っていた。すまない私には無理だ……彼女は処置無しというやつだ。
女騎士の異様に分かりやすい仕草が今のモーリィには異様に腹立たしかった。
「私のお嫁さんとして、絶対にモーリィのことを幸せにするからっ!!」
――結婚はともかく、そこはせめて夫にしていただけませんか?
もう離さないとばかりに鼻息も荒くきつく抱きしめられ、胸部装甲をミレーの顔でぐりぐりと縦横無尽に占拠されたままモーリィは呆然と思った。
料理を持って様子を見に来たターニャが、状況を察して引き離してくれるまで、彼女はミレーに抱きつかれていたのだ。
お気に召しましたら連載版もよろしくお願いします
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