エマへの嫌がらせ
軽い回復効果のある薬草茶をいれて持っていくと、エマがゆっくり起き上がった。部屋中強い薬草の香りがしている。
「これ飲んで、顔色が悪いよ」
「…あ、ありがとうございます」
エマにカップを渡してから、回復の魔法をかける。一口飲むごとに顔色がよくなっていく。
「ケントさん、全部飲めません、でももう走りまわれそうです」
「本当に大丈夫なの?」
「もう平気です]
「何があったの?」
「はっきりいわせてもらいますが、ケントさんのせいで、さっきの人たちからずーっと嫌がらせを受けていました。魔術科の中のことだから知らないでしょうけど、もう毎日毎日しつこくからまれます。
でも本当のことばかり言われて言い返せなくて、あまりにも頭にきて悲しくて自分が情けないです。
ケントさんにもいらいらして、何か言ってしまいそうになるんですよ、全然悪くないのに」
「エマは誰に何をされたか全部言えるかな?あ、ごめん疲れたね、少し眠ろう、おやすみ」
軽く眠ってもらって、予言のときのように手をにぎる。エマの記憶をたどってどんな嫌がらせをされたかを探ると、次から次へと出てくる。
図書館の棚から本が落ちて、上の窓からバケツの水が降ってきて、通りがかった噴水に突き落とされた。エマは予言以外の魔法が使えないのに、着替えの服まで汚されている。
一月くらい前に教科書が燃やされて、エマが地面に座り込んでいる。
(あなたみたいな貧そうな娘が、何様のつもりでケント様に近づくの?あなたなんてなんとも思われてないのに、哀れね)
(まだわからないの?いい加減にしなさい!迷惑をかけているのがわからないのかしら)
(あなたとケント様じゃ全くつり合わないじゃない、自分がみじめになるだけでしょう)
すごいな、こんな悪意のあるセリフを普通に言うんだ。ケント様って何だ?誰だよそれ。
(あなたみたいな子がケント様とお付き合いできるわけないでしょう!よく自分をみてみなさいよ)
うわあ、エマと自分と彼女に人以外のなんの違いがあるんだ?彼女たちが古くから信仰させられている思想には、異世界の悪意にゆがんだ次元からのものでもあるのかな、この世界で魔素を直接人にためるなんて理解できない。
自分と同種の生物を同じと思えない、ゆがんだ異世界の影響を受けた人たちのようで気持ち悪い。エマを否定することは、自分を含めた同じ生物の否定になるのに。エマへの悪意から発生した魔素は、発生させた彼女たちに多くふりかかる。
その悪循環をみているうちに、だんだん気持ち悪くなってきた、人という生物に魔素がたまってゆがんでいく。よくわからない上下関係があるとどこかで何かに設定されて、そこでできる悪意から発生した魔素が人にたまった影響で、普通の感覚がどんどん麻痺していって、またくりかえす。
その設定をしたのは、どこの何だ?元々のこの世界の美しい信仰には設定されていない、悪意にゆがんだ異世界から、としか思えない影響があって…あれ?異世界に影響を及ぼすことができるんだ?可能なことだとしても、許されることなんだろうか?
そんなことを考えているうちに、足元の確かなものがふわっとしてきた、重力の向きがばらばらになる感じ。
やばい、魂関係がおかしい、重力じゃない。
「エマ、起きて」
「ん?あー、ケントさん、よく眠れましたよ、ケントさん?おーい」
あんなことされてもまだ、自分の名前をよんでくれるエマをじーっとみつめる。なんでそんなに普通でいられるの?
「なんで助けてくれって言ってくれなかったの?どうして?こんなにされて、どんなことをしても助けたのに」
エマがびっくりしている。
「どうしてなんにもできなかったんだろう、ごめんね」
思わずびっくりしているエマを抱きしめていた。対等だと思っていたのに、あまりの小ささに驚く。わたしは弟より小さい兄だが、エマはもっとずっと小さくて、力ない。
「エマ、小さいね」
「どんな嫌がらせですか、それ」
「うーん…そうじゃなくて、いろいろ助けたいし、これからも予言をお願いしたいけど。エマは力ない小さな女の子で、どうしたものかと」
「力ないし小さくて悪かったですね」
「悪くないよ、薬学科に来ない?魔法が予言だけなら役立つし、ずっと守ってあげられるよ」
「薬学に興味がないから嫌です、それに普通は簡単に転科できませんよ。ケントさんと私は似合わないから、ずっと一緒にいるのも嫌です」
「似合わないって、嫌われてるの?見た目を変えたらいいの?」
「本当に変えられるからこわいですね。変な性格も見た目がいいところも、嫌いではないです。顔だけなら好きですよ」
「本当に?顔だけ好きなんだ、でもいいや、エマを守らなくては、と思うくらい大切なのに、顔は母に似ているだけなのに、顔だけ?魔術には自信があるのに、でもそこなんだ」
「わかりました、そんなにぐるぐる同じことをいわなくても、ケントさんのことはけっこう気に入ってます」
「けっこう気に入ってる?」
「まあ、そうですね」




