前世の歴史
エマがわたしの腕をつかんで揺らす、彼を揺すって出そうとしているようだ。
「あの預言者に会えませんか?予言について知りたいんです、体の中にいるんですか、どうやったら…」
「知らないよ、自分でもよくわからないんだ」
「すみません、あんなにすばらしい預言者に会ったことがなくて」
エマとは話しながら魔術科に戻ると、そこで別れた。何かすぐにできることはないし、不安な気持ちはエマと共有することで少し薄れた。
その頃神殿からも留学生が来ている、ときいたが貴族の先輩が付き添っているのでまだ会っていない、それどころではないのだ。
あんな予言をみたせいで、しばらく前世の彼のことばかり考えていた。ケントを守る、といってもどうしたらいいのか。
落ち着かない気持ちのまま、定期的にエマと予言をみているが、二人で考え込むだけで結論は出ない。中毒患者のように予言に取り憑かれているが、つぎはぎだらけの記憶をたどるようでもどかしい。
そこで時間の流れ順に彼の人生からわかる異世界の歴史を書きとめて、何があったかくわしくみることにした。
はじまりは住んでいる世界に違和感を感じていた子供の彼が、自分で考えた夢のような未来を神様にお願いしたことだ。
その世界は彼を慈しむように発展していって、彼が考えた無茶な夢も次々と叶っていった。それと同時に元々その世界にあった自然は、彼が夢見た街に潰されていって、うまく循環して浄化する機能を失いそうになっていた。
技術が発達した特別な国になったが、自然の声がきこえる人はとても少なくなっていて、循環がぐちゃぐちゃになるまで気づかなかった。
一度技術が発達してしまうと、欲望のままに発展し続けて、彼が望んだ物は何でも手に入った。星は悲鳴を上げ続けたが、本能を失くしていった人々にはきこえない。
人が住めなくなるほどの汚染と災害があり、多くの街から人が消えて、次々と街がさびれて崩れていく。どこかの隙間から誰かの助けて!という声がきこえる。
人々を指導する立場にあった彼は、あらゆる隙間を探しては人々を救出していたが、大きな災害の中の救出活動中の事故で亡くなってしまう。
「この世界をお願いします、助けて」
最後の言葉が神様に届いて、その後転生してわたしになった。汚染された世界はどうなったのだろう?
「大規模な浄化ができればいいだけ、みたいだけど」
「もしかしたら、それを求めてケントさんに転生したのかもしれませんよ、星一つ助かるんですから」
「そんな所へ行けないし、今どうなっているのかもわからないのに、できるわけないよ」
「それはまた、本人からきくと悲しい話ですね」
「本人なのかな?夢といわれたほうが納得できるよ、でもこれはまだ起こっていない未来のことだよね」
「そうでしょう、予言ですから。前世が未来なんてややこしいですね」
「そうしたら、今はまだその未来にいきつかないような、選択肢が残されているんじゃないかな?」
「無理だとは思いませんか?」
まあ無理でしょうね、でも予言っていくつかある未来の一つでしかないんでしょう?
もう一度予言をみて、手を取り合っていた。夕闇の中、宿舎の居間で女の子と二人きりで。
客観的にみておかしいから宿舎に来たんだし、親しくなったがエマにやましい気持ちはない。それをたまたまやって来たエリーとローザにみられて、動揺したが仕方ない。
毎日のように一緒にいたら、兄弟に会うこともあるさ、と軽く考えていた。
「心配することなんてない、予言してもらっただけでしょう」
とエマに言っておいたが、しばらく会わないようにしましょう、と伝言をもらった。
そんな事くらいで予言をやめるのか、とがっかりしたが、エマがあの後エリーとローザにいろいろ言われたせいで、ひどい目にあっていたことがわかった。
予言の内容にばかりこだわっていて、いろんなことに考えが及ばずに迷惑をかけてしまって、申し訳ないことをしてしまった。
魔術科では、生徒会長と毎日一緒にいただけでいじめられるらしい。女性のエマのほうが悪いうわさの被害が大きい。
異世界の星を救う話から、急に性別という人間らしい話になって頭がついていかない。
関係ない人はどうでもいいだろう、構わないでくれ、今それどころじゃないんだ、と思ってもエマには関係ない自分のことだ。
しかもかなり行き詰まった話なのに、エマは同情して付き合ってくれていたのだ。
謝罪して仲直りしたい。
最近エマに避けられているから、魔術科の廊下に居座ってずっと待っている。薬学科の授業をさぼって来ているが、エマはまだ授業中だ。
薬学科の人は通らないから、怒られないと思うんだけど。




