ケントの中の誰か
そもそもケントは人なのか、何なのか?この世界では何とよぶものなのだろうか。
なんていわれたら自信がない、なんだろう?
わたしの予知の能力はエマほどなくて、自分がどうなっていくのか、はっきりとはわからない。
それなのに三才くらいの頃からケントの将来が困難なものになる、となぜか知っている、なぜ知っているのだろう?
わたしはこうなるだろうと予測すると、よくわからないのに必然的にそうなってしまうことがある。
誰かにいわれたわけではないのに、自然と知っていることもある。
魔力量が誰よりも多くて、その魔力制御ができるのは、誰に教えられたことでもないのに、当然のように自分でわかっていた。
あれ、なんだろう、なぜわたしは本能的に普通をめざした?
両親の教えではない、能力を隠して生きないと危ない!と叫んだわたしは誰だ?
何がそうさせているのだろう?
「おやすみ」
といつものように寝る前に、ショーンに声をかけてから灯りを消す。
暗闇の部屋に横たわると、自分の体が別の物のように感じられて、意識だけで飛びまわることができる気持ちになる。
魔力も使って、このあいまいな記憶の中に意識を潜らせてみる。記憶を追いかけて、脳の中、血液の中、神経の中、体中を巡りながら、何かをつかみかけては逃げられる。
わたしの魂が定着しづらい、と前にエリーが言っていたのは嘘ではないようだ、魂はするりと逃げて行く。
夜の闇にわたしの魔力が走り、魂が揺れて、別の何かを見せようとしたのか、すとんと落ちて自分から抜けてしまった。
そこがどこかはわからない、何重にもだぶって見える。
前世があるならそういったことなのか、とも思うが時間軸の前後がわからないし、その空間がどこにあるのかもわからない。
五つくらいの重なった、少しずつ進み方の違う並行する世界の間にいる。
斜め上にもその後ろにも少し傾いた別の景色が流れている。
彼は軽々とそこを渡って、こちらへやって来た。
王のような権力者ではないし、財産があってできるものでもない。前の世界の価値で動くものではないのだ。
根本的な大きな力を個人が持っていて、それで何かを動かした。カリスマ性のある人が、人を操る力のもっとずっと大きなもの、神が持つような力だ。
人々を導く力を与えられて、それなのに彼はまちがえてしまって、その役割から逃げている、どこへ?
わたしだ!ここへ逃げて来た。
彼は目立つ容姿の人間で、目立つ能力を発揮していた。そして失敗してそこにいられなくなったのだ。
うまく定着できない種類の人、魂って誰の?ケントって何だ?
(神ではない、予言者であり、世界を動かす者だった。それを放棄して魔力のある世界へ移動して、大量の魔力を得たが、不安なままだ)
彼はここを追われたら、またその力を隠して居場所を求めるのだろうか?
(だからケントを守ってくれ)
「誰なんだ!」
自分の声で目が覚めた。
嫌な夢を見たはずなのに、世界がすっきりしている。よくわからない絡まったものが、きれいに整えられたようだ。
物事の進む先を見通しやすい、視力を与えられたようだ。怖い感じではなくて、必然と必然が正しく進む道をよく見通せる感じがするだけだ。
気のせいかもしれないけど。
彼が言った、ケントを守ってくれ、という声が耳に残って落ち着かない。そりゃ、守るよ、自分だし。
エマに会いたい。
こんな夢を見てしまった自分を、優しくなぐさめてくれるのはエマの予言しかない。
依存して予言に頼るのはよくないってわかっているけど、今すぐにでもよくわかっている誰かに、何か少しでもいいから言ってほしい。
翌朝、早めに家を出て魔術科へ転移した。
まだ人が少ない廊下でエマを待っていると、のんびり歩いてくるから、急いで腕をつかんで王城の宿舎へ転移した。
「ごめん、どうしても今すぐに予言をお願いしたい」
びっくりしているが、わかってくれたようだ。
「具体的にどんな予言がいいのか説明してもらえますか」
「ああ、いきなりごめんね」
「そうですね、いきなりすぎてびっくりしてますよ」
「お願いしたいのは、自分の将来に関わってくる、前世について」
「予言ですけど前世?ですか、わかりました」
前回と同じように、手をとって暗闇の中に入ると、光の方へ向かって行く。
その未来の街の中で、わたしを待っていたのは彼だった。彼はわたしがここへ来ることを知っていたのだ。
「待っていたよ、あまり時間がないんだ、説明するからきいてくれ」
懇願するような必死な顔をするから、うなずいた。
「ここをみていて」
そこには動く写真のような小さな機械があって、今まで彼がどんなことをしていたのかをみせてくれた。
平和な繁栄した未来、彼がこうあってほしいと願った、どこかの世界の美しい国の歴史が流れている、そしてさらに進むと汚染されて全ての街が崩壊していく。
「あなたは誰?」
「知ってしまったら、君はケントのままではいられない、それでもききたいかい?私の名に縛られて、役割を背負うことになる」
「いや、やっぱり知りたくないです」
「それじゃここまでだ、知らない方がいいよ」
彼は少し淋しそうにそう言うと、うつむいたまま行ってしまった。神ではなくて人間らしい表情だが、圧倒されるような美しさと威厳を備えた姿をしていた。
そこで予言は終わった。
気がつくとエマが目の前にいて、驚いた顔をしているから、現実に戻った。
ぽかんとした表情がなんだかかわいい。




