宰相様の家
宰相様の執務室のドアを開けると、御本人が立っていた。
「やあ、待っていたよ。私の部屋へおいで。仕事場では少し話しづらいんだ」
と微笑まれた。
宰相様個人のお部屋は中央塔の隣、居住区の最上階にあった。ここは立ち入り禁止区域で、一般人の入れる所ではない。
位置は宮殿のある丘の下で、宮殿に並ぶ程の高い塔になっている。
「個人的な私のお客として歓迎するよ、どうぞ」
「失礼します」
わたしとサシャは塔の最上階の広い部屋に通された。はるか遠くまで海が一望に見渡せる、すばらしい眺め。
明るい室内。宰相様の趣味とは思えないかわいらしい内装と家具で、暖かい感じの緑あふれるお部屋。わたしもサシャも思わず笑顔になる。
「すてきなお部屋ですね」
「ありがとう。私には似合わないだろう。妻が着替えなんかの私物を持ってくるための部屋になってしまっていてね。私はあまり使っていないからこんなことになっているのだよ」
苦笑されてはいるが、お幸せそうだ。
可愛らしい木製のテーブルセットに座るようにいわれて腰をおろすと、顔つきが変わる。
認識阻害が解除されて、はっきりとした宰相様のお顔を見る。
第一印象はまずお若い。老成したイメージだったが、30代前半という感じ。
ジーク様の方がやさぐれた感じのせいか年上に見える。
すっきりとしたいかにも優秀な顔立ちで、髪と目の色は黒、その目は笑っていない。鋭くこちらを見つめていて、威圧される。思わず見つめ返してしまう。
「そうかたくならないで。私たちがこわい顔をしていてはサシャがかわいそうだ」
サシャはなぜか知っている家のようにお茶を淹れている。
「サシャは知り合いなんだ。ジークへの報告のためここに居てもらっている。気にせず思ったままを答えてほしい。
本来ならジークの役目なんだと思う。けどね、少し自信を失くしているようだし、白の塔だけの問題ではないから私が相手をさせてもらうよ」
「はい」
「君の魔力量はおそろしく多くなっている。この三カ月でずいぶん量が増えてしまっていて、減らして安定させようと魔石をつくるくらいでは追いつかない。
まだ若いし、おそらくもう少し増え続けるだろう。すでに私やジークよりも多いのにね」
にっこり笑うが内容はおそろしい。他人の事のようだ。
「本来の能力でいうなら君がこの国の宰相だよ。一週間くらい前から、いつ君に交代してもよかったんだ。
ただね、使い始めて三カ月の技術だから、魔力量だけで宰相をさせるわけにはいかない。ジークが反対したし、誰もがまだ早いと思っていた」
そんな事が可能なのだろうか?やれるわけがない。
「私が補佐を申し出たとしたら、今すぐに交代できるよ」
そんな…顔がこわばって血の気が引いていく。
「まあ、そんなことはしないよ。私もまだやりたい事があるし。
まずききたいことは、君が宰相を今すぐやりたいかどうか」
「やりたくありません」
「だろうね。でも言っておくけれど、君は君以上の魔力量の者がいないかぎり、十年後には確実にこの仕事をやらされているよ」
一瞬、頭の中がまっ白になった。
同時に、もう逃げられないしそうであろうと納得する部分と、いや待てどこかにまだ逃げ道があるはずだ、と考えだす二人の自分がいた。
「それではこれからどうする?いつまでもジークのところの研修生扱いはできないよ。
期間は短かったが、どこかへ配属しなければならない。そうだねぇ、希望はあるの?」
「特にありません」
「ならばこちらの都合をいうとね、城内にいてもらっては困るんだ。
どこに行っても目立ちすぎるし、君が誰かわかっていて部下にしたい者はいないはずだよ。
たとえ私でもね、君の上で宰相をするのは嫌だな。君の補佐もできないよ。
君が来たら私とパーシルは辞めさせてもらいたい。前任者がいつまでもいるものではないんだ。
するとね、選択肢は限られてくる。
国外へ外交補佐で別人として行って来ること。もしくは騎士団に入り全くの新人として国境へ行くこと。
国の仕事からは離れられない。N国が君を手放すことはないから安心して」
国から離れることができない。ならばより遠くへ行った方が逃げ道につながるかもしれない。
国外で何かあったら手の打ちようはないはずだ。
「それでは国外へ行かせてください」
「やはりね。逃げられはしないんだよ。
大国に君の顔を知られるのはまずいから力のない小国へ行ってもらうけれど、君はもう宰相候補だからね、表立ったこともできなければ危険なことをしてもらっても困る。
外交員の補佐という力のない役になる。
どうせ宰相になっても直接手は出せないんだ。報告を受けて最善策を伝えて見守る、それが将来の仕事になるよ」
「はい」
「くれぐれも自分勝手に動いてはいけないよ。多くの者に迷惑がかかるか、もしくは戦争になってしまうからね」
「はい」
「わかっている?君が捕らえられた場合、私は君のために戦争をしてしまうかもしれないということだよ」
わかってはいなかった。そこまでするのか。逃げられないと同時に注意深く生活しなければならないということか。
「まあ、そんなことにはならないようにするから」
微笑んでお茶を飲む宰相様は、軽い世間話のような口調でわたしの仕事を決めてしまった。
もう戻れない。
サシャがこれをジーク様に報告すると、わたしはもう白の塔から出て行かなければならない。
本当に沖へ流されてしまった。足元がふわふわして自分が誰なのかわからなくなる。




