威圧制御
寮に着くとまだ食堂で夕食中の人たちがいた。
百人は収容できる大きな寮で、少し狭いがすべて個室になっていて、明るく大きな食堂もある。
会ったことのない残業組が20人くらい、ほっとした顔でくつろいでいる。
ここは城内勤務の独身者が多く、男子寮で、隣が女子寮になる。
魔術師は多くない。黒の塔の魔術師は一人もいない。
定食をもらうとカウンター近くの席に座って食べる。食堂は家庭料理で、美味いと評判だ。
今日はびっくりしてばかりいて、疲れた。
ジーク様に言われたことを、よく考えてみる。
威圧さえ制御していたら彼女は倒れなかった。なぜ今まで気付かなかったのだろう。
ずっと威圧し続けていたから、いつもわたしのまわりには誰も近づいてこなかったのだな。
わたしには必要ないと思っていたが、威圧制御をかけてみる。
まわりを見渡してみると、皆疲れたような、ほっとしたような顔をしたまま夕食を食べている。
わたしはどれだけの人に自分の魔力量を示していたのだろう?そんな人間はこわいし、化け物だ。
それなのに三カ月も、見て見ぬふりをしてくれていたのだ。うーん、自分にあきれる。はずかしすぎだ。
「ごちそうさまでした」
食器を返してすぐに部屋へ向かう。誰も何も言わない。百人もいるのに、見て見ぬふりをしてくれている。
ありがとう、誰か。誰かって誰だ?あっ、サシャとジーク様だ。そして司書の彼女も。
いろいろ迷ったり考えたりしてみたが、威圧制御をしてサシャ、ジーク様、司書の彼女に謝ろう。そう決めた。他にどうしようもない。
それでも化け物なら甘んじて受けるし、謝って済むのなら謝る。
宰相様のようにはなれない。なら今までどおりジーク様からいろんなことを教えてもらうしかないのだ。
わたしはまだ何もわかっちゃいない、ってことがよくわかった。
ここは波の音がする。まだ遠くへ流されてはいない。
朝、白の塔へ出勤するのに威圧制御と顔の認識阻害をかけて出かけた。なんだかはずかしかったのだ。
それなのに誰もがふり返って二度見する。あやしすぎたのだろう。威圧制御だけに戻した。
それでも二度見する人がいる。ねぇ、そんなにですか?わたしってそんなに変ですかね。
宰相様の執務室でいつも会う人がいたので、にっこり笑ってあいさつをしてみる。
「おはようございます」
「え?あ、おはようございます?」
逃げないでー。なんだかとってもへこみます。
はぁ、白の塔は身内だけなのでさすがに逃げないだろう。威圧制御のかけ直しをして入る。
自分の机まで歩いてカバンを置く。するとフロア中の人が一斉に自分を見つめた。えっ?
「おーい、ユンタ!」
ジーク様が呼んでいる。謝らなければ。
「ユンタ何やってるんだ!制御しすぎだ。100がいきなり0になったら誰もが驚くだろう?少しずつ下げるもんだ。」
ああそうなのか。
「半分くらい戻しておけ。今日はそれで十分だ」
「わかりました。すみませんでした!」
大声で叫んでみた。フロア中の人に謝りたい。
わたしがあまりにもへこんでいるので、ジーク様は魔術史を少しだけ説明した。
「術式の練習はもういい、でも確実に100扱えるように」
と付け加えた。
今日もジーク様に悲しいような目で見られている。謝ろうとすると、もういいからと言われた。
「俺がお前の扱いをまちがえていたんだ」
と逆に謝りそうになったので、よくわからないが
「そんなことはないですよ」
と言っておいた。
ジーク様の指導で確実に魔力量が上がったし、使い勝手もよくなっているから、とても感謝しているのだ。
早めにサシャと二人で宰相様のところへ向かう。
「サシャ、今までごめんね。威圧がかかっていただろう」
「…私はもう平気です…それも含めてユンタさんですから」
そうか、さすがに一番身近にいたから慣れたのかな。
「いつまでも慣れずに申し訳ないですが」
えー、慣れてないのか。
「ほんと、ごめんね」
「…いいえ、お気になさらず…。」
サシャは口数が少なくなかなかうちとけてくれない、なんて思っていたがすべては自分のせいらしい。
サシャの中のわたしはどういう評価なのだろう…。きけない。
「あの、姉もお気になさらずまたいらしてください、と言っていました」
威圧制御50%のおかげか、長いセリフをサシャがつっかえずに言ったのでちょっと驚いた。
「サシャのお姉さん?」
「はい、昨日司書をしている姉がユンタさんの威圧で倒れたのですが、医務室へ運んでいただいたと」
「え、司書のお姉さんがサシャのお姉さんなの?」
「そうです」
そうか、やっぱりわたしの威圧の犠牲者だった。あー。なんだか罪悪感がある。
「迷惑かけたね。でも今日直接謝りに行こうと思っていたんだ」
「どうかお手柔らかに……」
「えっ、何?本当に謝るだけだよ。何もしないから大丈夫だよ」
サシャは疑わしそうな目でわたしを見ている。そりゃ、信用ないだろうけどさ。ひどくない?




