ケント
家ができて、引っ越ししてから数カ月たった、月がきれいに見える寒い冬の夜に、小さな男の子が産まれた。
何カ月も前からわたしたちのところへ来ることになっていた、かわいい子供はケントと名付けられた。
「私の国の男の子の名前にもあって、ユーリの国でも使えるでしょう、健康な人という意味なの」
とユキが考えた名前になった。
最強の魔法使いは、寒い冬の間中、熱を出したりミルクを吐いたりして体調が悪く、不機嫌で泣いてばかりいた。
「完熟した果物みたいにしっかり育ってから、出てくるのにちょうどいい大きさになって、もう産まれるしかないタイミングで産まれたはずなのに、ケントは体に不調があるように泣いてばかりいるわ」
「魔力のせいかな、泣くたびにしびれるような魔法が出たり出なかったりして、うまく発動してないみたいだ」
すると何かに気付いたようにイーリが、もしかしたらと話しはじめた。
「魔力制御に苦心しているのかもしれない、ありえないが、この子は自分の魔力がうっかり全力で出ないように気をつけている」
えー!赤ちゃんにそんなことができるの?
「いや、仮定の話だから、ありえないのはわかってるけど、最初から規格外だろう?」
ユキにそっくりな黒い髪と目のかわいらしい顔を三人で見つめると、まるでわかったの?というかのように目を見ひらいて、にっこり笑った。
「イーリ、そうみたいだわ」
「ケント、お父さんがついているから遠慮しなくていいんだよ、赤ちゃんは好きなようにしていていいから、早く大きくなってね」
親のいうことがわかったかのように、その日から遠慮のない魔法が、予告もなく飛び出してくるようになった。世界最強の魔法使いは、兵器のような攻撃魔法を室内で撃ってくるが、父親が赤ちゃんに遠慮してくれとはいえない。
「ばうーっ!」
父親の実力を試すかのような攻撃が室内に放たれ、それを打ち消してきたが、最近は隙を狙って当てにきている。もちろん当たったら大変だ、でもはずれると悔しそうに舌打ちする。
「赤ちゃんが舌打ちするわけないでしょう」
ユキがみている時だけは天使のように微笑むが、いなくなると恐ろしい攻撃魔法が炸裂する。ケント、わたしは攻撃対象じゃないよ、パパですよー。
春になる頃にはケントの体が大きくなって、体調も安定してきた。魔力制御ができるようになるまでは、丸い結界に入れて攻撃からわたしたちを守っていたが、その心配もいらなくなってきた。
まだ言葉がわからないのに、魔力制御ができるようになっていたのだ。
暖かい日には桜の花が咲く小みちを通って、ユキに抱かれて花畑に出て、しばらく遊んでいられるくらい元気になった。妖精たちが舞い上がり、美しい夢をみているようだ。
だから夢かもしれない。
昼間うとうとしていると、わたしとユキとケントは妖精たちに囲まれたまま、すとんと別の空間へ入り込んだ。
「ケントを妖精王にくれないか?」
精霊のような誰かがはっきりきこえる声で話しかけてきた。
「ケントは人だからあげられない」
わたしは自分の声ではなく、無意識の部分で答えている。
「そうか」
誰かは納得してくれたらしい。
意識が戻ると、わたしは花畑の前に立っていた。そこから動いていないようだ、あの世界はここにあるのだなとぼんやり思った。
それからは妖精王に連れ去られることもなく、ケントは順調に成長している。あまりにもおとなしい子供で手がかからないから、頑固で人のいうことをきかない子だと時々思い知ることになるが、よいお兄ちゃんだ。
今ではケントの後に男女の双子が産まれて、さらに女の子とその次に男の子が産まれたので大家族になっている。
わたしたちは、ケントより一歳下のやんちゃな双子を育てるのに苦労して、魔力量はケントの半分しかない双子の赤ちゃんを持て余したまま、数年後にはさらに女の子と男の子を迎えたから、すべての子供たちと格闘していた事以外の、最強の魔法使いの特別な記憶があまりない。
家庭内では影の薄い、最強の魔法使いはいう。
「家はどうなっているのか、子供が野菜みたいにできてくるね」
ケントくん、ごめんね、まだ増えるかもしれないけど、魔力量は君が一番だよ、安心して。
そんなケントが大人になって、白の塔に来てくれるのを楽しみに待っている。
ユーリの話はここまでです、ありがとうございました。




