大国②の冒険者
ユキが危険なので、倒した魔物は処理に手慣れた軍人に任せて、冒険者ギルドに帰ってきた。その間わたしはずっとユキが入った結界を浮かせながら歩いたので、軍人や街中の人たちにも注目されていた。
「魔術だ、あれはきっとN国の魔術師だ、浮かんで歩いているぞ!」
と誰かが声を上げたせいで、大勢の人たちが取り囲む中、やっとベルリハルト領の冒険者ギルドに到着した。
受け付けで魔物を落とした報告が終わるといきなり、濃い茶色の髪を三つ編みにした、女性冒険者のナタリーさんが頭を下げてお礼を言ってきた。
「助かった、ありがとう。N国の魔術師とはこれほど力があるものだとは知らずに失礼した、ぜひ弟子のように扱ってほしい。私は実力を過信して罰を受けたばかりの未熟者だが、Aランクの試験を受けられるくらいの力はあるのだ」
魔物にひっかかれたのか腕から少し血を流しているので、傷口をふさいであげた。彼女の険しい顔に似合わない茶色の丸い目が、とび出るくらい見ひらかれて必死になっているが、大国②の冒険者の弟子はいらない。
「よかったら、国境の魔物退治に参加してみない?ベルリハルト領の報酬は高額で有名なのよ、王都に戻っても大きな仕事はこっちですることになるの」
受け付けの、訓練された冒険者のようなお姉さんに誘われたが、N国のギルドほどだめな組織ではないし、しっかり機能しているからもう帰っていいと思う。
それでも魔王の代理の立場からみると、魔王がいやいや言っているうちに、隣国に大きな迷惑がかかってしまった。いくらベルリハルト辺境伯でも、あれだけの軍隊をそろえるのは大変だっただろう。
「せっかくなので、お役に立てることがあれば少し手伝います」
と答えてしまった。
ここが絶対王政の大国①なら、勝手に退治してください、国内問題で力が削がれるならありがたい、他国にしばらく目がいかなくなれば周辺国が平和でいい、と思う。
しかし大国②は諸侯の集まりで、絶対的な権力があるのは王家ではなく、ベルリハルト辺境伯だ。王家も諸侯の一つと考えて、平等に議会で国が運営されているので、大国②の周辺の小国がみな編入されていって、大国①と同等の現在の国になった。
どんな人か会ったことはないが、ベルリハルト辺境伯以外の頭の悪い誰か(それを現国王という人もいる)では、国がまとまらないとまでいわれている。
少し依頼を受けたら帰ろう、と思っているとユキが依頼を見つけた。
「ユーリ、めずらしい薬草の採集ができるみたいよ」
大国②の現状とは全く関係なく、仕事の依頼書を見ていたユキがいうので、薬草をとりに行くことにした。ついでにナタリーさんも離れてはいけないかのように一緒にいる。
「師匠、薬草がある山には熊がいるんですよ、ついでに倒して来ましょう」
とわけのわからない依頼まで引き受けていたが、案内をしてくれるというのでナタリーさんについて行くことにした。
ベルリハルト領の外れにある小高い山までは馬車で二時間くらいかかるが、日帰りで行って来れる依頼らしい。灰色の大きな熊は、高値で取り引きされている。
「この林の奥の泉の近くに薬草が生えています。泉には熊も来るので、採集と熊退治はセットで依頼されていなくても、同時に引き受けることになります」
どっちが師匠なのか、ナタリー先生の授業を受けている。
体力のないユキは山の入り口から結界に入っているのでおとなしいが、林の中の植物が反応し始めた。急成長するわけじゃないから、まだ気づかれていない。
林の中の植物がやたらとキラキラ輝く細い道を歩いて一時間くらい登っていくと、その泉があり、熊がいた。
「さっさと摘んで」
草が反応して伸びだすから、ナタリーさんに気づかれていないかが心配だ。
熊は見つけてすぐに縛ったから、あとはユキだけだった。
「待って、この薬草を育てたいから少し持って帰りたいの」
ていねいにゆっくり掘りだしたので、縛った熊の相手をしているナタリーさんがまわりの植物を見る余裕ができないように、緩めたり締め上げたりして調節している。
「急いで、熊があれだから」
「わかってる、これで終わりよ」
よかった。
熊も無事に仕留められたので、ユキは結界に入れるが、熊はナタリーさんと二人で担いで山を下りた。そうしないとナタリーさんがまわりの景色をよく見てしまうから。
申し訳ない気持ちでいたが、待たせた馬車に熊を載せると、ナタリーさんが
「この熊は傷が少なくて高値で売れるよ、取り分は半々でどうかな」
とうれしそうにきいてきたので、承諾した。まわりの景色にしても、魔術にしても、もっといろいろ探られるかと心配していたが、おおらかな人でよかった。
「早くこの苗を植えたいわ」
とユキが言うので、ベルリハルト領の転移施設に立ち寄って島へ帰りユキをおいて、一人でまたギルドに戻って来た。
戻って来るんじゃなかった、熊の半分の報酬と大国②へのちょっとした同情のせいでこうなったかと思うと後悔しかない。
「魔術師が戻ってきたぞ!」
誰かの叫び声がして、大きな街の祭りでもあるのかというくらいの人が、ギルドのまわりに集まっていた。ナタリーさんはわたしの腕を上げて、熊の載った馬車が凱旋パレードをしているような状態になった。
「魔獣退治ができるぞ!」
「わー!」
集まった人たちが興奮して叫びだした。
ナタリーさんに腕をつかまれたままギルドに入ると
「待っていたわ、巨大な魔獣が出たのよ!」
とギルドのお姉さんにいわれた。それ、引き受けないとだめなのかな。
「わかりました、私と師匠がいれば大丈夫です」
なぜかナタリーさんがうれしそうに引き受けた。ナタリーさんはわたしの何がわかって大丈夫だというのだろう?面倒なことになった。
「まだ街までは来ないけど、負傷者が出ているし、まともに戦えるような魔獣じゃないの、魔術師がここに来てくれたことが奇跡みたいよ」
うれしそうにギルドのお姉さんが説明してくれる。一週間くらいかけて軍隊で徐々に取り囲み、弱らせたところを縛ってほしいそうだ。
「見たこともないくらい大きな魔獣だから、弱らせるまでは早くて一週間、長くても今年中にはなんとかできると思うの」
とすがるような目で見つめられた。
「街の人たちは、もう安心だって思っているのよ」
断りにくい。
「わかりました」
いやいや引き受けると、ナタリーさんが抱きついてきて、ギルドのお姉さんが拍手した。
その日はギルドから豪華な宿と食事が提供されて、厳ついギルドマスターたちに囲まれた宴会があり、威嚇されつつも和やかにすごした。
島に帰りたい。




