異世界転移
その日は朝から妖精の様子が騒がしかった。だから火山が噴火するくらいの、いやな感じがしていた。
湖の方に何かあるらしいので、歩いて来てみると、龍脈の流れが一番強い岸辺で黒髪の女の子が倒れていた。
こんな所へ落された者に心当たりがあるとすれば、彼女の姿からみても、異世界人だろう。そんな人の話をきいたことがあるし、この世界の人間にはない、不思議な力を感じる。
まだ着いたばかりで、意識がない。どうしようか、魔力があるからN国へ送った方が彼女のためにはいいのだろうか?
(イーリ、湖で女の子が倒れているんだけど、保護するか、N国へ転移させるか、どちらがいいと思う?)
(また、厄介なものを)
しばらく考えているうちに彼女の目が覚めたから、保護することにした。
「こんにちは、あなたは誰?大丈夫?」
声をかけても返事がない、意識が遠いのかなと思ったら、黒い瞳と目が合った。
「ここは…私は死んだの?あなたは神様…」
最近ね、よくまちがえられるんですよ、わかっていて言ったわけじゃないよね。
「私はユキ、あなたは神?」
「わたしはユーリ、魔術師で人ですよ」
「魔術!すごい、魔術が使えるのね、私にも使えるのかしら、ここはどこですか、わたしは何になったのですか?」
「まず、あなたはユキさんですね。ここはあなたのいた世界とは別の世界で、その中央の島の湖畔にいます」
そう説明すると、ユキさんはぽかんと口をあけた、神秘的な雰囲気から幼い表情になる。
「ねぇユーリさん、私は死んだと思ったけど、ユキのままでいいのね?そして死後の世界ではない…合ってる?」
「合ってます、わたしのことはユーリとよんでください」
「わかりました、私のことはユキとよんでください。私の国にはそういう物語があったけど、私が異世界に来るなんてどうしよう、もう元には戻れないってことですよね?」
「多分戻れません。あなたは亡くなったようなので、元の世界にあなたを戻すとなると、生きたままでとはいかないでしょう。元の世界に戻したことはありませんが」
「そう…ですね、私はもう亡くなったのですね」
元の世界に戻したなんて、きいたことがない。かわいそうだけど、あきらめてもらった方がいいだろう。
「私はどうしたらいいのでしょうか」
「異世界人であれば、わたしが保護します」
魔力の制御をしてなくても、普通に会話してくれることがうれしくて、城に戻るまで友達のように話をしながら歩いた。
ユキは、ここで何かしら目的を果たさなくてはいけない、と考えている。なぜそうなったのかわからないが、伝説の勇者となって、魔王を倒すらしい。
全く理解できない、そんな昔話や伝説があるかもしれないが、今の魔王はわたしの友人だと言うとびっくりしていた。こんなにかわいらしい女の子に、勇者なんてできるはずがないし、適性がないこともわかっていて言ってる。
変な考えがおかしくて、笑った。
「ユキは何がしたいのかな」
「ユーリに保護されるって、私は何をして働いたらそのお金を返せるの?何もできないかもしれないのに」
「異世界から来たばかりの人がいたら、普通は保護するだろう?」
不安そうなユキの顔から目をそらすと、緑色の妖精たちがぐるぐる廻りながら舞い踊っていた、何だこれ?
「あー、たまに出てくるのよ、びっくりした?」
ユキが変な事を言う。
「ありえないんだけど、私にはたまに見えるのよ、ユーリにも見えるの?」
そうですかー、この異世界人は妖精使いの能力者かもしれない。この人の中にあった変な力はこれなのか、と思ってユキの全身を眺めた。
あれ、景色が変だ。
「私の指は緑の指と人にいわれたことがあるの、なかなか咲かない花でも不思議と咲いてくれたり」
いやいやそれどころじゃない、ユキが歩いた後の草が光っている。特殊な能力者だ。
「植物が話してくれる時があるみたいで、なんかわかっちゃうのよ、こうしてほしいって伝わってくるの」
その光った草が伸びたから、成長させる魔力?なのか。
おかしいでしょう?とユキが笑いながら振り返ると、ざあっと緑色の風が舞って、黒い髪も奇妙な服も、すべて緑色に光った。まるで緑の精霊が現れたかのように、島中の植物も反応して輝き始めて、あまりの美しさに息をのんだ。
そのまま歩いて城に戻ると、イーリが待っていた。
「こんにちは、はじめまして、ユキです」
エルフにびっくりしながら、ユキが挨拶をすると
「はじめまして、イーリです、ユキは最初からこの島の住人として迎えられている」
と、めずらしく笑顔でイーリがユキを歓迎した。緑の妖精たちの様子から、何かを感じ取ったようだ。
三人で一階の隅にあるソファに座った。
「とりあえず、ここで生活することになるけれど…」
説明したいが、いろんな色の妖精がふわふわただよって来た。
「わー、かわいい」
ユキは話をきいていないが、イーリはめずらしく文句も言わずに微笑んでいる。
「部屋に案内をー」
それどころではなかった、あの伝説の鳥が、炎をまとって飛んで来た。
「こんにちはー」
いつの間にかやって来た、子猫と親猫があいさつすると
「いらっしゃい」
厳ついドワーフの親方がわざわざ降りて来た。みんなどういうわけか、ユキにあいさつしている。
「こんにちは、ユキです、よろしくお願いします」
びっくりしていたが、うれしそうにユキがあいさつすると、握手できる者は握手して、部屋へ帰って行った。何だこれ、わたしの時はなかったよね?




