神殿の巫女姫
(遅いわよ!早くいらっしゃい、逃さないから)
うっかりした、彼女とつながったのは必然なのだろうが、心の中でまずい感じがしている。
(私は神殿の巫女姫セレーシア、ユーリ、早く来なさい!あなたはここに来ることになっているのよ、逃げても無駄、早く!)
行く必要があるのはよくわかっているけど、全く行きたくない。普通、神殿の巫女によばれたからって、白の塔の魔術師が、はいそうですか、って行くと思う?
(イーリ、神殿の巫女が、早く来いって言うんだけど)
(行くの?また厄介なのとつながったね、内乱中だよ、ユーリが行ったらどうなるかわかって言ってる?それでいいなら行って早く終わらせればいい、ユーリ次第だ)
(じゃあ、なんだか恐そうな人だから早めに行ってみるよ)
とりあえず奥に向かって、早めに走ったが、少し遅れたらしい。よぶくらいなら、転移魔法陣を設置しておいてほしい。
「ユーリ!急いでって言ったでしょうー!!」
涙がでている。真っ赤になってわたしに叫び声をあげて、ふるふると怒りに震えているのは、見たこともないほど美しい小柄な女の人だった。
エルフのような銀色の髪とブルーの瞳を見て、呆然とした。彼女があんまりきれいで、何か叫んでいるところが可愛らしくて。
(内乱中だ、ユーリ)
イーリが言うまで、ぼーっとしていた。
「はじめまして、セレーシア様、N国人のユーリと申します。よばれましたでしょうか」
「ユーリ、遅い!二十分もずっと結界を張って待っていたのに!怖かった…怖かったのよ!」
結界を張って待っていたというので、神殿とそのまわりの結界を強化した。
うぐうぐと泣いているので、いいのかな?と思ったけれど、抱きしめて、背中にまわした手でとんとんと軽くたたいてみた。
なかなか泣きやまない、命の危険を感じたのだろう。
「もう大丈夫ですよ」
「うっ、うん」
自分でも、何がどう大丈夫なのかわかっていないが、そう言ってみた。 全く大丈夫ではない状況ではあるな、と思っている。
なぜか誰も来ない神殿の中で、美しい巫女姫である彼女と、N国の白の塔の魔術師であるわたしが、抱き合ったまま動けない。セルキアは内乱中なんだけど、何してるのかな、と思っていたので、ぼーっとした顔をしていた。
突然彼女は我に返ったのだろう、不信感いっぱいの目でわたしを見た。気まずい、手で背中をたたいているし、あまりの気まずさに、声をかけた。
「あの、ユーリです、よばれました、よね」
「よんだわよ!もう何カ月も前からよんでいたわ、あなたはN国人のはずなのに、どうやって探しても見つからないから!この内乱はあなたと私で終わらせるものなのに、どうして、こう、見つからないのよ!私は予知ができるから、あなたとこのタイミングで、内乱を終わらせることがわかっていたというのに!」
どうやらN国は、対外的にユーリという人を紹介していないらしい。まあ、黒の塔にわたしのことを問い合わせても、まともに取りあってもらえないだろうが。しかしそんなことは、目の前で怒っている彼女が可愛らしくて、どうでもよくなった。
「ちょっと、ユーリ、きいてるの?時は今よ、私とあなたで戦闘区域へ行って、内乱を止めるわよ」
腕をつかまれて、あっという間に戦場へ転移させられた。
神殿は、ゆるやかな裾野が広がるセルキア山という美しい山の中腹にある。セルキアの町は、港に面していて神殿の下にある。内乱は町ではなく、山に向かって戦場が広がっていて、美しい地形がでこぼこになっていた。
このどこかで龍脈が歪んでいるらしく、魔物が走り、魔素があふれて町中をどんよりと覆っている。
「私たち二人が乗る、透明で球体の結界を作って、浮かせてちょうだい。ユーリは今以上に発光して」
わたしの姿は光りすぎてぼんやりするだろうが、気にしない、むしろ好都合だ。二人で球体の結界に入る。光る球体は神殿のある山の中腹から、ゆっくりと下に向かう。
「私の声を、戦場すべてに届かせて」
とりあえず、音が大きく響けばいいのだろう。セレーシアの声を戦場に響かせる、響け!セレーシアは戦闘をやめて神の声を聞くように、と言っているが、なかなかすべてが止まるようではない。
「それから、私が予知したものを送るから、大きく結界の中に映してちょうだい」
となりにセレーシアが立っているが、私の姿と同じく、セレーシアの姿も光ってぼんやりしている。
光る球体が小さくて、遠くの兵士には全く見えていないようだから、この戦場全てを覆う黒いドーム型の結界を張った。一瞬であたりが暗くなり、セレーシアの、神の声を!という絶叫が響いた。
わたしに予知が送られてきたので、発光体であり、拡声器であり、映写機である道具のわたしが、黒いドームの中に再現する。
ド、ドドド、ドッカーン!!恐ろしい映像が映しだされた。大型のドーム内では、実際、今噴火しているかのようにセルキア山が爆発した。マグマが流れ出し、大きな石や岩が町に向かって落ち続け、小爆発が続いて、火山灰が降ってくる。
やっと戦闘をやめたようだ、どちらもセルキア人なら、これがどれほど危険な予知かわかったはずだ。
「この予知は神によって、神殿にもたらされたものです。ごく近いうちに必ず起こります。
さあ、愚かな争いはやめて、神の予言を受け入れなさい。町がなくなっては、なんのための内乱か、意味がないでしょう。早く家族と共に避難しなさい、神はまだ我々をお救いくださいます」
セレーシアはずっと叫び続け、わたしは何度も予知の映像を流した。黒いドーム内で光るわたしたちは目立っていて、神殿側よりも、多くの敵の兵士が祈っている、わたしに。もちろんセレーシアにも。
奇妙な気持ちになる。わたしは誰からも使い勝手がいい道具だと思われていて、今もその役割を果たしている最中だ。それなのにセルキア人は、神を見るような目でわたしに祈り続けている。魔術を神とするなら、これでいいのだろうが、居心地の悪さにうんざりしてきた。セレーシアは慣れているのだろう。
「もうやめましょう」
しばらくしてからそう言ってみると
「そうね、もういいようだわ」
と、案外あっさり認めてくれた。
黒いドーム型の結界を解除してみると、日の光がまぶしい。美しい山はよく見ると、細く煙を出していた。
球体の結界のまま、神殿へ向かうと、わたしの役目は終わった。
神殿の裏庭に着くと、そこは墓地で、多くの新しいお墓ができていた。
「ユーリ、ありがとう、今日はうまくいったわ、予定どおりよ」
「どういたしまして」
予定どおり、このタイミングで内乱を終わらせると言っていた。このお墓の中の人が亡くなるのも、内乱があったのも、すべてセレーシアにとっては予定どおりなのだろうか?
そう思っていると、セレーシアににらまれた。
「あなたは、この内乱を一人で、一人の死人も出さずに止めることができた、違うかしら?」
止めるだけならそうだが、なんとも言えない。
「私の大切な者たちが、次々に亡くなったわ。あなたがあと一月、十日、一週間早くここに来てくれたら、助かった人がいる。
あなたには、全く関係ないとわかっているの。このタイミングでしか止められないのなら、仕方ないと思う。でも、あなたはもっと早く来て、どのようにしてでも止められたのよ!」
「セルキア国では、話し合いができなかったのですか?あなたがこんなに止めたかったのなら、どうして国内で、納得できるお互いの話の落とし所を見つけてあげられなかったのですか?
力で無理やり圧倒して、おさえてしまっては、どうせまた内乱の種になります。わたしに止められるというのは、そういう止め方ですよ」
わたしがそう言うと、セレーシアは墓に向かって泣いた。
セレーシアが神殿側から、民にきちんと向き合っていれば、下の者が刃を向けるまで、放置しなければ、もっと早い段階の交渉で、話し合えば、わたしはこの力ではなく、N国の外交員として、今よりも役に立ったはずだ。
戦場に結界を張るなんて、愚策の結果じゃないか。そう思いながら、哀れな、美しいセレーシアを見つめた。
セレーシアはN国の外交員としてわたしが来ても、受け入れなかっただろうなと思っている。
「さようなら」
泣いているセレーシアに声をかけて、神殿の中に入り、N国へ帰る転移魔法陣を使わせてもらった。




