魔王
威圧されることもなく、女の子のような小柄な魔王が近づいてきた。あぶない!
「ユーリ!すごーい、ユーリは私のために来た人なの?」
かけよって来たけれど、結界にごんっ、とおでこをぶつけた。
「ユーリ、なにするの!痛いよ」
痛そう、泣きそうな顔だ。子供らしい赤い目に涙があふれる。
(結界が張ってあるのだよ、ユーリに攻撃しないでくれ)
いや、こちらが攻撃したように見えるけど。
とりあえず結界をはずした。この子供が、今わたしに何かしそうにはみえない。
「ユーリ、すごい力がある」
普通の女の子だ、細いが強い力で抱きしめてくる。ぐるぐるまわって跳びはねているうちに、金色の長い髪がローブのフードをはじいた。
(魔王よ、ユーリが困っている)
「ねぇ、私のものなの?ユーリは私の所に来てくれたの?」
(そうではない、落ち着け魔王、ユーリに登るな!離れなさい。客人に対してそれでいいのか?)
側近の男が取ってくれた。
(魔王に協力するもしないもユーリ次第だ、よく話し合って決めなさい。私は帰らなければならないから、後は任せたよ。
転移魔法陣をここに設置するから、用があるなら洞穴まで来て)
ドラゴンが言うので、転移魔法陣を描くため柱の隅に移動した。魔王と側近がとことこ、とついて来る。のぞきこんでいるけど、触っちゃだめだよ。
(ユーリ、一度きちんと事情をきいてやってくれ。その上で見捨てるなら仕方ないが、できれば協力してやってほしい)
ドラゴンが飛び去った。
「ユーリ、見捨てないで!」
魔王が足に絡んできて歩きづらい、ちょっと注意してよ。側近の若い男は、基本的に魔王の好きにさせているらしい。
「魔王様、わたしは逃げませんから、きちんと話をしましょう」
「それではこちらへどうぞ」
側近の男が隣の部屋へと案内しているが、足に絡んでいるんですけど。
「魔王様、わたしの手をお取りください」
やった!足から離れた。にっこりして手をつないだが、この子どうしよう、この子に話は通じるのだろうか。
豪華な応接室に通された。事務的な話をする所ではなく、国家の要人が来る所だろう。わたしにこの部屋は必要ないが、話をしなければ。座ってよ魔王、とりあえずこれだけは言っておこう。
「きちんとした話し合いを、座ってできないなら、わたしは家へ帰ります。呼び出しても二度と応じませんよ」
「うんうんうん」
魔王は何度も首を縦にふる、もういいよ。
「それで何か困っていることがあるのですね?言ってください、わたしに出来ることならお手伝いします」
「あのね、人の国の魔術師が魔物を国から出すなって言うの。でもいつの間にか出ちゃって、何度も何度も怒るから嫌なの」
本当に困っちゃうって顔をする。大国もこれに対応しているのだろうか。
「それだけですか?」
「あと、魔物が急に多くなって暴れるの。すごく多くて暴れるから怖い」
「他にはないですか」
「なんか椅子に座ってばっかりで疲れるの」
「たまには遊んでください」
「わかった、でも楽しくないの」
「楽しい事を探して、見つけてください」
「見つけたの、今日」
うわあ、それわたしのこと?
「他にはありませんね、それでは対応させてもらいますよ」
「ユーリ、遊んでくれるの?」
「違います、魔物の方です、いいですか?」
「うん」
わかっているのかな、とりあえず穴の国境近くに結界を張って強化する。
それから龍脈が乱れているようだから、この国の様子をサーチしてみる。平原のどこかに魔素だまりがあるはずだ。
平原の下を流れる地下水があり、湖に流れているが、大きな岩に塞がれている所がある。このせいで岩の手前が削られて、大きな空洞ができて水が溜まっている。
粉々に砕いたら平原に穴が空きそうだから、岩の真ん中だけをくり抜くようにして水路をつくる。
無事に水が流れたらいいだろうか、しばらく様子をみよう。魔素がたまった所を吸収する。
しばらく魔法を無詠唱で使ったから、ちょっと疲れた。かなり大きな魔素だまりだった。
ぼーっとしていたから、魔王がわたしの上に座っているのがわからなかった。
「魔王様、終わりました。魔物はしばらく暴れませんし、国からも出て行きません」
「ユーリは?」
「わたしはもう終わったので、家に帰ります」
「いや!」
これはこの国の作戦?ではないな。側近の男は無視か、助けてっ。
仕方ないので魔王を抱っこして、魔王の部屋に連れて行った。出て行こうとすると泣くので、しばらくそこに座って様子をみると、魔王もわたしを見ている。
何を見ているのだろう、能力値が見えるのだろうか。
「ユーリって力が光って見える。淡い茶色の精霊みたいできれい」
そんなふうに言われたことはない。
「ユーリって光っててきれいねー」
地下生活が長いから、目が悪いの?
「わたしが光ってきれいなんてことはありませんよ」
「ユーリ光ってるー」
疲れたから、ぼーっとして眠くなった。うっかり魔王様の部屋のソファで眠ってしまって、気づくと夕方になっていた。
帰りたいので、魔力量を制御してそっと部屋を出た。光っていたのは魔力量のせいだろう、普段は全く言われない。
謁見室に戻り転移魔法陣に乗ろうとすると、側近の男がいた。一言挨拶してから帰ろうとすると
「あの…私、この仕事向いてないですよね」
いきなりそこ?
「そんなこと…」
なくもないな、もうちょっとしっかりしてほしい。
「できれば代わってほしいんですけど、無理ですか」
いやですー。
「わたしは魔族ではないので」
「大差ないですよ、あなたが魔王ならいいのに」
よく言われます。
「また確認しに来ますから、今日は帰りますね、さよならー」
転移した。魔王の子守りは大変だろうね。




