セルキアの魔術師
大国③の大使館に来て雑用係になり、三日目になった。
大使館に出勤するが何をしていいのかよくわかってないので、同僚に当日の仕事を指示してもらっている。
今日はN国の商品展示会があるので忙しそうだ。
商品とカタログの確認をしてから、手伝いのため展示会場へ行った。
それとは別に大砂漠のサーチをしてみると、まだ浄化の効果は切れていなかった。大きな鳥の目になるように魔力を飛ばしてみると、王宮は落ち着いていて王国側から軍隊は出撃していない。
ぼーっとして、サンプル確認の手が止まったままだった。
「ユーリしっかりして、起きてるの?」
同僚のユリアが声をかけてきた。
「朝は弱いんだ」
毎日あきれられている。それで作業の邪魔にならないように、お菓子の買い出しを頼まれた。
おいしいと評判の店でお菓子を買い、ユリアのお使いを終わらせて店を出た。
政府軍の巡回とすれ違ってしばらくすると
バンッ、バンッ、バンッ!
何かがぶつかったような音がした。
振り返るとすぐ後ろで人が二人倒れていて、その前に魔術を使い終わったばかりの人がいた。
拘束!魔術師と思われる男の手足を縛ると、人が集まってきた。
「大丈夫ですか」
倒れた巡回の人に声をかけると、うめき声がする。
二人に向けて急いで治癒魔法をかけると、正面から軍人が走ってくる。
どうしようか、とりあえず立ち去ろう。
人だかりの輪に入り、後ろに下がってそっと離れる。
振り返らずに、小走りで大使館に帰った。
魔術師が巡回の軍人を攻撃魔法で傷つけた、という事実はN国に嫌疑がかかる可能性がある。
犯人は捕まるだろうが、N国人であると言われてしまうとまずい。
王国側は魔物が急に消えた時点でN国を疑っていたけれど、証拠がなかった。N国が大国③を攻撃したという、うわさだけでもまずいのだ。
犯人は誰なのだろうか?
王国側の可能性が高いとしても、今朝の王宮に動きはなかったし、先日撤退したばかりで、和平の書類にサインをして、国民の前に出たばかりの王が攻撃してくるだろうか?タイミングがおかしい。
他の誰かの場合、他国から来なければいないような魔術師を頼むだろうか?
攻撃魔法を使った場合、効果に大差がなくても普通に殴るより罪が重いのだ。
他国だったらどこだろう?
N国の黒の塔がわざわざN国の不利になることはしない。
魔術師がいる国だとしたら、セルキア国か?
セルキアは何がしたいのだろう。セルキアの神殿を見ると、慌ただしく人が出入りしている。
「ユーリ、何があったかわかるか?」
とりあえずユーシス様に事実の説明をした。
「そうか、攻撃魔法だと気づいたのはユーリだけだし、治癒したのだろう?何で攻撃されたか気づいただろうか」
どうだろう、すぐに気を失ったはずだ。
「でも、拘束して置いてきた魔術師がいます」
「まずいなそれ。ユーリの拘束はしばらく解けないだろうし、魔術師が素直に自分でやったと言うだろうか。
被害者だと言われて、N国人にやられたと証言したら?」
何もかもN国のせいになりそうですね。
「犯人がセルキア人だとして」
やっぱりそこですよね、セルキアは何をあせってこんな事をしたのだろうか。
「セルキアの魔術師にユーリの拘束が解けないとしたら、こちらに解除の依頼がくるかな?」
それを解いたら疑惑は深まるのか?N国ができないというのもおかしいし。
「セルキアの魔術師ねぇ、心当たりがあるな」
そもそもセルキアに魔術師はいない。N国以外で魔術師が生まれにくいため、N国から神殿に行った人の中で本部勤務になった人をセルキアの魔術師という。
「学院で同期だった貴族で魔術師の男が、セルキアへ行ったときいている。
プライドは高いが、魔力量は私よりなかったな。
私たち三人が白の塔に入ったときに、特に私が白の塔に入ったのが気に障ったらしいが… そのうらみでか?」
そんな事でうらむだろうか?
「ユーリ、アーサーに来られるのは嫌だから拘束を解いてくれないか」
「いいのですか」
仕方ないので拘束を解く。
「本当に面倒な男なんだよ、会わないためだったら何でもしたいくらいだ。
ジークは仲良かったというか、よくからかっていたな。
ジークや宰相には全く勝てないが、私にはいちいち絡んでくるんだ。できれば二度と会いたくないな」
セルキアの攻撃魔法での軍事協力と、ユーシス様へのうらみを晴らす機会を同時に得たわけだ。
アーサーさん、でもタイミングが悪い。もう終わってますよ?
「こんなに早く状況が変わるとは思っていなかっただろうね。
ユーリがいなかったらまだ内戦が続いていただろうし、ゆっくりやって来て、これから何か仕掛けようとしたってところか」
「それなら、とりあえずユーシス様に何かしてから帰ろうと思うのではないですか?」
「そう思う?やっぱり来るのかなぁ…嫌だな」
どちらかといえば、ユーシス様は他人に対して好き嫌いをいう人ではない。冷たいくらい無関心なことの方が多い。
知り合ってしまえば、極端な過保護なのだけれど。
そこまで嫌われるアーサーさんって、何をしたのだろうか?
セルキアの魔術師アーサーで情報を集めてみた。
N国王立学院魔術科卒、セルキアの魔王、百年に一人の逸材、その魔術は世界を操ることができるらしい。
似たようなことをどこかできいたことがあるよ、言われた本人はうれしくないけどね。
これで拘束が解けないのは、まずいんじゃないかな。
お昼過ぎに展示会場へ戻った。
「ユーリ、遅いわよ」
ユリアさんはお菓子が遅れてご立腹だ。
「ごめんね、今度別なのをおごるよ」
「そう?じゃそうして。ああ、この方ユーシス大使のご友人で面会希望なの。連絡をとってみてくれる?」
ユリアさん、その方たぶんまずいです。
神官服のずいぶん立派な衣装で、ユーシス様と同じくらいの年齢の神官様。
すぐに拘束して転がしたからわたしの顔は覚えていないか。巡回の軍人を襲った魔術師、アーサーさんですよね。
「いやいい、君が案内してくれ。直接行って驚かせてやろう」
何を言っているのかな?たしかに驚くよ。
「申し訳ないのですが、大使は今、急用で出掛けております」
「そうか仕方ないな、後で連絡してくれ。セルキアのアーサーと言えばわかるから」
やっぱり、捕まらなかったんですね。
アーサーさんは展示を見ずに帰った。何しに来たんだか。
急いでユーシス様のところへ戻って報告した。
「うわぁ、やっぱり来たね、会いたくないって言ってくれる?」
「わたしがですか」
「本物の魔王じゃないか」
それ、本気で言ってますか?
どう考えても、魔王なんて言われても、アーサーさんを追い返すことすらできない。彼はセルキアの神殿の代表で来ているのだから。
アーサーさんを大使館へご案内した。
「ユーシス、元気そうだね、私と一緒にセルキアへ来る気になったかな?
君は貴族だろう、こんな所の大使なんて辞めて、私と神殿のトップに立とうと言っているのだよ。断る理由などないね?」
「アーサー、人の話はきちんときこう、私は貴族ではない」
「そんなバカな言い訳は通用しない、血筋は変わらない。君は神殿で上に立てる資格があるんだ」
「N国から出る気はないよ」
「いつまでたっても君は!後悔しても知らないからな、この呪いで一生苦しみたまえ」
そう言うとアーサーさんは何かの術式を展開して、少ししてから発動した。
「うわあ…」
ユーシス様、何の呪いかわからないのに、その倒れ方で合ってますか?
「私に逆らうからだ、思い知れ!」
攻撃魔法はセルキアで合法なのか?とりあえず、帰ってくれた。
本当に面倒な人だ。
ユーシス様に闇魔法用の結界を張ったが、自分で浄化したようだ。
「これで国へ帰ってくれるといいね、呪いを掛けにわざわざ来るなんて、何を考えているんだか」
やる事すべてが無駄だったセルキアの魔術師アーサーさん、ユーシス様が嫌がる理由がわかった。




