闇魔法研究員ハル
一カ月が過ぎてハーメンランドへやって来た。アンリとわたしは魔石採掘の職人頭ペドロの紹介で来た、アルバイトのハンスに会った。
「去年はベースキャンプで、備品の注文と配布の取りまとめをしていました。N国の製品も覚えています」
「ここの倉庫で荷受けと出荷だけしてくれればいいよ。アンリが雑用をするから。日中は二人だけになるし、気を使わないでゆっくりやって」
「わかりました!」
元気のいい若者ハンスくん。アンリは気楽でいいと言っているから、後は二人に任せて研究室へ急ぐ。
今日からハルという研究者が来る。ドロシアの助手だが、あの発禁本だったえげつない魔法陣を考えた魔術師だ、おそろしい。わたしに術をかけたりしないだろうか。
「こんにちはユーリさん。私ハルと申します、よろしくお願いします」
小柄でにこやか。この人が闇魔法の研究者のハルなの?
「それではさっそく」
大きな箱の中から動物のぬいぐるみを三十体出して並べる。
「魔法陣をかくと発動していただけるのですよね。弱めにしてください」
ハルはカークより適当な感じで複雑なものを重ねていく。するとぬいぐるみがまずゆらりと立ち上がり動く。そして暴れる、縛られる。その後魔力を抜くと、元のぬいぐるみに戻った。
「基本は大丈夫ですね」
これが!どこまでやるのか。
「では応用していきますね」
これ、人としてしちゃいけない種類のこと?
ぬいぐるみに感情はないから、表情から読み取れることは少ない。それでも精神に関与している。
ハルはにこやかに進めていくが、どこまでが人に対して不可なのか、わかっているのだろうか。
「もちろんです、これは犯罪者向けですよ。私は特殊な魔法を扱いますから、まともな精神状態を保つよう心がけています。やりすぎてはいけませんが、これをやれる人間も必要なのです」
ハルはそれが拷問だとしても、自分に誇りを持ってやっている。闇魔法の扱いは難しい。発動するのは簡単だが、扱う側に悪い心が少しでもあればどんな事もできてしまう。戦争を起こさないためだとしても、誰かの心を壊してしまえる。
わたしはやろうと思えば、ここからどこの国の誰に向けても呪いを発動することができる。
「私の魔力量では無理です。それは本当にありがたいと思っています。でもユーリさんは違う。それこそなんの感情もないのなら、火の玉を出すように誰かを操るでしょう。それができるとわかってしまうのはおそろしいです」
そう言ってハルはにっこり笑う。そしてわたしにうさぎのぬいぐるみを一体くれた。
「これはN国の宰相の身代わりです。戦時あなたはこのうさぎに、N国宰相の地位だけを譲ってください。闇魔法でも誰かわからない人には発動しません。N国宰相に向けられた魔法をこのうさぎが受けるのですよ。
ユーシス様のように他国へ実名をさらすのは恐ろしい事ですから、改名をすすめてくださいね。必ず攻撃を受けます」
他国にそんな魔術師がいたなら当然、といった風にハルは説明する。それともわたしがユーシス様を攻撃しようとするなら。
決してそんな事はしない、と自分に自信があれば問題はない。
(私は君のことが少しおそろしい)
と宰相様が言っていた。
(ユーリは私の友人だから大丈夫だ)
とリゲル様が言った。
わたしはわたしのことをどこまで信じられるだろうか。
正式に宰相候補となったのは誰もが知らない事だが、ハルにはわかるものらしい。わたしは寮を出て、中央塔別館の特別な塔ではなく、その下の宿舎に住んでいる。立ち入りは禁止されていない区域だ。
国の要人が住む塔は立ち入り禁止で隣の区域になる。
外交員や各小部門の長クラスが住む一人用の部屋で、寮より待遇は良い。城内なので職場に近い。
早くここに住みたいと皆思うらしい。ホテルのように注文すれば何でも用意してくれる。食堂がいいところもあるけど、ここでは一人でゆっくりできる。
特別塔はメイドが配属になる。国の要人扱いとはそうなるらしい。
宿舎で夕食を用意してもらう。ハルの話は少しこたえて、わたしの中心が揺らされたままなかなか戻らない。明日は早朝からハーメンランドへ行かなければ。
(私はかなりうまくやっていると思っていた)
と宰相様は言う。どんなにうまくいっていても、何かしらは起こるのだろう。
ハーメンランドのハンスは働き者で、アンリとは兄弟のようだ。わたしは確認するだけで午前中が終わる。いろいろな事は予定通り順調だ。
午後は今日もハルの元へ向かう。
無詠唱で闇魔法を使えるようにしてくれるらしい。
「まずイメージしてください。嫌がらずしっかりイメージすることが大切です。自白させたい、記憶をなくしたい、縛りたい、悪夢の中に入れたいなど一般的なものでかまいません」
それが一般的って。
「後は自分の負担が大きいですけど、暗殺系のものや傷害系のもの。攻撃魔法ですから使用禁止ですが、あります。
さて、どれからいきますか」
やりませんよ。
「ではありきたりなところで、ぬいぐるみに仮の魂を入れて動かします。なんとなく動けでいいですよ」
なんとなく動け?魂がそんなことで入るのは嫌だなあ。なんとなく動いた。
「それではその魂を操ります。実際の生き物より抵抗なく動きますから、軽く手足を動かしてください」
手を、あっ動いた。足は、歩く、走り回る、動く!
「ではその手足を縛ってください」
拘束する。何かで手と足を束ねると、ころんと転がる。
「心はありませんが、精神に圧力をかけてみてください」
変化はないが、ちょっと小刻みに震えているのかな。なんとなくそうしているだけだから、術が発動しているかはわからない。
「これは少し難しいですけれど、毒素を発生させます。ぬいぐるみの中から魔素を濃くして毒素を入れたものを出してください。毒は何でもいいです。すぐ中和してくださいね」
ぬいぐるみのお腹に、魔石を作る時のように魔力を入れて圧縮しておく。少し痺れる力を加える。丸くためて、弾いて飛ばす。黒い煙だ。それを中和するって光魔法かな、浄化する。
「ああ、それでいいです。浄化の方がわかりやすいですね。中和は光魔法が使えない場合しか用がありませんからね。毒素も後で調べてみてください。眠くなるもの、麻痺するものなどいろいろありますよ。
では次に防御してください。わかりにくいですが、毒は防いだらいいです。闇魔法そのものを防御することはあまりありませんが、慣れているのといないのとではダメージが違います」
攻撃に対しての結界とは少し違うのだろう。
「光魔法で広範囲に浄化し続けるのは難しい。あ、一般的には効率が悪いんです。ユーリさんはそれでいいかもしれないけど、少ない力でできた方がいいですよ。
魔力そのものをはじく強い膜を、自分の体にぴったりと張ってください。広い所へぽんと結界を張るのではなくて、膜に魔力を通さない力を入れておくんです。毒もはじくようにしてあれば成功です」
成功しているのかいないのかよくわからない。
「次に、呪いを移したことがあるんですよね。それを自分でかけることもできるはずです。それでは呪いをかけてみてください。あまり威力があると攻撃魔法扱いされますし、恐怖の対象となってしまうので注意してください。
くしゃみするとかそれくらいのもので。発動して終わりの攻撃魔法ではなく操る感じです」
ぬいぐるみが一回くしゃみをした。呪いなのかこれ?
「これは危険な魔法ですから、精神を操る時は十分注意してください。人は簡単に壊れますから、なるべく使わない方がいい。どうですか、おそろしいでしょう?そう思ってください。
可能なことと思い通りにできることは違います。使えるからといって、使ってしまっては後悔する事が多いのです。
呪わなくても、会話する中で相手を攻撃することも説得することもできます。
話術の方が害はありませんし、巧みな話術の方が思い通りの効果を得やすいです。覚えておいてください。無理やり従わせていいものではない」
ハルは使わなければいけないが、使わない方がいいと言う。心を操ることなど難しくて、魔法では上手くいかない気がする。
ハルですら上手くいかないのだから、わたしが使わない方がいい。
「難しく考えないで、自分を信じなさい。良いと思う事だけをすればいいのよ」
ドロシアは簡単に言う。明日はドロシアに教えてもらう。




