王立学院魔法陣研究室
王立学院に入るのは未だに抵抗がある。わたしが来る所ではないはずだ。それでもいつもの魔法陣研究室は小ぢんまりした別棟で、こげ臭く汚れているのでおなじみになった。
ドロシアの助手カークが半日になったわたしの相手をしてくれることになった。ドロシアの威圧を下げて、さらに別方向にあやしくなったような男だ。ここにはまともな人がいない。
それでもカークはミスが少なくて、爆発しなくなった。半日なので下手な学生は使わないようだ。ドロシアが無差別にやらせていたものを、きちんと吟味してくれている。
それなりに正確できれいに発動してくれれば、やりがいもある。カークは繊細な魔法陣を要求するので、複雑なものでも美しい。装置の一部のわたしが見てもきれいに発動している。
「カーク、きれいに発動するね」
と言うと、少しうれしそうにして
「当然です、私がついているのですから」
と自慢する。意外にも彼はこんなにあやしいのに、治癒や浄化や回復などの光魔法が得意だ。
あまりに美しい魔法陣なので、お手本にかいてもらった。わたしも練習しなくては。正確で美しい方がきれいに発動するという当たり前なことが、急ぐとなかなかできないのだ。
「無詠唱でできませんか?必要なら個人的に教えましようか」
と言われたがなんだか怖いのでお断りした。
白の塔ではアンリが困っていた。
ジーク様に魔獣探索するように言われたのだ。ケインは不機嫌でナーシャは口をきかないが、なにがあったのだろう?かなり険悪な感じ。
「アンリ、しばらくここは使わないで他へ行こう」
アンリと小会議室へ引っ越した。
「どうしましょう?あのドラゴンにこれ以上手を出せませんよね」
「そうだね」
ジーク様は詳細を知りたいが、あまり刺激したくない。なにか探索でない、調査できるものがあるのかどうかがわからない。
「ちょっと考えておくよ。しばらく待ってもらって」
アンリはジーク様にまだ慣れていない。もちろん絶対言う事はきかなければならないが、無茶振りも多い。最善を尽くすくらいで丁度いい時もあるのだ。そう言っていいものか。
「アンリはシェフだったの?」
「そうですよ、ユーリさんも別の仕事をしていましたよね。ジーク様に連れてきてもらったんですよ。店で少し魔術を使って遊んでましたから」
「わたしも似たようなものだよ。ジーク様に連れてこられたんだ。間にケインとナーシャが入ったけど、アンリとは歳も近いし、一番似た感じだよね」
アンリとは一才違いだ。魔力量もケインたちよりあるらしい。
「魔力量に差があるし、ずいぶん先輩に見えますけどね。でも、ジーク様やユーシス様よりやりやすいですよ」
「あのトップの人たちとは違うからね」
「同じくらいに見えますよ?」
やめて!お願い。
平民の町での暮らしが普通で、まだ王城に慣れないことや、王族、貴族が苦手なこと。魔術が使えるせいで、家族や友人と心から打ちとけられなかったり、不和だったりすることなど、共通点は多い。
魔術が使えるくせに、技術不足で使いきれていない悩みも多い。
「ユーリさんと同じレベルとは思わないけど、やっぱり技術不足はなんとかしたいですね」
「同じだよ、魔法陣研究室へ行ってみる?」
「王立学院に一般人は入りづらいから、用もないのに行きたくない所ですよね」
そうなのだ。それでも、いきなり攻撃されたりはしないよ、多分。
魔獣探索のために来月までの間だけ、と言うとジーク様の許可はあっさり下りたので、しばらくアンリと魔法陣研究室に通うことになった。
カークはわたしたちをおもしろそうに受け入れてくれた。
「まず魔力量が多すぎると別の魔術になってしまいますからね、魔力量を測定します。どんなに多くても測れますから安心して」
それはもう、おもしろそうに笑う。何を期待しているのさ。
測定器によると、カークは120000わたしは1000000アンリは500000だった。笑いすぎだよカーク。
「こんな値見たことがなかったので失礼しました。ユーリさんのはそれ以上数字がでない上限の値なので、もう少し上だと思ってください。笑っちゃいけませんがユーリさん、何なんですかね」
なんだとー。
「失礼、ではお二人とも単純な魔術が大規模なものになる可能性があります。一般的な魔法陣は使用しない方がいい」
「え、魔法陣使わないと発動させられないよ」
「でも危険ですからやめてください。無詠唱を教えますから。
いいですか、手のひらに魔法陣があると思ってください。イメージがすべてなんです。アンリさんは大きな湖が、ユーリさんは無限の海が源です。
手のひらの魔法陣にそこから魔力を持ってきて発動します。
対象によって持って来る量のイメージを増減させましょう。
魔法陣は本にかいてあるような単純で正確な形は必要ありません。自分で使いたい魔術をしっかりイメージするだけなんです。わかりますか?」
「わかりません」
「困りましたね。えーと、ユーリさんは魔石を作る時には魔法陣を使わないでしょう?そんな魔法陣はありませんから」
ああ、なんとなくうなるってこと?
「手のひらに魔法陣なんて考えてないよ。なんとなーくそうしようと思うだけだから」
「それでいいです、そんな人あんまりいませんけどね。アンリさんも、じゃあ適当にやってもらえますか。火の玉をなんとなーく出してください」
アンリは手をかざして、手のひらから火の玉を出した。ちょっと大きい。
わたしは手のひらから出るなんて思えない。頭の中で念じる、火の玉よなんとなーくでろっ。
ぱ、ぱぱぱん、ぱすっ、10個出た。
カークは大笑いしたまま、うずくまった。どうしたらいいのさ。
「これはっ、どうしましょうかね」
笑いすぎだよ。
「あの、ユーリさんは基本10個なんですか?サービスしたのかな」
そんな訳ないだろう。
「一個だけ正確に十センチで火の玉をお願いします」
十センチの火の玉よ一個出ろ。
ぽっとまん丸の火の玉が出た。真っ赤できれいな色。
「あの、ユーリさん。そこまで硬くなくていいんです。それ、迷惑ですから自分で消してくださいね。アンリさんはそれでいいです。手のひらのイメージですね」
消しましたとも。消えろ、でいいんでしょう。
「わかりましたか?イメージで発動してどんな事もできます。そう思い込んでください。アンリさんはそれでいいです。あとは魔法の種類を本で見て覚えてください。かいてある事くらいは簡単にできますよ。他に自分でイメージしただけ種類が増えます。ユーリさんは…」
どうした、カーク!
「とにかく控えめにするといいです。やたらな事考えないでください、大きな事しようなんて思ったらダメです。小さめに出すんです。
もちろん何でもできます。でも人としてしてはいけない事ってあるじゃないですか、そういうのはやめてください」
君はわたしを何だと思っているんだ。
「本当に今一番危険ですね。毎日小さな練習してください。小さく、小さくですよ」
カークはわたしに毎日小さくと言い続けた。
魔法陣を発動させるにも、魔力を強くしすぎないように常に注意しているのだそうだ。
魔力が尽きたことないでしょ?なんて言う。ありますよ、去年ハーメンランドで散々でしたから。
それが一番いけなかったんですよ、と言う。
ひどい!あんなに大変だったのに、今さらいけないなんてっ!




