N国へ帰る
「今回はユーシスのせいで大変だっただけだよ。あいつ本当にひどいな、一番忙しい時だっただろう。来年はもっとうまくいくって。
お前は外へ出すと使い勝手がいいんだ、やらないだけでやろうと思えばなんでもできるだろう。こんなに安全安心な人間はいない。ここにいれば誰より面倒なのにな」
ジーク様ひどい、そんなふうに思われていたなんて。
泣くよ?本当はお茶会とか夜会とか…泣きそうだったよ。わたしの泣き言などないかのように、宰相様のところへ打ち合わせに行ってしまった。
ケインは黒の塔の事などまるで関係なかったかのように、ここにいる。今さら殿下ってわけでもないし、いつものケインだ。なぜ皆さんこんなにケインの扱いが軽いのだろう、気付いていない人もまだいるのかな。
午後になるとジーク様は戻って来ていきなり
「お前、宰相の若い頃と顔が似てきている」
とまた嫌な事を平気で言う。
似てはいない。顔もよく何をやらせても一番で優秀な学生が、そのまま宰相になった人と、顔も頭の中も平凡でどこにも取り柄がないくせに、魔力量だけあってしまうわたしだ。
「やめてくださいよ、似てるところなど全くありませんから」
「その冷たい言い方やら、感情を入れすぎない話し方、顔に表情が乗らない人形みたいなところとか。
細かい所を変えてばかりいるから、ユーリって人間は人に顔を覚えられにくいだろう。
ユンタって原形を知っているからお前の事はよくわかるけど、初対面の人間が二、三回会った後だと、どのお前だかわからなくなりそうだな」
そうなのか?気付かなかった。ファラディ妃が覚えていなかったのは、ユーシス様の代わりとして不満だったせいではないのだろうか。
確かにユーリという別人を演じている?のかな。ユンタという本来の平凡な自分ではないと思うけれど。
「着々と宰相になる準備をしているのかと思ったが、意識して表情を作ってるわけじゃなさそうだな。その方が自然である意味うまくやってるってことか?
魔力量も上がったみたいだし、宰相の方がお前の成長にあせっているぞ。めずらしいからおもしろいけど」
着々と、何だって?ものすごく嫌なんですけど。宰相様、代わりたくないのであせらずゆっくりやってくださいよ。
ジーク様、その嫌な笑い方やめてください。
「本当はびびってばかりで泣き虫だなんて、誰にも言わないから」
うわぁ、それユンタとして研修生だった時のわたしの評価ですか。当たってるけど!今も変わってないけどさ。
「ユーシスみたいに女顔でうじうじ悩んでいるよりいいだろう?あれはあれで目立っていろいろ大変だよな」
そのユーシス様のよい所をすべて悪いみたいにする言い方。
ジーク様のせいでユーシス様の性格がちょっとゆがんだ気がするよ。妙な劣等感持っちゃってるし。
あの素直で美しいおぼっちゃまを、口うるさい細かい性格のユーシス様にしてしまったのは多分あなたたちですよね、ジーク様たちってこわい。
そのユーシス様を訪ねて、小会議室に来た。
「今度から直接の上司はジークになるから、私と会う事はなくなるだろうね。短い間だったのに、今回は迷惑かけたし大変だったね。ありがとう、がんばってね」
お別れの挨拶をすると、ユーシス様はすっきりした顔で言った。
女顔でうじうじ悩んでいたなんて知りたくなかったけれど、結婚されてから何か吹っ切れたのか明るくなった。
ちょっと影のある線の細いイメージだったけれど、大らかな人になった気がする。新婚で幸せそうだからかな。
「いろいろありがとうございました」
ユーシス様と一緒に行ったネーデリアは、多分一生忘れられないでしょう。
しばらく会うこともないとなると、この品のある優しい兄のような人と別れるのは淋しい気がした。
そして品はない、うるさいいつもの上司ジーク様と、いつもの白の塔で作業を始めた。とりあえず魔石を作れということだ。在庫は不足気味で輸出は増え続けている。
魔力があるからといって魔石を作れるわけではない、これはこれで特殊なことらしい。
では魔力があって魔石が作れるから特別な人間か、というとそうではない。個人的にすばらしい能力ではあるが、N国にそのレベルの魔術師はけっこういるし、魔術師として利用できることはそう多くないはずだ。
軍事的に利用した場合の脅威はあるが、そんな事したらこの世界が壊れてしまう。攻撃魔法が禁止されているのは、他国のためではなく自国のためでもある。
宰相に必要なのはその脅威を使った交渉になる。優位に立ち、こちらの要求を相手に受け入れさせる。
それがわたしに可能か?無理だと思う。わたしには世界を自在に操る気などないし、世界征服も目ざさない。
魔石職人なので、それ以上のものはない。
魔力を石に入れてどんどん魔石にしていくので、作る数が増えたのは単純にうれしい。




