ヘルトン領
ユーシス様のことは無視して、ヘルトン領へ旅立った。
午前中に受け付けをしても、転移魔法陣に乗ったのは午後三時すぎになってしまった。おかげでかなりの装備ができたが、それでも寒かった。
魔道具売りなどしたくない、魔獣を求めて出かけるしかないほど寒かった。
領主館の転移魔法陣から大勢の人の流れに乗ってしまって、わくわくした。人々はベースキャンプにぞろぞろと集合し、命がけでチームを組んだ。国も年齢も関係なく、イベントは発生してしまったのだ。
「待ってろ魔獣!」
と叫んでいた。
キャンプに着くと、売りまくった魔石カメラと探知機を持たされた。
すみませんユーシス様、寒かったんです。でもあなたにだけは今、謝罪がいらないと思います。
ベースキャンプからチームごとにキャンプ用品が貸し出されて、そこら中にキャンプ村ができていた。
三名一チームで、三人用のさまざまなキャンプグッズがあり、食料も備品もすべてそろっていた。
ベースキャンプとそのまわりのキャンプ村は、そこら中にいくつもあった。
一体何人来ているのだろう、小さな町より人口がありそうだ。こんなに何もない所へ人々は嬉々として集まって来ている。
おそろしいほどの観光イベントだ。凍った大地にいくらのお金が落ちていくのだろう。
これは魔獣イベントで、やはり魔道具を売らなくては、と二日目に気がついた。
チームを抜けてベースキャンプへ戻った。
N国の者ですと告げると、あらゆるものが足りていないので、一旦王都へ戻って注文を受けるように言われた。
そこから三カ月の、地獄のような日々が始まった。あのままキャンプにいればよかった、と何度も思った。
ハーメンランドの魔獣対策本部は王城の外で、転移施設の隣の建物とさらに倉庫があり、巨大なものになっていた。
貸店舗一棟から始まった対策本部は日々成長し、王城の外の町一つをすべてを飲み込んでいった。
通常の商店街は町の外の仮設で営業し、そこに移りながらも対策本部からは家賃が支払われたので、ほとんどの店主は喜んで店を貸し出して、この祭りに乗っかった。
N国もハーメンランドでかつてない利益を上げ始めたため、貸店舗の一つを譲り受けて商売を始めた。
それを立ち上げてしまったのがわたしだ。絶対利益が出ると説得してしまった。説得などされるまでもなく喜んで宰相様から許可が出た。
「ユーリ、君に任せられるなら安心だ。売り上げから経費を引いて利益の報告をしてね、楽しみだなぁ」
「はい、がんばります」
なんて言わなきゃよかった、と何度も後悔した。
N国からは料理のできる男の子と、倉庫番の男の子二名が派遣された。
その倉庫番が問題児ケインだった。ユーシス様に代わって王城での夜会もこなせるはずだったが、夜会服の一着も持って来なかった。
夜会の呼び出しには一切応じないから、わたしが何度か行くはめになってしまった。いっそ別の人間の方がよかったと思うから、ケインとの仲は悪くなる一方だ。
シェフのアンリは雑用から書類整理までやれる実力派だから、ケインとの差がはっきりしてきている。ほんと、なんで来たのさケイン。倉庫での荷受けと、商品の出荷のみをきちんとしてくれた。
N国の店舗の一階は倉庫、二階は住居で、部屋を個室で使えたのはありがたい。
わたしは少しの力で魔石を作るようにと、出国の際言われていたはずである。
宰相様?しかしこうなってしまっては、全く問題ないと判断された。
N国人だけの空間で魔力切れなど日常的なものだし、とにかく注文が多くて対応に手一杯だ。
粗悪品でもいいから、大量に魔石が欲しい。わたしは原石に百個ずつだーっ、と魔力を入れて、日中と少し回復してから夜中も120%の出力を続けた。
毎日休みなく魔力を出力し続けるとどうなるかというと、日曜日に動けなくなることと、ケインが協力してくれることがわかった。
アンリに介護されているわたしを哀れに思ってか、お茶会と夜会の最低限のものに参加してくれている。忙しいので断りやすいが、どうしてもというのはあるのだ。
そしてさすが王子様は、堂々とたやすくこなしている。
ハーメンランドもN国の王子として対応してくれるので、わたしよりかなりいい扱いなのだ。
商売などしないし、隅に追いやられることもない。ユーシス様のようにやたらと囲まれたりもしないらしい。
本人にも伝わっているが、ほぼ第二王女様の婚約者なのだから。
ケインはファラディ妃にきっぱりお断りしたらしいが、それがなぜかよかったようで婚約はそのままになっている。
そのせいで、ケインはかなり不機嫌だ。
N国の事情とは別に、ケインには新たな問題ができた。
第二王女様がやって来るのだ。
極秘なのにはっきりわかる。
護衛騎士と侍女がぞろぞろと付いていて、みなケインに興味があるらしく、倉庫番の見学が後を断たない。
ケインでなくてもいい加減にしろ、と言いたくなる。それでもわたしに遠慮して、かなり我慢しているのがわかる。
アンリですら疲れてきている。ストレスでわたしもケインもかなりイライラしていて、険悪な顔をしている。
一カ月が過ぎるころ、わたしたちはもう魔石を見るのも嫌になっていた。
そんな時、ユーシス様が帰って来た。
「結婚してきたんだ、留守にして悪かったね」
とにっこり笑った。
なんだか憎い。ハーシィ様とですよね、手の早いことだ。もう結婚までしてしまうなんて、さすがジーク様のご友人。
わたしの不機嫌がはっきりわかったのだろう。
「手伝うよ」
と魔石に魔力を入れ始めた。
三人の中で一番出来が悪いのは私だ、とひがんでいたが、友人が宰相様とジーク様では仕方ない。
それでも大差ない魔力量があるのだから、午前中は暇になった。
午前中ケインと交替で休みを取り、日曜日のアンリの介護は必要なくなった。
ユーシス様は午後から王城の茶会や夜会へ出席するようになり、ケインの負担はさらに減った。
しかし王城へケインが行かないかわりに、第二王女様は毎日いらっしゃった。時には侍女と護衛が一人ずつなんていう身軽なときもある。
ケインに会いたいだけなのだが、もうケインは限界だった。
「こんな危険な事をいつまで続けるつもりだ!王女の護衛や侍女が止めずにいて、何かあったらどうするのだ。
自分の立場をわかっているのか?城できちんと守られていなさい!」
王女様御一行に怒鳴り散らしていた。
自分の事はまるっきり棚に上げて、であるが正論だ。ちょっと残念、それでいうなら君も国へ帰って城から出るな、と言いたいが。
王女様はそれ以来一度も来なくなった。ケインもそれ以来、一度も城へは行っていない。
「むこうが怒ってるんじゃないの?それならそれで好都合だし」
とケインは言うが不安でたまらない。
わたしたちが不敬罪にならないのだろうか、上司としてまずくはないのか?
ファラディ妃は怒ってないし、第二王女様もケインを嫌っているわけではないよ、とユーシス様は言っている。




