ハーメンランド行き
「ユーリ、新しい行き先はまた私と同じ所だ。そしてありがたいことに補佐ではない。一地区を担当してもらうよ」
「わかりました。でも一地区の仕事量は、ネーデリアの場合かなり少なくてヒマだったのですけれど」
「あーその心配はない、内戦もない。安定した国だよ」
髪型と髪の色を変えて、メガネもなんとかしろと言われた。
金髪で緑の目、髪型は短め。メガネは少し色のついたもので、寒い国へ行くので暖かい上着とブーツがいる。
わたしたちは北国へ行く。大国のさらに北にある広大な氷の国、ハーメンランド王国だ。
たしかに一地区でも広い。端から端まで馬車なら三日もかかるだろう、最北の領地ヘルトン領だ。内戦はない、そんなに人が住んでいないのだ。
とにかく寒いし、魔石は暖をとるために大量に必要だ。ただし魔石が凍った大地から採掘されるので、大量の魔力が不足していた。わたしがヒマにならない理由はこれなのだろう。
少しの魔力を使って魔力切れをおこすふりをするように、と命令された。
まちがえて全力を使うと、ハーメンランドに捕まって帰国が難しくなるようだ。こわい。
魔石でかなりの利益があるので、国民の生活は豊かで安定している。氷の中で飢えて死ぬようなことは、現在全くない。
資料で見る限り、寒さ以外は全く問題ない。ではなぜ外交員が二名も行くのかというと、魔獣が出るらしいのだ。
簡単な調査ができればよくて、捕獲はハーメンランドの担当になる。見てきて報告するだけでも、魔獣など普段は滅多に見られない地域であるため、貴重な資料となる。
事前の資料集めはネーデリア以上に必要だ。
特に魔獣はどういうものが生息していたのか、今残っているとしたら何か、いくつか挙げてその捕獲の対策を考えてみる。
何系魔法が効くのか、無効化されるのか。古い資料をかなり探さなくては、出てこないだろう。
二週間の準備期間が与えられた。
ハーメンランドは王国で、貴族文化を中心とした社会である。
あぁ、そこが一番嫌。いつも対立しているので、貴族文化に拒否反応がでてしまう。一般庶民出身だからどうしようもない。
そこは主にユーシス様の担当となる。わたしより実家は裕福で旧貴族だ。それでも他国ではN国の外交員なので、商人のように扱われる。
いつも他国の人たちと、直接交渉をしてもらっているのでありがたい。ユーシス様は人担当、わたしはそれ以外の担当ということだろう。
わたしの行くヘルトン領は、王家の直轄地なので貴族はいないし、そもそも寒すぎて人が住めないのだ。
採掘場と氷の平原と魔獣担当となる。王家くらいは調べる必要があるけれど。
図書館でハーメンランドについて調べていると、ナーシャが来た。
あれから毎日術式の練習をしているとのことで、教えたかいがあった。少し怖がられてはいるがいつものことだ、気にしない。
「ユーリ先生こんにちは。あの、お昼にジーク様に…抱きついているのって奥さんですよね?」
サシャ、何しに来てるの?
「多分そうだよ、他の人にジーク様がモテるなんて聞いたことがない」
「去年先生と一緒に研修生だった人ですよね?」
「そうだよ」
「私がもう一年早ければ…なんでジーク様は去年の研修生と結婚したんですか?今年じゃだめなんですか?私もジーク様にここに連れてきてもらったのに!」
おいおい、毎年研修生と付き合うロリコンなのか?あのおっさんは。
「ユーリ先生ががんばっていたらこんなことには…いえ」
わたしのせい?
「ユーリ先生は嫌ですけど、他にジーク様みたいな素敵な人っていないんですかね」
嫌ですか?はい。ユーシス様もいるけど、二人もロリコンなのは部下として嫌だなぁ。
「ケインがいるじゃない」
「は?あのお子様をどうしろと」
彼は一才年上ですよね?ケインは何をしているのだろう。
「もういいです。いいですかユーリ先生、もしかしたらということがあるじゃないですか、早い方がいいです、ジーク様に私のことをアピールしてください、お願いします。私、ユーリ先生って一生呼びますから」
それじゃ、と言って立ち去った。
はた迷惑な恋する乙女にお使いをたのまれてしまった。ユーシス様に結界張りたくなってきた。
もうすぐ子供が生まれる幸せいっぱいなジーク様のところへ、歩く災難とまで言われているらしいわたしが、何を言いに行ったらいいのか。
ナーシャにいろいろ言われた翌日は、なんだかうんざりして外に出て王宮の近くまで来てみた。
実際に王族の近くまで来てみて、少しは雰囲気を味わってみようかと思った。護衛騎士の誰かとすれちがったり、侍女の誰かの仕事を見たりはできる。
ハーメンランドはここよりもっと権力がある、王族らしい王族だろう。
ネーデリアの王には悪い印象しかない。
王族と関わると悪い呪いが発動したりしないだろうか?そんなことない、って言っていた属国の王リゲル様がああなってしまっては。
そこへケインが王宮からやって来た。あれ、ケイン?
「殿下、お待ちください」
「いやだよ、もう近づいて来るな!」
殿下いたよね。ケインっていう、第三王子が。
王宮のある丘から海岸へケインが走ると、その後ろを侍従と思われる老人が追いかける。立ち入り禁止区域の柵まで来ると、ケインはわたしに近づいて来た。
「ユーリ先生!助けて、追われているの」
「殿下!」
「俺は王族をやめるんだ!もう関係ないだろう?魔術師になるんだ。ジーク様にも認められてるんだぞ」
あれ、王族って希望退職できましたかね?
「そんなことできるわけがない、いいですか、黒の塔へ行くのが王族としての務めです。白の塔は平民が行くところですよ、ご自分の立場を考えていただきたい」
と言って侍従の老人がじろりとわたしをにらむ。おお、これが貴族の日常か。
「黒の塔は強くないだろう、白の塔が強いことくらい誰でも知っている。行かなきゃ強くなれないんだ、なんでわからないんだよ。
俺が弱い魔術師になってもいいのかよ」
いやいや、本人の努力と元々の才能だから。塔の色は関係ないよ、とケインに言っていいのやら。
「あんな信仰心のかけらもないような、野蛮なところへなどと、決して認められるものではありません。魔術を商売道具にしてしまって。
魔術とは神がもたらした神聖なものなのです。我が国に神のご加護があってこそのもので、王族が守るべきものなのです。
信仰と魔術を重んじるのが黒の塔で、ヨルグ司教様の教えを受けて魔術を扱うのが殿下の正しい道です」
いや、けっこう腐敗してますよ。やたらと献金を欲しがるから、国の予算が大変なことになっていますけれど。
「弱い者に教えなど受けないと言っている。ユーリ先生より強いなら考えてみなくもないが…」
「そうですか、わかりました。そのユーリとやらを倒せば戻って来られるのですね?」
「ユ、ユーリ先生は強いんだぞ、いいのか」
「わかりました、では話をしてまいります。試合の期日はこちらで決めますが、よろしいですね?
それではユーリさん、お待ちしておりますから」
侍従さん、わたしに何をさせるのですか?受けませんよ、それ。
「ユーリ先生ー、本当に強いの?強いって言ったよね」
「ええ、強いはずですけれどね…」
強いってことが問題あるとは思っていないのか。
早めに一人でハーメンランドへ行ってしまえばいいのか。
わたしは本当に歩く災難なのか。
「ところで殿下」
「今まで殿下なんて言わなかったのにどうしちゃったの?ケインでいいよ、もしかして知らなかった?」
「あー、まぁ。それでこの事はジーク様の許可をとっていただけますね?」
丸投げしてしまえ!




