内戦
わたしは余計なことをしただけだったのだ。見守りながら手を引くのが正解だった。
リゲル様がお茶と軽食を持ってきたので、サーシス様にもう一度起きてもらった。リゲル様たちはネール領内の話をされているので、わたしはユーシス様と連絡をとるために部屋を出た。
撤退しよう、この国から。
翌日、リゲル様はサーシス様の身内代表という人に島へ帰る話をした。
わたしはN国の軍艦が迎えに来る北の港へ行くことにした。
「ユーリ、いつでもまた島に来てくれ」
「わかりました、内戦が落ち着いたらまた会いましょう」
「私は友人として君が幸せであることを願っているよ」
「わたしもリゲル様の幸せを願っていますよ」
公邸でリゲル様と別れて北の港へ到着すると、ユーシス様が待っていた。
「この内戦はすぐに終わる。
王国側に降伏の意思がある人たちがいてね、もうすぐ主導権を握る。そうしたら交渉が始まってあっという間に終わるはずだ」
と疲れ切った顔で説明してくれた。
かたくなな国王と側近は包囲されていて、処分待ちなのだそうだ。始まってしまえば、本当の敵は驚くほど少なかったらしい。
すぐに終わるということなので、海上で待機している軍艦でしばらく見守ることになった。
ユーシス様と降伏の交渉条件を話し合うため、毎日のように王国側と反王国側の人たちがやって来る。
ネーデリアの主だった人たちの顔と役職を覚えられるほどだ。
後ろで記録を取り続けていると、ネーデリアの国内の様子がよくわかる。N国を全面的に信用してくれていることも、よくわかった。
サーシス様が言っていたように、優秀で若い人たちが多くいる。そしてその多くは、ネール領にいた人たちだった。
術式を借りなくてよかったよ、とその中の一人に言われた。
王宮内の建物や調度品は、ネーデリアの歴史そのままに、きらびやかで美しいままだ。
ただ王宮の玉座に王はいない。
地下の狭い一室に閉じ込められていて、毎日呪いの言葉をつぶやいている。
この国のありとあらゆるものが滅んでしまう、と信じている。
先祖に深くわびて、魔の手がこの王という力を侵食してしまわないように、祈祷し続けている。
長い歴史の中で国を魔から守れなかった自分を責め続け、魔を恨んでいる。
どこまでも大切なのは、緑豊かな大地を守ってくれた歴代の王であり、この長い王制が続いた美しい歴史だった。
ただそれはもうゆがんだまま、崩壊する寸前だったことに気付いていなかった。
いつまでも長い歴史が続き、すばらしい王が祈りによってネーデリアを守り続ける。そんな夢を見ていられたのは、王とほんの一握りの人間だけだったのだ。
まだ薄暗く湿った地下室で祈り続けている。呪っている。狂信者とよべるほどの姿に誰もが近寄りがたく、遠巻きに眺めているだけだ。
この人物が王として国が成り立っていた事が怖かった。なんという危うい国に来ていたのだろう。いろんな意味で身ぶるいする。
どうすることもできずにいた。
ネーデリア国民であれば、歴史があり王であるという人物を、手にかけるのはためらわれた。国のために祈っていて、魔を呪っている。自分が殺す役に適当である、と名のり出る者はいなかった。
こんなに狂ってしまっていては話し合いもできないし、表に出すこともできなかった。王宮の地下に王は閉じこめられ続ける、ということで納得するしかなかった。
交渉の条件はすでに決められている。代表者も歩み寄っていて、王制ではなく新たな政府をつくろうと動き出していた。
なぜ敵対していたのか、というくらい両陣営の進もうとする道は一致していた。
産業を魔石によって発展させるという見込みにより、N国に資金提供をお願いしている。すべてが順調に進んでいた。
ユーシス様も資金提供をN国がするようになったら、それでもう手を貸すことはなくなる、と喜んでいる。
王の処分以外はとてもうまくいっていた。
N国のように、王宮に力のない王がいるまま国が成り立っていてもおかしくはない。しかし新しい国を呪い続ける王を、地下に置き続けるのはためらわれた。
いっそN国の人間に間に入ってもらってはどうか、無理なら殺してもらってもかまわない。
その時そこになぜリゲル様と一緒に行くことになってしまったのか、よく覚えていない。
過保護なユーシス様に頼まれたから、としかいいようのない簡単なことだったと思う。
わたしとリゲル様が城内に派遣された。
薄暗いだけでなく、地下室はあやしい魔術がいくつか展開していた。
古い呪いのような魔術は力が強く、古い呪具によって展開している。
それに取りつかれた人間が何かを祈っていた。呪いに取り込まれて呪っているようにも見える。
殺してもいいと言われているから、呪具くらい壊してもいいだろう。
術式はとても古く強力だけれど、壊せないものではない。わたしならば。
あっ、という間だった。
リゲル様が呪具を切り裂き、強い呪いを受けてしまった。
リゲル様が呪いに取り込まれた。残されたのは呪いを失くして空になった王だった。
呪われたリゲル様の剣が振り下されたので、簡易結界を張る。
剣ははじかれてリゲル様に傷をつける。さらに剣が振るわれてリゲル様が深い傷を負い倒れた。
目の前にはけがをして倒れたリゲル様と、抜けがらのように呆けて動かない王がいた。
治癒魔法をかけて傷の手当てをして、護衛の人に声をかけた。
「早く!助けて!」
その日からずっと、意識のないままリゲル様は王宮にいる。
前王は王でなくなったことも、呪われていたことも理解した。今まで通り王宮の主として生活している。呪具を壊したリゲル様を恨んではいるが、取りつかれたような呪い方ではない。商売道具を壊されたという感じだ。
ネーデリアの歴史を背負うことも、政治と切り離されていることも理解していて、穏やかな表情で過ごしている。
どの時点でもいくつかまちがえた。
なぜか古い呪いが解けなくて、リゲル様だけが元に戻らない。わたしはいくつもまちがえてしまったのだ、王宮から動けなかった。
リゲル様は王宮の豪華な一室で、美しい調度品に囲まれて横たわっている。
わたしのせいだ、まるで生け贄のように王宮にささげられている。
竜を生け贄に差し出したことで呪いは解かれたのだ。
ネーデリアは守られた。
人々は新しい国の誕生を喜んで迎えた。
呪いの生け贄となった竜、リゲル様を英雄としてほめたたえた。
悲しい物語は人々の心に深く刻まれている。




