犯人
メイドさんたちの視線はさらに冷たくなり、犯人ではないか?といううわさは、あっという間に領内へ広がった。
「ユーリは心配いらない。長期に少量ずつ入れられたものだから、ユーリでは無理なんだよ」
とリゲル様だけは言ってくれている。
ただ少しずつ入れられたものを、今すぐ解毒できるわけではないらしい。サーシス様は眠ったまま変化がない。
そのリゲル様も疲れ切っている。
サーシス様の代理として、混乱した領内への対応と、うるさい国への説明がある。それ以上に犯人さがしで、睡眠時間がとれていないということだった。
見守るだけで全く手出しできない。
しかもわたしの心配までかけてしまっている。かなりの居たたまれない状況にうんざりだ。
そんな中、サーシス様の身内がサーシス様の地位を狙って、リゲル様と犯人のわたしを公邸から追い出そうと動き始めた。
「サーシス様が無事であるなら、ユーリと島へ帰ってもいいだろうか?まぁそんなわけにはいかないな」
リゲル様は弱気になってしまっている。
わたしもなんだかいらいらしてしまっていて、島へ逃げてもいいのではないかと思い始めている。
サーシス様と領民のために立て直さなければと、領民であったなら動いただろう。
しかしそう思うには至らない、わたしたち二人は外国人なのだった。
領内の人々がいらないというのなら、わたしたちではなく、領内の人々が立て直すのが一番いいのではないか。
施設長が魔石のことをうまく隠してくれれば、むしろ販売員なんていない方がいい。
サーシス様の現職復帰ができないようなら、リゲル様がネール領にしばられる必要はない。
島へ帰るのが一番いい、そう思っていた。
しかし犯人が全くわからないのに、意外にも犯人の反対勢力が活動を始めた。
ネール領内にいた、サーシス様側のネーデリア人。
王国に反抗して、魔石を使った生産方法を勉強するため、他の友好的だった領主たちが派遣していた若者たちが、ネール領の若者と秘密の会合を持ち、反撃に出ようとしていたのだ。
リゲル様へ連絡が来たのは、行動を起こす数日前だった。
「やめてくれ、たのむ」
とリゲル様が頭を下げてなんとか落ち着いた。
しかし出撃の時期を後に延ばしてもらっただけで、彼らの怒りはおさまらない。
これはもう内戦だ。彼らは魔道具を使って、ネール領から王国へ出撃しようというのだ。
わたしに攻撃魔法を依頼してきている。いくら法律で禁じられていると言っても、サーシス様に恩があるくせに術式くらい貸せないのか、とすごんでいる。
できるわけがない。
ユーシス様からは、彼らを派遣した側の領主たちとうまく話の折り合いがつかない、と連絡が来ている。ユーシス様も疲れ切っていた。
島やN国へ逃げ帰れるような状況ではなくなっていた。
わたしたち三人が、なぜだかぎりぎりの所で内戦を回避しているという、いびつな形でネーデリアが保たれていた。
「どうしてこうなったのだろうねぇ、ユーリ。味方はユーリだけになってしまったよ。誰もがわたしの言うことなんて聞いてくれないんだ」
「どうしてこうなっちゃったんでしょうね。わたしにはトラブルを発生させる呪いでもかかっているのでしょうかねぇ」
「そんな事を考えてはいけない、そんなものはないんだよ」
リゲル様と公邸で豪華な夕食を食べながら、ゆっくり話をしている。
忙しくて、落ち着いた夕食をとるのは久しぶりらしい。
つまりもうリゲル様は、忙しくいろいろな調整をするのをやめてしまったのだ。内戦はなにかしら起こるのだろう。
すでにN国の軍艦が主要な海上に到着している。
避難する人々を助けるためと、戦闘を極力小さくしてネーデリアの国力を守り、商業活動を再開しやすくするため、だそうである。
わたしのためというのもあるらしい。
基本的に手は出せないから、お飾りにすぎないのだ。
大国向けに、調停してますよ、というアピールをしている。大国も面倒事は魔力でなんとかするだろう、と投げやりだ。
なぜこうなってしまったかというと、わたしが余計なことをしてしまったのだ。
わたしは見守るのが嫌になっていた。外国人三人が倒れたら、どうせ内戦になるのだ。それならば自分たちが納得できるところで、内戦の回避をやめたかった。
誰とそれを話し合いたいかというと、サーシス様だろうと思った。わたしを任命してくれた人にもういいよ、と言ってもらって、終わりにしてしまいたかったのだ。
サーシス様は魔力がある。
わたしが軽い回復や毒消しをかけても、威力を受け入れられると思っていた。術式を使っていいのなら、初日でサーシス様には何もなかったことにできる、とわかっていたのだ。
そこで今元に戻ってもらって、話をしようとリゲル様にお願いしてみた。
「ユーリのためにならない。決してよい事ではないよ」
と言っていたが、事態はリゲル様が収拾できないところへ来てしまっている。反対するよりも、終わりにしたい。わたしたちはそう思ってしまった。
結果あっさり毒は消され、体力の回復を待つだけになった。軽い回復の術式では全快ではなかったので、三日後サーシス様の家によばれた。
まだベッドから起き上がれないので、サーシス様の寝室へ入れてもらって話をすることができた。
「だめだよユーリ、これじゃまたユーシスさんが心配するだろう?」
「内緒です」
「そうか、いつまでもユーシスさんの顔色ばかり見てはいられないな。自分で決めたことは、責任を持ってやるようにしないとね。内緒ならそれでいい」
「サーシス様、具合はいかがですか?飲み物をお持ちしましょうか」
「リゲルすまないね、それじゃお茶を頼む。三人分だよ」
「承知しました」
「ユーリはユーシスさんに大切にされている。可愛いからあんなに怒るのだよ。私なら怒らずに可愛がるけれどね」
「わたしは怒られるのはいやですよ」
「ユーシスさんもリゲルもユーリを大切にする。おかしな子だろう?私が気付いていないと思ったかな。リゲルはね、人を見あやまることはないんだ。竜の力を体中に受けているからね。
ユーリをリゲルが大切だと判断したときにね、この子は特別な子にまちがいないとわかったよ。私はもう隠居するからもちろん他言はしないよ、約束する」
「そうですね、そうしてください」
「ユーリを見てね、若い者には大きな可能性があると思ったよ。年長の者が思いもよらないほど、強い者が生まれてくることがある。
それこそ国をすっかり変えるほどの力がある者がね」
「それだけでは何もできませんよ」
「そんなことはないよ、私にはそこまでの力がない。
でも新しい種をまくことはできる。私は若い者にこういう新しいものがあるよ、と示すことはできるんだ。
でもそこまでの力しかない。
そして国を変えるには私ではなく、次の世代の大きな流れが必要だと思ってね。
身内のごたごたで私にもたらされた毒を、受け入れようと考えた。役割が終わる頃に、きちんと効くように少しずつ」
そう、犯人はサーシス様自身だった。
リゲル様がわからないはずだ。そうではない、とはじめから決めてしまっていたのだから。
サーシス様は自分で、危うい自分自身の処分を勝手にしてしまっていた。
「それで、わたしはどうしたらいいでしょう?」
「ユーリもリゲルも好きにしたらいい。もうネール領の私の手を離れて、次の者が先へ進めたんだ。できることはないよ」
そう言うとサーシス様は役割りを終えた、とばかりに眠った。
隠居すると言われたので、ネール領は次の者がやっていくらしい。




