ネール領視察
さっそくやって来たのは公邸近くのサーシス様専用研究棟である。
出入りが規制されていたが、リゲル様がいるので問題ない。村長さんという感じの老人が施設長さんで、わたしたちを出迎えてくれた。三棟の大きな建物が並んでいる。
一棟目は織物工場。織機に魔石が付いていて、自動で黒くて薄い布を織り続けている。
「これだけ軽くて薄く肌ざわりのいい布は、ここだけで生産されているのですよ」
と施設長さんがうれしそうに話してくれた。
暑い国では必要なものなのだろう。
わたしが作ったかもしれない見覚えのありそうな魔石が、こんなところでがんばって役立っているので、こちらもうれしくなる。
消耗品なのでまた輸入してくれるらしい。
この場で魔力を入れたくなるが、決してしない。してはいけないのだった。ユーシス様がこちらをじーっとにらんで見ている。わかったのかな?
二棟目は朝食べたフルーツの加工場。魔石が付いた機械が皮を剥く、カットする、盛りつけるを自動でやっている。
盛りつけられたものはそのまま使うものと、凍らせて保存するものに分けられる。凍らせるのも魔石が使われる。
ここでもまた見覚えのある魔石たちが、けなげに働いている。わたしの仕事もむだではなかった。
三棟目は火薬を使って大砲の玉をつくっていた。
材料を配合して玉に詰めるのを、魔石付きの機械が自動でやっている。これは王都へ持っていくそうだ。
大砲の玉を生産するということ以前に、三棟の施設は公開してはいけないし、この国にあってはいけないものばかりだ。
魔石をつくって輸出している国の者が言うのもおかしいけれど。
にこやかな施設長さんとおだやかなリゲル様を見ていると、不安になってしまう。
世界的には一般的な工場だが、サーシス様の危うさに身ぶるいする。これを作って流通させているのだから国王が妬んでの内戦はあり得る。
サーシス様はこの国にとって必要な人なのだろうか。
まるで自分がN国にとって必要なのか、と問われているようだ。大きすぎる力は、人々にとって害悪にもなり得るのではないか。
ユーシス様はにこやかに説明を受けている。決して手を出さず見守るだけ、そういうことなのだろう。
研究棟の次は農場へ向かうことになった。
馬車に揺られてのんびりと南国の畑を眺めている。緑豊かな温かい地域で、生ぬるい風が通る。果物がたわわに実り、加工用に収穫されている。
多くの果樹が植えられている、豊かな土地だ。ところどころで果汁が売られているので買い求めてみると、甘くて新鮮!
「とてもおいしいですね」
「これはここでしか飲めないんですよ」
リゲル様がうれしそうに説明してくれた。
広い農場をぬけて北端の港町に到着した後、魚料理で昼食をとると、船で属国である小さな島へ向かうことになった。さらに北に位置する、ネール領の属国である。
「私の家がありますから帰るついでですよ」
リゲル様はネール領の属国出身らしい。
船は大型船で帆を広げてゆっくり進んでいる。大きな魔石が使われているが外からは帆船のように見える。
一時間かけて、ネーデリアで竜の島と呼ばれている島に到着した。島の形が竜に似ているらしい。
「この島には竜がいたという伝説が残されています」
リゲル様の家へおじゃますることになった。
島の中央に竜伝説が残されている大きな岩山がある。
そのすぐ手前にある、岩にはさまれた形の古い木造の大きな家だった。
「ここは竜の家なんて呼ばれています」
まるで神殿のようだ。
柱に使われている太い木は何本も岩に突き立てられていて、一本一本が樹齢百年はありそうに見える。岩と木の大きさに圧倒される、まさに竜の家。
「属国ではありますが、かつて私の家はこの小さな島の支配者でした。
今の私はサーシス様のただの部下ですけれど、ネーデリア国ではなく、この島はサーシス様に従っています。私が従っているのはサーシス様だけなのですよ」
何があったのかはわからないが、リゲル様の強い思いが伝わってくる。そしてサーシス様の今の危うい状況は、この人にもこの島にとってもよいものではないはずだ。
サーシス様はリゲル様という大きな竜に支えられている。
その神殿から三人の小さな男の子が出てきて走り回っている。南国美女がリゲル様のところへ来た。
「おかえりなさい」
南の島の王様とお姫様だ、美しい。
「ただいま」
「紹介します、妻のネージュです。そのまわりにいるのは私たちの子供です」
「初めまして、ネージュと申します」
ネージュ様に案内されてお茶をいただくことになった。
子供たちは元気いっぱいだ。