ネーデリア国ネール領
転移先はまるで異界のようだった。
薄暗くて広い場所に到着するが、目が慣れるまで何があるのかよくわからなかった。
多分城内の特別なホールで、大きな木や鳥が描かれた絵が壁一面に掛けられている。
王族しか入れないような、高級な調度品が置かれた部屋。見事な色彩と大きさの、さまざまな壺が台の上に並んでいる。彩り豊かな花や鳥の絵はこの国ならではのものだろう。
裾の長い白い服を着た神官という感じの人たちが、こちらへやって来た。
「ユーシス様と補佐官様ですね、ようこそネーデリアへ。入国の受け付けとネール領への転移をいたします。
ここは王国の宮殿ではなく、中立地帯で一応王国外になります。
ネール領は王国になりますが、サーシス伯爵の公邸は中立地帯とされていますのでそちらへの移動になります。よろしいですか」
「はい、お願いします」
つまり転移魔法は使用するが、王国内に置けないということか。
あきらかに王宮らしいが、国外であると言い張っている。王宮外で庶民に見られないための苦肉の策という感じ。
どこまで魔法嫌いなんだか。
わたしみたいな魔術師が見つかったら、追放か牢にでも入れられそうだ。宰相様の言っていた、わたしのための戦争なんてことまで考えると体が少しこわばってしまう。
ネール領行きの旅券が届けられて、転移する。
あっという間に、木造の大きな館の一室、吹き抜けのフロアにやって来た。
日差しが強い、明るい南国だ。天井でファンがゆっくり回っていて、少し甘い匂いがする。飾ってある濃い色の花のせいだろうか。
正面に立っているのがサーシス伯爵だろう。賢人らしい顔立ちににこやかな表情で、いかにも南国の領主様といった感じの堂々とした方だ。
そして、その後ろに見たこともないような大男が立っている。
N国の騎士にはいないタイプで、南国らしい浅黒い肌と大きな瞳に、がっしりとした大きな山のような体。少年のような純真な顔立ちなのに、思慮深さがうかがえる。
貿易の担当者リゲル様だろう。
資料では担当者名しかわからなかったが、会ってみれば誰もがびっくりするだろう。対峙しただけで圧倒される。
自分と相手の魔力量を確認してみよう。
わたしはいつも通り90%カットです。リゲル様はこの国の人なのに多少魔力がある。そしてなんと、サーシス伯爵には普通に一定量の魔力がある。おおっ、いいのか伯爵?
びっくりしないように、顔に意識を集中して笑顔をつくる。前にユーシス様がいるのでわたしに視線は集まってこないだろう。
「ようこそユーシス殿、そして補佐官殿。今日はN国担当となったリゲルも来ているから、荷物を置いたら一緒にお茶を飲みましょう。この公邸でも宿泊できるが、どうしますかな?」
「ありがとうございます、それではこちらで一泊させてください。これから宿をとろうと思っていましたが明日からにします」
「それでは準備をしましょう、部屋に荷物を運ばせますよ。荷物を預けたら私の部屋へ行きましょう」
なんと!公邸に泊まることになった。広い部屋とすばらしい調度品の中、一日だけ伯爵気分が味わえる。贅沢な一日になりそう。
ユーシス様もうれしそうだから、いつもこうなるわけではないのだな。特別サービスなのだろう。
サーシス伯爵の案内でユーシス様に続いて二階へ上がり、正面の大きな部屋に入る。
公邸は三階建ての大きな木造の建物なので、宿泊は三階なのだろう。上へ続く階段がある。
どっしりとした木の大きな机がサーシス伯爵専用のものらしい。その手前の応接用のソファに腰かけたユーシス様の後ろに立つ。
「これはユーリという私の補佐をする雑用係です。新人で慣れていないのですよ、お気になさらず」
「では後ろに椅子を用意しますよ」
ソファの後ろに小さな木の椅子を用意してもらった。
「ありがとうございます」
これで記録ができる。
「あ、ユーリさん、これから話す内容を残してもらっては困るんだ。聞き流してほしい」
「そうですか、わかりました」
サーシス伯爵、リゲル様、ユーシス様と挨拶が交わされた。当たりさわりのない両国の輸出品についての情報交換。
「今日わざわざ補佐官殿を伴っていらっしゃったのは、どういうわけがあるのですかな。ただ商売をするにしては大げさに見えるけれどね」
「もちろん商売をさせていただくためですよ。
ただ少しこの国のよくないうわさを耳にしましてね。N国も今までどおりの取引が続けられるのか心配しているのですよ。
何事もなければそれに越したことはありません。それで観光しながら少しネーデリア国内を回ってみたいと思っています」
「ネール領内なら歓迎しますよ。外からのお客様はめずらしいですからね。
しかし他の領内へ行くのは難しいでしょう。
領主で親しい者は数名いますがね、許可が簡単にでないと思っていただきたい。
この国のなんといいますか、宗教的なことのせいでね」
「承知しております。
私の方から何名かの方々に打診してあるので、確実に安全でない場合は行きませんよ。慣れない者が付いて来ているので」
「そうですか、それならネール領をまず回ってみてはいかがでしょう。
属国も比較的安全ですしね。よければ案内人をつけましょうか」
「よろしくお願いします」
夕食後、明日の朝からガイドの人に来てもらうことにして三階の部屋へ案内された。
荷物は届けられていて、二人でいるには広すぎる部屋と寝室には大きなベッドが用意されていた。
「君と寝るなんてね」
「わたしもびっくりです」
本当は簡易ベッドが入れられるはずだったらしいが、急な宿泊だったので忘れられたようだ。豪華な郷土料理が出され、シャワーも付いていてベッドも豪華だった。ユーシス様がいなければ。
「深く考えずにさっさと寝よう。明日は早いし寝心地は悪くないよ。君がころがってこない限りはね」
「善処します」
本当に寝心地がよくてユーシス様のことは全く気にならないほど広かった。朝までぐっすり眠れた。
翌朝、地元のフルーツが盛られた食後のデザートを食べている時に、案内人がやって来た。見まちがえはしない。動く山、リゲル様本人が案内してくれるらしい。
「お忙しいでしょうに無理をさせてしまいますね、申し訳ないです」
とは言ってもユーシス様が好都合と思っているのがわかる。どこへでも堂々と出入りできるだろう。
「いいえ、家へ帰る途中少し寄り道をするだけですよ」
とやわらかい表情で微笑まれた。
外見とのギャップがありすぎる人だ。なぜか心から本当に優しい人なのだな、と思ってしまった。
故意に魔力を操るほどの魔力量でないのはわかっている。不思議な力のある人だ。