和解交渉
この国の魔術師は、大きく二つの派閥に分けられる。白の塔の塔主ジーク様を中心とした、心ある者が集まった白の塔の魔術師。旧貴族で文官をしている者たちも入る。もう一方は神殿関係者が多い、宗教的な貴族たちが集まった黒の塔の魔術師。
王制でなくなった後貴族をやめて実力主義となった旧貴族が多い白の塔と、宗教を振りかざし貴族を名のり続ける者たちが多い黒の塔は、城内でなにかと対立し続けている。
わたしはユンタ。少ない魔力で白の塔に入塔した。新入りでよくわからないことばかりの毎日を過ごしている。町での生活とは全く違う、陰湿な魔力争いになかなかついていけない。
そんなある日、ジーク様からの召集があった。
「今日集まってもらったのは、オルグに関することだ」
オルグ様は白の塔の中心人物の一人である。貴族ではめずらしく白の塔に所属している、中立的な立場の方。先日、強制的に黒の塔から和解の使者としてのご指名があった。
「期日は今日、黒の広間に招かれている。それでだ、どうするオルグ?」
「正面から堂々と」
「ばかか。敵の罠にはまりにいくようなものだ。もっと作戦を立ててから」
「いらん、私はもう行く」
「あほだな。サシャ、ファイルを出せ。オルグ、そこに入るカードとなれ」
「なっ」
「早く。今すぐ行くのだろう」
なんと、ぼよよーんと人が一枚の白いカードになってしまった。
(これでいいのだな?)
オルグ様の声がカードから響いてくる。おお、なんかおもしろい。
「サシャ、黄色いファイルにカードを入れて早く行け。なんの用事もないかのようのに、普通にな。ユンタ、お前はサシャの護衛だ。後ろからついて行け」
ええっ、そんな大事な役割を?
「はいっ」
(遅れずについてこいよ)
というオルグ様のカードを見下ろした。ふしぎ。
ファイルを抱えたサシャはわたしと同期の女の子だ。白の広間を急いで出て行こうとしているので、あわてて後を追う。
(しっかりやれよ~)
ジーク様ののんきな声が頭の中に響いた。直接頭の中に指令がくるようだ。
新入り二人の動きはあまり目立たない。それでこのような配置になったのだと納得する。もしくは今回の作戦をおもしろくしようと、ジーク様がわざと力のない者を選んだのかもしれない。あり得るな。
石造りの城内は薄暗く冷たい。廊下出るとすぐ城の職員にまじった黒の塔の魔術師たちとすれ違う。
怪訝な顔をするが、新入り二人とファイルがあるだけだから報告するほどのことはないだろうと思われる。が、今日はわざわざ指定した招待の日なのだ。見逃してはくれないらしい。
黒の塔の魔術師二人がついてくる。かなり後ろからだが、ずっと追われている。廊下は直線がしばらく続いている。
(追われてますけど)
(わかった。三つ目の柱の右側に扉がある。壁を押して入れ)
(了解しました)
「サシャ、三つ目の柱の右側を押して中に入って」
「右側?壁を押すんだね」
サシャが体当たりするように壁にぶつかる。石模様の扉がくるりと開いてすばやくすべりこむ。サシャ、おもいっきりファイルを押しつけてましたけど?オルグ様、死んでない?ま、カードなら大丈夫だろうけどね。
これがかえって敵をあやしませたらしい。
「やっぱりあいつらだ。急げ!このあたりで消えたぞ。なにかあるはずだ。探せ!」
外から大声が聞こえてくる。扉の中は廊下になっていて、つきあたりの木の扉までまっすぐ続いている。
(急いで!)
白猫が頭上のはりから見下ろしている。魔女のヨーカ様だ。クールビューティなぜここに?ヨーカ様も白の塔の中心人物の一人だ。
(早く魔女の部屋へ逃げなさい。この先の扉を開けて入って)
あわてて走る新入り二人にヨーカ様もついてくる。
「ここだ。ここに扉があるぞ」
外の声がする。急がねば。
扉を開けると魔女らしい黒いロープの老婆がテーブルの向こうに立っていた。
「おや、お前さんたちは白の塔の子だね」
「はいっ。追われているの。助けて」
サシャが老婆の後ろへ向かって行った。扉がある。
「ほら、お行き」
老婆がカギを開けると、そこは中庭のようだ。サシャが出て扉を閉めたと同時に黒の塔の魔術師たちがやって来た。扉は木の壁になっている。
「おまえ、白の塔の新入り!ここでなにをしている!」
(本を借りたと言え!今すぐ本を出せ!)
ジーク様の声が頭の中にガンガン響く。音量でかすぎですよ。本なんか出るのかしら、わたし。
本よ、でろっ。
あっ、なんかテーブルに本が?出したのか、元々あったのか?
「この本をお借りしていたので、魔女様にお返しを。ありがとうございました」
「もう一人はどうした?」
「はい?」
「黄色いファイルを持ったもう一人のやつだ。どこへ逃がしたんだ!」
「さっき別れましたけど」
「なに、どこだ?まだ扉があったのか?」
「ええ」
「なんだとぉ。戻れ!別の扉があるかもしれん」
あら、素直な人でよかった。
「魔女様、本当にありがとうございました」
「またおいでね」
わたしも魔女様の後ろの扉から中庭へ抜け出す。
中庭といっても小高い丘まである広い広い公園だ。城壁自体、町ひとつくらいの場所をぐるりと取り囲んでいる。当然といってはなんだが、白の塔と黒の塔は中庭のほぼ両端にある。仲が悪いのだから、少しでも遠ざけたい気持ちからだろうと思われる。
中庭の真ん中に宮殿がある。王様御一家がお住まいになっている。立ち入り禁止区域だ。
宮殿に向かう小高い丘を急いで駆け上がるサシャが見えた。つんのめってこけそうだ。あっ、こけた。ファイルを落としてカードが飛び出している。オルグ様に怒られているようだ。カードだけどね。
わたしもかなり急ぎ足でそちらへ向かう。
「おい、君!」
目の前に黒いロープの魔術師が現れた。長い黒髪のイケメンさん。見たことある。この人有名人だ。黒の塔の高位のかた。こっわいわー。
「どこへ行くんだ?」
にっこりすてきな笑顔。でもこの人に勝つ自信が全くない。
(あれー。助けてー)
と言ってみるが...。ジーク様?無反応?むしろ笑い声が聞こえた気がする。
「君、聞こえているかね?」
と、そこへ立ちはだかる一匹の白猫。そうだ。ヨーカ様、さっきからいたよね?
「フィルツ殿下、お久しぶりです。ヨーカでございます。うちの下の者がなにかいたしましたでしょうか」
「いやいや、彼がこのような日にこのような所へ現れたので気になってね」
「それは失礼致しました」
(行け!早く!)
ヨーカ様の後ろから宮殿に向かって走った。とにかく走った。あーっ。という声が聞こえてきそうなフィルツ殿下の顔がこちらを見ているが、ヨーカ様がなにか話続けているので追っては来ない。
サシャはまだ丘の上で立ち止まっている。サシャの近くまで来ると、フィルツ殿下が走っているのが見えた。
「サシャ、早くしろ。追っ手がこちらに向かっている」
「わかった。オルグ様、早くファイルに収まってください」
「仕方ないな。わたしはこのままでも」
「早くしてください!」
オルグ様を収めて走り出すと、王妃様が手招きしているのが見えた。
王妃様とわたしたちに面識などあるはずがない。しかし王妃様は元々白の塔に関わっていたと聞いたことがある。敵ではないはずだ。宮殿の門に入り、王妃様と侍女が待っている方へ走る。
「こちらへ早くいらっしゃい」
王妃様のお声がかかる。
わー。すごい。こんなことでもなければわたしのような者にお声をかけることなどなかっただろうに。サシャはおずおずと王妃様の前へ出ていく。わたしが感動して立ち止まっている間、王妃様はにこやかに手招きしていらした。
荒い息づかいのフィルツ殿下とヨーカ様が追いついて来た。
「王妃様、その者たちをこちらに引き渡してください」
まずい。フィルツ殿下は王妃様の身近におられる方だ。こちらとはちがう。
「わたくしがお茶の招待をしていたのはこの白の塔の方々だけですのよ。お引き取りくださいな、殿下。さあさあ、こちらへお入りなさい。あなたたちはこちらよ。ふふっ」
王妃様の後について入ると門が閉められた。フィルツ殿下は閉め出され、門が閉じる瞬間にさっと白い影が中に入った。
王妃様は笑顔で出口を指し示された。
「がんばってね」
なんと、わたしたちを逃がすためだけに王妃様をわずらわせてしまった。借りをつくるのがとことん嫌いなジーク様が渋い顔をしているだろうなと思われる。
でもここを出てしまえば、黒の塔はすぐそこだ。宮殿をまっすぐ抜けられるのはありがたい。そうでなければ、海岸沿いを大きく迂回しなければならないのだ。フィルツ殿下はそこを走っていることだろう。
宮殿を下り、門を出たところで声がかかった。
(もういい。私はここから一人で向かうぞ)
サシャがファイルを押さえたものの、カードは飛び出し、ぼよよーんと人の形になってしまった。
オルグ様は白いローブをひるがえして歩きだした。
「最初から私一人で行けると言っているのにこんなことになってしまって。おまえたち、ご苦労だった。もう行ってよいぞ」
そうもいかないでしょう。サシャはついて行こうとしたが、オルグ様は駆け出して行ってしまった。
(ジーク様、どうします?)
白猫から人に戻ったヨーカ様が話している。
(どうしてくれよう。爆破してしまえたら簡単なのになー。それ以外ならなんでもありか)
(やめてください。むしろそれならなにもしないでいただけますか。後の処理がとてつもなく大変になるのだけはやめなさい!)
あきらかに楽しんでいるジーク様を叱り飛ばすヨーカ様の声が頭の中にガンガン響く。
目の前の黒の塔の一階部分が黒の広間になる。オルグ様の姿が入り口付近に見える。
わたしたちの任務は無事終了した。これ以上なにができるわけではないので退却を始める。
何より白の塔の上層部の会話が怖すぎた。ここにいては確実にとばっちりを受けるだろう。むしろ味方から逃げたい。
その後起こったことはよくわからない。海岸を歩くサシャとわたしが黒の塔を振り返ると、花火のような大きな音がした。多分祝砲と思えるようにそうしたのだと思う。
白い煙が黒の塔を取り囲んでいた。花火の後の煙に見えたことだろう。白い鳥が紙をくわえて飛び去った。
しかし一階部分に見えたのは、煙ではなかった。普通の人々は気づかなかっただろうが、一階部分の白いものはゼリー状でドロドロしていた。窓から溢れ出すと白い煙となっていた。
考えたくはないが、中の人たちはどうなったのだろう。ま、わたしたちには関わりのない人たちのことだ。見なかったことにしようとサシャに言った。
白の塔に戻ると、ジーク様がテーブルに伏せたまま動かずにいた。いや、動けない。多分。
オルグ様とヨーカ様が正面でにらんでいる。
「私が使者として行った理由はなんだと思っているのだ!」
「後始末が大変の意味がおわかりですの?」
白い封筒がポツンと真ん中に置かれている。多分、無駄になってしまった和解の書類だ。
サシャとわたしはお使いに失敗した子供のように、事の成り行きを見ている。こんなに無駄な1日があるだろうか?
負傷者12名、ほぼ軽傷とのこと。お見舞いを持って行けるほど厚顔な者はいない。というか嫌だ、そんなの。
「ま、和解などそもそも無理な話なのだよ」
開き直ったジーク様が顔を上げて言い放った。最初からぶち壊す気だったのだ。この人は!
「く、くぅー」
声にならない変な音を出してオルグ様がどっかりと椅子に腰を下ろした。
後日、オルグ様が白の塔を出て黒の塔所属となったことが伝えられた。ヨーカ様の後始末の結果だと思われる。別れの言葉は、愛想がつきた。だったらしい。どうしようもないことである。