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トラベリング・エイリマン  作者: 藤田 夏生
32/32

代理防衛

 タイカの眼の前で喚き散らしていた男が、なんの前触れもなく突然後ろ向きに倒れていった。それを目で追うタイカには、倒れる速度がスローモーションに見えた。

 タイカの視界の端のほうで、黒光りする物体がうっすらと煙をくゆらせている。タイカは改めてその物体に意識を向け、それが拳銃であることを知った。その後ろには、何事もなかったかのような無表情で、銃をズボンの後ろに隠すジークがいた。

「な、なんで?」

 やっと発したタイカの言葉に対して、ジークは表情一つ変えずに「別に驚くことでもないだろう」と答えた。

「いわゆる『自業自得』ってやつだ。こいつを放置した結果がどういうことになるか、火を見るより明らかじゃねぇか」

「でも、死んじゃったよ。人間は殺しちゃだめなんじゃないの?」

「そんなことねぇよ」

「えぇ?!」

 ジークが即答で否定したため、間違ったことを尋ねてしまったのではないかと、逆にタイカの方が不安になった。

「だ、だって法律で決まってるんじゃないの?」

「一応な。ただし条件がある」

「そうなの?」

「そりゃそうだよ。無条件に殺人を禁止したら、一般市民の正当防衛も兵士の戦闘行為もすべて違法になるだろう。要は個人による私利私欲のための殺人を禁止してるだけだ」

「じゃあ、今のは正当防衛ってこと?」

「だな。正確には代理防衛だけどな」

「代理防衛?」

「あぁ」

 ジークはそういうと、小脇に抱えている犬に視線を落とした。

「この犬は、吠えるか噛みつく以外、身の危険を守る術を持たないんだ。それに比べて、人間は動物よりはるかに狡猾こうかつだからな。この男みたいに力と道具とずる賢さで反撃してくる。そういう輩に対抗できるのは、同じような知恵をもつ人間だけだ。だから俺たちがこいつらの代理で防衛してやるんだよ」

「でも、動物と人間の差があるのは自然なことなんじゃないの?」

 タイカがそう言うと、ジークは冷たい微笑を浮かべて言った。

「弱肉強食ってか。まぁ自然の摂理はそうだけどよ。人間もその摂理に従うっていうんなら、『ホモ・サピエンス』って名称は返上してもらわねぇとな」

「どういうこと?」

「つまり、人間も他の動物と大差ないってことだよ。知的生命が聞いて呆れるぜ」

 そう言いながらドローンカーに向かって歩き始めた。

 タイカは彼の後ろ姿を見守りながら、新たな直感を閃かずにはいられなかった。

(ジークは自分も人間でありながら、人間に対して嫌悪感を抱いているのではないか。そして、嫌悪するからこそ、同じような人間にはなりたくないと考え、今の活動を続けているのではないか)

 突っ立ったままのタイカに気づいて、ジークが振り向いた。

「どうした。いくぞ」

 我に返ったタイカが歩き始めるが、脳内では思考が次の段階に進んでいく。

 なぜ人間を嫌悪するのか?

 人間が知的生命を名乗りながら、その行為は知的とは正反対の野蛮な種族だと思ってるから?

 では、なぜそういう考えに行き着いたのか?

 まさか、実は地球人ではないとか?

 試しに、タイカはジークに対して身体スキャンをかけてみた。

 眼球からスキャンビームがジークの身体に投射され、エマニが瞬時に結果を表示する。当然データの偽装も考慮しているが、身体データに改ざんの証拠はなく、少なくとも現存するデータについては正しい経路で保存されたものようだ。

 ただし、誕生当初のデータは確認できなかった。データの補足事項によれば、14歳以前のデータはデータセンターの物理的な破壊により失われたらしい。その点は少し気になったが、ジークの異星人説を裏付ける根拠としては乏しい。一番取って早い確認方法は、直接問いかけてその反応を見ることだと考えたタイカは、小走りにジークの後を追うと、ドローンカーに乗り込みながら言った。

「なんだか人間に恨みでもあるみたいな言い方だね」

 タイカはジークに並びながら言った。

「そうか?」

「実は君も異星人とか?」

 そういうと、ジークは大笑いして言った。

「そうだったら、どれだけありがたかっただろうな」

「どういう意味?」

「自分の生命体としてのレベルの低さに、幻滅することもなかっただろうってことさ」

「なんで幻滅したの?」

「矛盾だよ。言ってることとやってることのな。なんてったって『ホモ・サピエンス』だぞ。自分で自分のことを『知恵のある』って名乗るか? やってることのどこに知恵があるって言うんだ。そのくせ自分たちを過大評価したがるんだよ。天地創造とか人間原理とか、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぜ」

「でも、実際に人間だけが文明を切り開いてきたんじゃない? 科学技術だって、他の動物には真似できないことでしょ」

 タイカがそう言うと、ジークは嘆息して答えた。

「わかってねぇなぁ。種を一つの生命として捉えるからややこしくなるんだよ。そもそも進化の原理ってなんだ?」

 タイカは少し考えて、「自然淘汰と突然変異かな」と答えた。

「あたり。じゃあ生命体の進化原理は?」

「そりゃやっぱり、絶滅と遺伝子の突然変異じゃない?」

「その通り。どんな類の進化でも、基本的にはその2つが発動要因だ。で、当然ながら文明もその進化原理に当てはまる」

「文明も? 文明は必要に迫られて生み出されるもんなんじゃないの?」

「違う。大半の人間は必要に迫られてることすら気づかない」

「でも、文明には寿命も遺伝子はないよ」

「いや。あるぞ、両方とも」

「文明が絶滅したり突然変異するの?」

「逆に聞くが、文明はどうやって生まれるんだ?」

「だから必要に迫られて…」

「必要に迫られたからって、湧いて出るわけでもないだろ」

「そりゃ、発明した人がいるんだよ」

「それだよ。結局は人なんだよ。それを進化原理に当てはめると、自然淘汰とは『人間の死』で、突然変異は『天才の出現』ってやつだ。つまり、人間が死ぬことで思想や価値観が淘汰され、時々生まれる天才によって、パラダイム・シフトが生じるってわけだ。それ以外の人間は、その波に乗ってるだけなんだよ。ところが、文明や科学技術がどれだけ進歩したって、やってることは他の動物と同じだろ。食って寝て子孫増やしてるだけじゃねぇか」

 そこまで言って、ジークは一息ついた。

 ドローンカーはすでに上空にあった。話ながら操縦しているので、目的地は特に定めていないが、エマニが介入支援プログラムの実行結果から、介入の可能性が高いエリアを目指して飛行している。可能性が高いと言っても、ネット上の投稿内容を分析して、エマニが独自のアルゴリズムで投稿内容の緊急度を計算している。

「話はわかるけど、なんだかすごく過激だねぇ」

 操縦席でコンソールを操作しながらタイカが言った。

「そうか? 理論的に考えれば誰でも気づくような矛盾だと思うぞ。ただ、たとえ個々の人間が進化の歯車だとしても、それ自体は問題じゃないんだよ。それが生命ってもんだからな。俺が敵視するのは、その能力を悪用して、多数の無垢な人間を食い物にするために、際限なく悪知恵を働かせるやつらだ。そういう連中は悪知恵が無垢な人より優れてる美徳だと思ってやがる。そういうやつを野放しにしたところで、自らの行いの邪悪さに気づいて、大人しく悔い改めると思うか? それどころか、増長するのがオチだ」

「そんなものなのかな」

「そんなもんだよ。奴らがどれだけ醜悪か、おまえも俺と一緒に行動してわかっただろ」

 タイカはこれまでに出会った人々の顔を思い浮かべた。地球に来て以来、様々な人間と接してきたが、年齢や人種に関係なく、善人もいれば悪人もいた。そして、そういう様々な「他人」の存在が、お互いに与え合う影響というものも見てきた。出会った人間によって自分の未来が左右される。タイカ自身もそういう経緯を経て現在に至るのだ。

 タイカには、ようやくジーク動機を垣間見た気がした。その明確な憤りが、彼の行動原理のトリガーとなっている。敵対者に対する彼の容赦のなさは、その憤りこそがエネルギー源なのだ。

 無垢と邪悪。ジークはその狭間に立って、抗いようのない宿命を背負った「持たざる者たち」に加勢しようとしているのだ。それはジークが獲得した「知性」に対する責任感と、力を持つ者が最終的にたどり着く「使命感」と糧として、その能力を行使している。

 そこで問題になってくるのが、ジークの持つ能力だ。彼の情報収集能力には目を見張るものがある。そして、その情報を分析し取捨選択する判断基準も、タイカがこれまで試行錯誤を繰り返しながら、いまだ決定的な自信を得るまでには至っていないレベルを遥かに超えている。実際にジークの介入によって未来が開けた人々を眼の前で見てきた事実は、揺るぎない説得力をジークの思想にもたらした。

 ただし、ジークが持つ物理的な攻撃力となると、やはり地球の技術レベルを超えるものはなかった。工場や民家を土地ごと粉砕することはもちろん、複数の標的を同時攻撃する手段もないようだ。だからこそ、ジークは同調者を募り、数の論理で攻撃力を確保している。彼の持つネットワークは、情報の収集や拡散だけではなく、戦力を募るための媒体でもあるわけだ。

 タイカはそこまで考えつくと、必然的にジークがタイカを誘った理由が見えてきた。

 つまり、ジークはタイカという巨大な戦力を手にいれたことで、当初は諦めていた計画を実行に移そうとしているのではないか。そう思い始めた。

 最初に誘われたときは、単純にタイカの能力を欲していただけかと思ったが、ジークの動機を知るにいたり、彼が代理防衛という対処療法ではなく、社会システムの根本的な刷新を図ろうと考えても不思議ではない。憤りを抱えたまま、これまでの代理防衛を淡々と続けたところで何も変わりはしない。無垢も邪悪も泡のように消えては生まれ、終わりのない理不尽が絶え間なく続く。ジークはその負の連鎖を断ち切ろうとしているのではないか。

 ジークはあいかわらず虚空に視線を注いでいる。彼の意識が戦略立案に注がれている最中であることを物語っているかのようだった。


 その後もエマニやジークの介入プログラムが抽出する案件を消化するために、二人はときに別々に、たまに行動をともにして、全国を駆けずり回った。人を殺める場面はあれ以来なかったが、ジークの態度はそれも辞さないという意思に満ちあふれていた。

 タイカの方も、今のところはそういう決断をくださなければならない状況には陥っていない。タイカの場合は殺傷能力をコントロールできる武器があるので、たとえ介入対象者に身体的な危険が迫っている場合でも、加害者だけを行動不能にさせることは可能だったので、あえて殺害を強行する必要もなかった。

 そうやって数日が経過したある日、エマニが奇妙なアラートを出してきた。

「警告。本件には連続殺人の類似性が見られます。再発防止の観点からも、対象者の常時監視の必要性を認めます」

 網膜ディスプレイに浮かびあがったアラート表示をみて、タイカは不思議に思った。これまでの介入案件は単発のものばかりだった。しかも緊急性の高いものに優先順位をつけてきたので、エマニはリアルタイムで情報分析を行っている。しかし、今回は複数案件を連続的に監視して、その動向を分析した結果だった。

「エマニ。介入プログラムのアルゴリズム変えた?」

「アルゴリズムは常時チューニングしています」

「でも、今までは動向分析なんてしてなかったよね」

「介入プログラムはその都度獲得した情報を元にリアルタイムでチューニングが実行されます」

「いや、それはわかってるんだけど、獲得した情報って具体的にはどんな情報?」

「すべてです」

 即答というべきか断言というべきか、感情をもたないエマニにはどちらでも同じかもしれないが、「すべて」という単語の意味を、タイカはようやく理解した。

「もしかして、ジークとの会話聞いてた?」

 タイカがそういうと、先程と同じようになんの抑揚もない声で「はい」と答えた。

 エマニまでジークの影響を受けている。その事実に唖然としたタイカであったが、深層心理ではタイカも代理防衛という概念は道理が通っているように感じ始めていた。

 以前ジークが聞かせた911の緊急連絡のように、善悪は別にして、実際に反撃したことで母親は自分と幼い子どもを守った。それと今回の連続殺人容疑は代理防衛の典型ともいえる。もし対象者が連続殺人犯なら、野放しにすることで無意味な犠牲者が増えることは明白だった。

 さすがに殺害までは不必要だが、証拠さえ手に入れることができれば終身刑は確実だろう。タイカはそう考えた。

 エマニの提言を受け入れたタイカは、シャトルに戻って昆虫サイズの超小型のドローンを製作し始めた。

 分子レベルで動作するコンピュータを搭載しており、リアルタイムの動画撮影と各種センサーが組み込まれている。推進方法は大気を利用する電場ベクトル制御推進エンジンで、これは周囲大気を局所的に電離し、生成された荷電粒子を電場ベクトル制御によって加速する推進方式だ。大気を利用するので推進剤を搭載する必要がない。電力はドローンに搭載する電池によって、最大で24時間稼働することができる。

 タイカはこのドローンを複数製作し、各ドローンをローテーションさせることによって、対象者をリアルタイムで監視することにした。

 

 ドローンが捕らえた対象者は、どこにでもいる普通の中年男だった。日中の街をスーツ姿で歩き回るサラリーマン。中年といっても見た目は若く颯爽さっそうとしていて、顧客や同僚に笑顔で応対している。

 務めている会社ではかなり地位の高い役職についているようだが、人当たりは優しく、部下には物腰柔らかに指示を出し、交通量の多い横断歩道では、歩みの遅い老女の手を引いたりした。

 その様子を映像で確認したタイカは、なぜエマニがこの男を選別したのか不思議に思い、彼の経歴を確認した。

 まずは通常の経路から個人情報を取得したが、戸籍はもちろん、学歴も職務経歴も正規の手続きを経て記録されたデータだった。裕福な家庭に育ち、頭脳明晰でなければたどることができないような、ハイレベルな経歴の持ち主だ。祖父は日本経済に深く影響を及ぼす大企業の創業者だったが、男はその企業に就職した形跡はなく、通常の就職活動を経て現在の企業に務めたようだ。

 だが、エマニによればそれは表向きの顔らしい。エマニは街中にある監視カメラから顔認証で男の行動履歴を収集し、行動に結びつく雑多な情報の中から、状況証拠を探していた。

 それによると、この男には逮捕された事実があった。直接的な証拠ではないが、監視カメラの映像とパトカーの移動記録、警察官の日誌。一般人がネットに上げたコンテンツを照らし合わせると、彼が逮捕されたことは紛れもない事実のようだ。しかし、いずれも正規の記録が残らないまま釈放されている。警察機構の公式なデータベースには、逮捕された記録どころか当人に関する一切の情報が保存されていなかった。

 その時点でタイカは嫌な予感がした。これは典型的な特権保有者の情報形跡だ。存在する情報と存在すべき情報の間に人為的な差異がある。存在する情報はコントロールの効かない偶発的なものだ。たまたま居合わせた目撃者だったり、前後の情報をつなぎ合わせて導き出した状況だったり、直接的な証拠とはならないが、部分的な情報でも関連性を論理的に構築すれば、消された状況を埋めることができる。

 これらの情報から総合的に判断する限り、この男は最低でも3度は容疑者として名が上がっており、そのうち一度は逮捕状まで発行されているが、当然ながらその記録もない。

 そこで、関係者の個人情報を探索したところ、ある捜査官の日記に「性犯罪者であることが確実な証拠が上がったにもかかわらず、どういう理由かは不明だが突然被疑者からはずされた」という記録を見つけた。その書き込み時期は、男が短期間日本を離れていた直前だった。 

 それがどういうことか、今のタイカには理解できる。動かぬ証拠を掴んで警察に引き渡しても、裁判どころか送検すらされないだろう。タイカが現行犯で取り押さえて、その様子をネットに流した場合でも、男は海外に逃亡してしまうだけだ。それはつまり、海外にもこの男の被害者が生み出されるということを示唆している。終身刑が課されて一生身柄を拘束することがないかぎり、一般社会の安全は保証されない。

 いよいよ自分も代理防衛を発動しなければならないのか。実際にその岐路に立たされて、初めて事の重さを実感したタイカは、なかなか決断ができず途方にくれてしまった。ジークに判断を仰ぐか、いっそジークに実行してもおうかとさえ思った。


 決心がつかないまま数日間悩みぬくタイカだったが、その苦悩は無情なエマニによって緊急を要する事態に発展してしまった。

 深夜のパトロール中だったタイカは、「警告。監視中の男が駐車していた自家用車のトランクに女性を監禁しました。シティホテルの地下駐車場。映像を記録済み。現在ホテルを出て大通りを移動中」

 網膜ディスプレイには男の運転する車を俯瞰でとらえた映像が映し出された。

「エマニ。ドローンの映像を赤外線に切り替えて」

 タイカが言うと、映像がフルカラーからモノクロに変わり、トランク内でうずくまったまま身動きしない女性の姿を浮かび上がらせた。

 これはどう考えても拉致だ。女性の生命反応は確認できるので、たぶん薬を盛られたのだろう。

「男が向かっている場所の検討はつくか?」

「特に該当する箇所はありません」

 ということは、移動しながら適当な場所を探しているのだろう。たとえ途中で警察に止められても、これまでの経緯からすると身分を明かすだけで解放され、トランクを調べられることもない。

 いよいよ代理防衛の発動を避けては通れない状況に陥ったタイカだったが、救出のスピードを緩めるわけにもいかず、かといってジークに相談する猶予も作れそうにない中で追跡を続行した。

 ところが、車が車速を落としてコンビニに入ろうとした直後、ドローンの映像が突然途切れ、ディスプレイはノイズだけになった。

「エマニ。映像が消えたぞ」

「ドローンからの信号が途切れました」

「理由は?」

「不明です」

 まさか、犯人の男がドローンを探知して撃墜したわけでもないだろう。なにか障害物に衝突したか? 確かに軽量化重視の設計では、大したボディ強度を確保することはできなかった。車を追跡していればおのずとドローンも高速になるため、衝突時のエネルギーがドローンの筐体を破壊する可能性は十分あった。

 しかし、タイカにとっては更に困難な場面となった。相手の状況もわからないので、救出するタイミングを測れない。

 タイカは急襲による早期救出を諦めて、ひとまず犯人の車を確認すべく、移動スピードを上げた。

「エマニ。ルートの監視カメラから男の車を探し出せるか」

「可能です。現在探索中」

 数秒の後、エマニが該当者を発見した。

「車は現在停車中です」

「映像に出してくれ」

 再び網膜ディスプレイが開き、車の映像を表示した。周囲の様子から、この映像はコンビニの駐車場に設置された防犯カメラのようだ。大きな黒い車体が駐車場に停車しているが、なぜか周囲に人だかりができていて、車のそばで円陣を作るようにうずくまっている。数人は携帯端末を片手に話していたり、走って店舗に向かう人物もいる。更に注意してみると、トランクが開いているようだった。

 まさか、女性はすでに死亡していて、犯人は逃走したのか?

「僕が躊躇ちゅうちょしていたせいで・・・」

 タイカはマスクの下の顔から血の気が引く音を聞いた感じがして、いいようのない不安と恐怖を感じた。

 現場にたどり着いたタイカは人だかりのそばに舞い降りると、まっさきに「女性は?」と言った。

 すると、人だかりが両側に開いていき、その中央に気を失ったままの女性が姿を現した。彼女はその場に居合わせた女性に上半身を抱きかかえられて横たわっていた。

「生きてるの?」

 タイカがそう問うと、その女性は「えぇ。昏睡状態だけど。今救急車が向かってる」

 ほっとしたタイカは、犯人のことを思い出して周囲を見回した。すると、その様子で察した別の男性が「運転してたやつか?」と尋ねたのでタイカが頷いた。

「運転席で気を失ってるよ。拘束もされてるから身動きできないだろう」

 どうやらまだ生きてるらしい。彼らの話では救急車と一緒に警察も呼んだそうだが、引き渡せばまた何事もなかったかのように釈放されるだろう。現行犯とはいえ、理由はいくらでもでっち上げられる。実際にこれまでもどうにかなってきたのだ。

 かといって、これだけ人が多いところで犯人の命を奪うわけにはいかない。代理防衛という概念は、今のところタイカとジークの間でしか通じない。それを実行すれば、他人の目にはタイカが殺人犯として認識されるだろう。タイカは圧倒的な五里霧中の中をかき分けるように、運転席へ向かった。

 そこで、五里霧中が吹き飛ぶほどの謎がタイカの眼の前に突きつけられる。

 男は確かに意識不明で運転席に拘束されていた。しかし、その拘束具は明らかに車の排気管で、触媒とサイレンサーまでそのまま残っている。排気管は強化ステンレス製で、しかも肉厚もある。これがまるでゴムホースのように、犯人の身体をぐるぐる巻きにしていた。タイカが排気管に触ってみると、まだかなりの高温で、服の上からとはいえ、男の身体は火傷を負っている可能性がある。男は頭はうなだれ、低い唸り声を上げていた。

 タイカは顔を覗き込んで、さらに驚愕した。犯人の額に「私は性犯罪者」という入れ墨が掘られているのだ。

 タイカは先程の男性を振り向いた。

「誰がこれやったの?」

「え? あんたの仲間じゃないのか?」

「僕の?」

「あぁ、見た目があんたに似てたし、同じようなマスクしてたよ。あ、でも俺が『あんたエイリマンか』って聞いたら『違う』って言ってたな」

 そして、彼女はこう付け加えたらしい。

「わたしはフロウ。れっきとした地球人よ」

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