第15話 待っててくれ、ユリ
――日本 京都――
清水寺の舞台に着くと、既に生徒の大半が集まっていた。
みんなそれぞれ持参したカメラや携帯で、京都の街並みの写真や自撮り写真を撮っている。先生の姿は……パッと見では目に入らなかった。
「……リョーヤ、来た。」
「お2人さん、なにしてたのー?」
「わりぃ、お土産選んでたら遅くなった!」
言い訳を聞いた霧峰はニヤニヤしながら「ふーん?」と言ってきた。リンシンは、ポーカーフェイスを崩してない。
「な、なんだよ霧峰?」
「別にー?
お土産を選ぶのに手を繋いでたって、あたしには関係ないしー?」
「手……?」
「りょ、リョーヤ。さすがに恥ずかしい……。」
霧峰のさりげない(?)指摘とユリの恥じらいがなければ、すっかり忘れていた。
思いっきりユリの手を握っていたことを。
今さらながらユリの手を放し……明らかに苦しい言い訳(その2)をしようとした。
「!! あ、いやこれは別にそういう訳じゃなくてだな!?」
ラノベ主人公の吐きそうなセリフを口にしながら、釈明するには時既に遅しであることに気付いていた。
「そういうこと? どういうことかな、《銀氷の剣士》坂宮涼也くーん?」
「付け込むような言い方するなよ!?
ユリからも何か―――って、ユリさーん?」
当のユリは顔を真っ赤にしてうつむいてモジモジしていた。これは到底話しかけても返ってこないだろう。
追い討ちを変えるように、さっきまでポーカーフェイスだったリンシンが白い目で見てきた。
「……リョーヤ、不純異性交遊。」
「してないわ!」
「……舞台から飛び降りる?」
「話を聞け、ってか上手いこと言ったつもりか?」
これでリンシンは頷くから困ったものだ……。反論するのを諦めて、話を逸らした。
「ところで霧峰、先生達は?」
「今あっちでカメラマンと話してるよ?」
霧峰の指差した方向には、カメラマンと何やら神妙な面持ちで話す武田先生と船付先生がいた。
しばらくして話を終えた武田先生が生徒を集めた。
「みんな申し訳ない。機材の準備があるようだから、もう少し待っていてくれ。」
……ということで、俺達は舞台でしばらく待機することになったようだ。
特別やろうと思うこともなく、無心で舞台の上から京都の街並みを見渡す。やはり東京と違い、高層ビルや高層マンションはほぼなかった。
紅葉の季節になったら、さらに良い景色になるんだろうな。
「眺め、すごくいいね。」
そう言いながら隣に来たユリが柵に寄りかかり、同じように街並みを一望していた。リンシンと霧峰は……姿は見えないが、近くにいるだろう。
「うん、さすが千年の古都だよな。」
ユリは「うん」と言うと、訊き辛そうにさっき――清水坂での一件を訊いてきた。
「……ねぇリョーヤ。さっき、その……坂で話してたのって―――」
「あぁ、日笠蘭か。俺の知り合いだよ。
中3で能力が発現して以来、俺のことを散々差別してきた人さ。」
今さら隠すことはないだろうと思い、俺は過去に日笠が何をしてきたかを話した。
ただし、清水坂で日笠が言っていたセリフは言わないようにした。もしも過去にユリが似たようなことを言われてトラウマになっていたら、それは思い起こさせるべきではないからだ。
一通り話し終えるとユリは頬杖をつき、やれやれとばかりにため息をついた。
「そういう人はやっぱりどこにでもいるんだね。
ねぇリョーヤ、知ってる? 《超越者》が確認されてから約10年、世界中で誰一人として、国の重要ポスト――例えば議員とか省庁の役人とかになった《超越者》はいないの。」
「え、そうなのか!?」
「そうだよ。
国際的には《超越者》も人間であり一市民であるなんて言ってるけど、大半の国は正式な労働力として《超越者》を採用するための、いわゆる建前にしているの。
だから例え《超越者》が議員に立候補しても、社会的な信頼が少ない今の状態では当選出来ない……。」
「原因はやっぱり……」
俺の言いたいことを察したユリは「うん」と頷いた。
「私達が異能の力を持っているから、ね。
しかもそういう不当な評価を受けてるのは、大半が《自然干渉系》能力の持ち主らしいの。」
やっぱり、原因はそこに行き着くか。歴史を振り返れば、そういう待遇――いや、差別偏見は当たり前だと言わざるを得ない。
「確か17世紀前後の、ヨーロッパとかで行われていた魔女狩りも、結局は未知の力によって生活や社会が脅かされるっていう民衆の恐怖や、それをいたずらに煽った宗教が原因だったって話だよな。」
「うん。今私達が直面している問題も、似たようなところはあると思う。」
「昔ほど過激じゃないけどな。
ま、つまりはどの時代になっても、魔法みたいな力は疎まれるんだよな……。
って、かく言う俺も《超越者》じゃなきゃ、《超越者》にどんな思いを持っていたか分からないけど。」
「リョーヤ……」
17世紀当時、魔女や異端なんて言われてた人達もこんな気分だったのだろうか。
偏見や、どこからか吹き込まれた固定概念で差別されてきた人達の気持ちが、まるで手に取るように分かる……。
そんなことを思っていると、セッティングを終えたカメラマンが集合の号令をかけた。
「準備が出来ました。みなさん3列でそこに並んで下さい。」
号令によって散らばっていた生徒達が集まりつつあったが、リンシンと霧峰の姿が見える気配が無かった。
「船付先生、リンシンと霧峰がいないんですけど……」
「え? さっきまでそこにいましたけど……」
「ちょっと探してきます。多分近くにいるとおもうんで。」
リンシンを探そうと、列から離れた時だった。
「テロリストだぁぁー!!!」
という叫びと共に、清水寺の奥にいた観光客が一斉に順路を逆走し始めた。逆走してきた観光客は我先にと他人を押し退けて走っていく。
「テロリスト!?」
まさか《希望の闇》か!? どうしてここに!?
それに既に誰かと戦闘をしているようだった。炎の熱が柱を焦がし、風の刃が木の枝を切断していく。
「風……まさか!?」
そのまさかだった。一際大きい衝撃と共に、リンシンと霧峰が舞台の方に吹き飛んできた。砕けたリンシンの《創現武装》、風牙が宙を飛んだ後どこかに転送された。
「リンシン! 霧峰!」
2人のもとに駆け寄り、倒れたままのリンシンを起こした。出血はしていなさそうだ。
「……リョーヤ、京は?」
「大丈夫、霧峰は今ユリがみてる。
ユリ、霧峰は!?」
「気を失ってるけど、外傷は見えないよ!」
良かった。霧峰は戦う術を持っていないから心配したけど、重体じゃないならそれで良い。
にしても、一体何があったんだ?
「……あいつ煌華学園の生徒か訊いてきた。」
「あいつって……俺達を狙ってきたやつがいるのか?」
「……多分。生徒だと分かると攻撃してきたから。」
ふとリンシンの左腕を見ると、ところどころ焦げた制服から赤く腫れた肌が覗いていた。
「リンシン、お前も酷いケガじゃないか!」
「……大丈夫、このくらい―――」
「おいおいもう終わりか? 煌華も大したことないなぁ。」
煽りの声とともに、柱の陰から大槌を携えた男が姿を見せた。大量の悪趣味なピアスを耳に着けた男は、俺達――煌華学園の生徒を見るなり口角を上げた。
「おぉ、こりゃぁいいじゃねぇか!
煌華の生徒さんがよりどりみどり。もぐら叩きにゃあちょうどいい!」
男は大槌を構えると、一直線に距離を詰めてきた。反射的に俺は氷を何層にも重ねて分厚い障壁を構築し、接近を食い止めようとした。
が、接近は妨害できたものの、障壁の層はことごとく呆気なく打ち砕かれてしまった。
「ほぅ、なかなか叩きがいのある氷じゃねぇか。」
男は感心したようにそう言うと、大槌に灼熱の炎を纏わせ始めた。
「ほらよ、これならどうだぁ!?」
男はそういうと炎をブースター代わりにして加速した大槌を、舞台に叩きつけた。衝撃で舞台が大きく揺れ、床や柱に亀裂か入った。
「リョーヤ! これじゃ舞台が崩れちゃう!」
「分かってる!
ユリはみんなの護衛を! 俺はあいつを片付ける!」
「分かった!」
《創現武装》を呼び出す暇はない。俺は床に手をつき、舞台を凍結させた。
「へぇ、舞台を凍らせて崩壊を防いだか。
だがその程度の薄氷、もう一撃ありゃ粉々に―――」
「させるか!」
ミステインを召喚すると、大槌を舞台に当たる直前に弾いた。
「おぉ!?」
「お前、《希望の闇》の一人か?」
「はっ、だからどうしたんだよ!」
「いや、確認しただけだ。
凍りつけ!」
懐に入ると左手を男の胸に当て、その体を氷で覆おうとした。が、さすがに相手は炎使い、全身から炎を噴き出すと氷を溶かしてしまった。
「なるほど……テメェが《銀氷の剣士》坂宮涼也だな?」
男はそう言って不気味に口角を上げた。
「見つけた。」
「何?」
男が小声で何か言ったが、よく聞き取れなかった。何を言ったのか問いただそうとした時だった。
「……隙あり。」
突如リンシンが、今までに感じたことない風圧の風を男に放った。不意を突かれた男は満足に防御することもできずに烈風に晒された。
「なっ!?」
風は男を大槌ごと吹き飛ばし、その身体を太い柱に強打させた。当たりどころが悪かったのか、男は白目を剥いてその場に倒れてしまった。
「……勝てた。」
「リンシン、今の風は?」
「……ここ数日、ずっと練習してた。」
練習の成果ってことか。これは気を抜けないな。って、そんなことよりももっと重要なことがある。
「リンシン、こいつ以外にも仲間はいたか?」
「……いや、見てない。」
「そうか……。《希望の闇》の一員が単独行動しているとは思えないんだよな……。」
以前学園が襲撃された時、相手は複数だった。今回も何か企んでいるとしたら、きっと他にも仲間がいるはずだ。
その予想が合っているとしたら、下手に戦うより隠れた方が――少なくとも俺やユリ、リンシン以外のみんなにとって――安全だ。
「武田先生、破損したリンシンの風牙はどこに?」
「学園の保管庫に戻っているはずだ。あの様子じゃあ丸1日は使えないだろう。」
「分かりました。ならリンシンはここにいてくれ。
ユリもここに残っていてくれ。このみみんなの護衛をしながら、どこか安全な所に隠れてて欲しい。この人数じゃ、動くと目立ちすぎる。」
「残るって……リョーヤは?」
「俺は―――」
脳裏にアキの姿が浮かんだ。《希望の闇》が複数人いるとすれば、テロや戦闘に巻き込まれる可能性はかなり高い。そうなる前に見つけ出さないと。
その時、京都駅と金閣の方向、さらに午前中行ったばかりのラマティスで立て続けに爆発の炎が上がった。
……これで可能性は高かったが、最悪の事態が確定した。
「やっぱりここに来ていた《希望の闇》は1人じゃなかったか。」
「――っ! ラマティスが襲われてるの!?」
「どうやらそうみたいだな。こっちの救援は……無理そうか。」
ラマティスの建物の前で炎や水流、岩石や電撃などが飛び交っているのが見えた。あの様子では防衛戦で手一杯なはずだ。
……そもそもなんで煌華学園の生徒を狙ってたんだ? 単純にあの男がただの戦闘狂だったからか? それとも何か別の目的が……。
ダメだ。現時点では不確定要素が多すぎる。とりあえず考えるのは今はよしておこう。
「誰か、《自然干渉系》の能力で地面を操れるやつはいるか!?」
武田先生の質問に男女の生徒2人が手を挙げた。もっといるかと思ったんだけど、意外と少ないんだな。
「2人共すぐそこの山肌の中に、簡易的でいい、全員が入れるだけのシェルターを造ってくれ。」
「わ、分かりました!」「は、はい!」
指示を受けた2人は山肌に向かうと、手を地面についてシェルターを造り始めた。なるほど、たしかに地下ならバレる心配は地上よりも圧倒的に少ない。
みんなはそこに入るだろう。けど俺は……そうもいかない。
「武田先生、船付先生。お願いがあります。
実は……昔からの友人が京都に来てるんです。《超越者》でもないあの人がテロに巻き込まれたら、きっとなすすべもない。
あの人を守れるのは、この状況で俺だけだと思います。いや、守らないといけないんです。返しきれない恩があるんで……。
だから先生、単独行動を許してください!」
アキを失うわけにいかない。その思いで深く頭を下げた。すると船付先生が屈んで俺の肩に手を置いてきた。
「坂宮君、その人はあなたにとってどんな人なんですか?」
「俺に……目標をくれました。状況が特殊ではありましたけど、命の恩人でもあります。
困難に陥っているなら、俺には助ける義務があります。」
「止めてもどうせ行くのですよね?」
「…………はい。そのつもりです。」
「…分かりました。単独行動を許可します。
必ずその人を助けてあげてください。きっとその人も、あなたに助けを求めているはずです。
武田先生も、それで良いですよね?」
「担任の船付先生がそう言うのなら、異論はありません。
坂宮、くれぐれも死んで帰ってくるなよ。」
「はい!」
「先生出来ました!」
ちょうどシェルターも出来上がったようだ。生徒―――と腰を抜かして逃げ遅れていたカメラマンが入っていく中、俺だけは舞台へと戻って街を見渡した。
煙の位置から予想するに、少なくとも敵は3人。複数行動していた場合は、その倍以上はいると見積もってもいいだろう。
「リョーヤ……」
背後から声がして振り返ると、ユリが不安そうな顔で立っていた。
「ユリ、何してるんだ? 早くシェルターに行けよ。ここにいたら見つかるだろ?」
「でも、リョーヤは入らないんだよね。
ここに来てる友人って……藤ヶ峰さんでしょ? 私も行っちゃダメなの?」
なるほど、俺と先生の会話を聞いていたのか……。
「気持ちはありがたいけど、ユリにはみんなを守ってもらわないと……リンシンのあの状態は万が一何かあった場合、とても満足に戦える状態ではないからね。」
ユリは俯いたまましばらく黙っていたが、ゆっくり近寄ってくるとギュッと抱きついてきた。
「リョーヤが強いことは知ってる。私達よりも、そこら辺の人達なんかよりも、ずっと強いことは知ってる。けど無茶しないかって、私心配なの。
午前中負った傷だけじゃない、ラマティスの本社があるここに来たってことは、煌華学園に来た時と同じかそれ以上の戦力が相手にあると思うの。
そしたらどうしても……リョーヤが無茶なことして死んじゃいそうで……すごく怖いの……」
胸元をつかんだユリの手が……少し震えている。今日だけで俺は何回ユリを泣かせたんだか……。最低だな、俺は。
そんなことを思いながら、そっとユリの頭を撫でた。ていねいに手入れされた栗毛の髪の毛がなめらかに滑る。
「大丈夫、俺だってバカじゃない。世界を敵に回すテロリストを相手に、無謀なことしないさ。
必ずアキを助けて戻ってくる。だからここで待ってて欲しい、ユリ。」
「……うん……うん、分かった。絶対戻ってきて。」
ユリは離れると袖口で涙を拭った。
ユリは自分に好意を持ってくれていることは、普段からの俺に対する態度から察しはついている。だからこそこんなにも心配してくれるんだよな。
……終わったら、真剣に考えてみよう。これからの二人のことを。
「じゃ、行ってくるよ。」
氷翼を背中に生成すると、一番近くの煙が上がっているエリアへと飛び上がった。
「気をつけて」
去り際、そう聞こえた気がした。




