第14話 非人と魅力
――日本 京都――
昼食を終えると武田先生の指示で一度解散、指定された時間に清水寺舞台で再集合となった。
俺達4人はというと、リンシンが興味を持っていた扇屋に来ていた。
「リンシンは扇子とか持ってないのか?」
「……ない。暑いところにいなかったから。」
「そっか。じゃあ良い機会だし、ここで買えばどうだ?
ヒースネスも赤道に近いから真夏は暑くなるだろうし。これから必要にと思うぞ?」
そう言って俺は手前の藍色の扇子を手に取った。
「これはどうだ?」
「……柄が欲しい。」
リンシンは首を振るとしばらく店内を物色し、やがて白い扇子を持ってきた。
「……これ。」
「これって……これもシンプルじゃないか?」
するとリンシンは扇子を広げて絵柄を見せてきた。……絵柄というより、そこに書かれていたのは『疾風迅雷』という四文字だった。
「なぜ……疾風迅雷……?」
「……かっこいい。」
「柄が欲しいって言うから、てっきり朝顔とか花火とかが描いてあるのが欲しいのかと思ったんだけどな……。
そう来たか……。」
するとリンシンは「……おかしかった?」と首を少し傾げた。
「いや、少し驚いただけだよ。それが気に入ったのなら、会計して良いと思うよ。
ところでユリと霧峰は?」
「……2人は先に清水坂に行ってる。」
「そっか、じゃあ会計したら合流しようか。」
「……うん。」
奥で会計をし、2人と合流すべく清水坂を登り始めた。
多くの土産屋が立ち並ぶこの通りには、世間では既に夏休みということもあり、たくさんの観光客でごった返していた。
「この暑い中……よく耐えられるな……」
「……最高気温35度。」
「あー、数字にされると余計暑くなってきた……。
あ、少しだけ冷気を出せば涼しくなるんじゃないか?」
「……変に涼しくて目立つ。」
「ですよね~。止めときます。」
暑い中途方もなく長く感じる坂を登っていると、大きめの土産屋の前で物色している2人を見つけた。見ているのは……どうやら八ツ橋の箱のようだ。
「あそこにいた。行こうリンシ―――って、リンシン!?」
言い終わらないうちにリンシンは人混みをくぐり抜け、あっという間に2人に合流してしまった。
「まさか……八ツ橋目当て? 何だかすばらしい身のこなしだった気がするな……。」
後を追おうとした時だった。不意に誰かに背中から声をかけられた。
「あれ? 何してるの、リョーヤ?」
聞き覚えのあるその声に振り向くと、清水寺にいたはずのアキが立っていた。
「なんだアキか。」
「なんだって何?」
「いや、気にしなくていいよ。今クラスメイトと合流しようとしてたんだよ。」
「あ、そうだったんだ!」
正確には2人のクラスメイトと、1人のオマケだけどな。ってことまでは言わなくて良いだろう。
「そう言うアキは、次どこに行くんだ?」
「金閣寺だよ!」
「それを言うなら鹿苑寺金閣な。」
「別に良いじゃん、細かい男は嫌われちゃうよ?」
「真面目だと言って欲しいんだけどな。」
そんな会話をしながらも、俺の注意はアキの後方に向けていた。
少し離れて腕組をしながら、取り巻きと一緒にこっちを睨んでいる女子、日笠蘭。俺の注意は彼女らにあった。
日笠は俺とアキの会話が長いと思ったのか、大股で近寄ってくると不快そうな顔をして話に割り込んできた。
「ちょっと、あんた、いつまで藤ヶ峰さんと話しているの?
藤ヶ峰さんの旅行の時間を潰すつもりなのかしら?」
「……」
答えない。答えたら次に言われる言葉が分かっているからだ。
「答えなさいよ、バケモノ。」
「ちょ、蘭さん!? その言葉はいくらなんでも―――」
反論しようとしたアキを、俺は手で制止した。せっかくの旅行だ、身内での言い合いは良くないだろう。
「アキ、土産屋はまだまだたくさんあるぞ? 色々回って行かないのか?
ここにしか売ってないものもあるんだから、遠慮せずに行ってこいよ?」
「でも―――」
「不安だ」と言いたげにアキは俺と日笠を交互に見ていたが、しぶしぶその場を離れて人混みに消えていった。
「んで、何だって? 日笠さんよ。」
「まぁ、わたくしにその悪魔の息をかけないでくれませんこと? 魂が刈り取られそうなほど寒いですわ。」
日笠の発言に取り巻きがクスクスと嘲笑った。
やっぱり言われたか。俺が何か言葉を発すると一番最初に言われるセリフ、「まぁ、わたくしにその悪魔の息をかけないでくれませんこと?」。よくも同じセリフを飽きずに何度も言えるものだな。
「その悪魔に話しかけたのはそっちだろ。関わりたくないなら話しかけてくるな。」
大袈裟に腕をさする日笠に言い放つと、日笠は「黙りなさい」と睨み付けてきた。その冷たい視線、昔から嫌ってほど浴びてきたな……。
「あなたみたいな汚物がこの世界にいることが許せません。
そういえば幼少期に化学物質を取り込んだのでしたわね? 体内に毒を取り込んでいる人なんて、身の毛がよだちますわ。」
あーはいはいそうですか。話が脱線してきた気がするぞ? 本来の話題はムダな時間を他人に使わせるな、じゃなかったか?
すると何かに気付いたかのように日笠が手を叩いた。
「あ、ごめんなさい。あなた達はもはやヒトではありませんでしたわね。
《超越者》なんて呼ばれているようですが、わたくしから言わせてもらえば、あなた達はヒトのためにその力を使う、ただの道具に過ぎませんわ。」
――――――――は? 今なんつった? 「あなた達」だと?
「―――おい。」
「なんですか? その口を―――」
「『あなた達』だと? どういう意味だよ、それ。」
日笠はキョトンとした顔になると、呆れたとばかりに首を振った。
「話の中身を理解できなかったのですか? 身体機能は強化されても、脳みそは豆腐にでもなるのかしら。
異能の力を行使する人なんて、ヒトとは言い難いですわ。いや、言いたくもありません。
せいぜいヒト様に付き従って、ヒト様の代わりに戦争で戦って、ヒト様の福利厚生の向上に努めてさえいればいいだけの、あなた達は道具なので―――って、何をしているのですか?」
俺の様子を見た日笠が話を中断し、怪訝な顔をして訊いてきた。
どうしても抑えきれなかった。俺が罵られるのはまだいい。でも他の人をとやかく言う権利は持っていないだろ、日笠。
沸き上がる怒りとともに全身からほとばしる冷気が空気中の水蒸気を冷やし、白い霧となって一帯に広がっていく。
「確かに普通の人では持ち得ない力を俺達は持ってる。
ある人は炎で幻獣を作り出せるし、ある人はかすっただけで重傷を免れない炎を操る。風をまとう俊敏な人もいれば、コンピューター並みかそれ以上の計算力を発揮する人もいる。
お前ら一般人からしたら、俺達は恐怖や畏怖、蔑視の対象かもしれない。」
「ふん、自覚はあるのですね。なら認めても―――」
「けどな! あいつらが道具だと思われる道理は、一切ないんだよ!」
張り上げた大声に、日笠の肩がビクッと震えた。取り巻きも「なんかやばくない?」なんて言い出し、周囲の人の視線も集まってきた。
それでも言わせてもらうぞ。お前らの認識は偏見だらけで間違ってる。
「あいつらはな、どうしようもないくらい他人思いだったり、ただのキザ野郎だったり、クールなのにセンスが今一だったり、いざっときには頼りになる、そんな人達なんだよ。
……確かにあいつらはそれぞれ異能を持った《超越者》だ。けどそれ以前に感情や個性を持った、れっきとした人間だ。
なにも知らないやつが人をヒト扱いしないなんて、傲慢でおこがましいにもほどがある。
俺から言わせれば、お前の方がよっぽど人じゃない。」
「なっ―――!?」
自分を否定されたのが余程頭にきたのか、日笠は耳の先まで茹でたカニのように真っ赤になっていた。
「ふっ、ふざけないでくれませんこと!?
あなた、自分が何を言ってるのか分かっているのですか!?」
「分かってるさ。知らない人のことも含めて《超越者》を罵ったバカに説教したんだよ。」
「バッ―――!!
この非人が! 身の程をわきまえなさい!!」
何をするつもりだったのか、日笠がその右手を振り上げた瞬間だった。人だかりから栗毛色の髪の女子生徒が飛び出し、日笠の手首を掴んだ。
「ねぇ……何してんの、アンタ。」
見知らぬ女子生徒に行動を妨害された日笠は、困惑した顔で問い返した。
「あ、あなたこそ誰よ!? なんの権限があってわたくしの腕を―――」
「誰、ですって?」
見慣れた制服を着たその女子生徒は、日笠の腕をグッと握り締めながら答えた。
「アンタが言うところの、非人よ。」
女子生徒――ユリは明らかに怒気を含めてそう言うと、ゆっくり日笠の腕を捻り始めた。
「アンタが誰だかは知らない。リョーヤと何の関係があるかも、私からしたらどうでもいいこと。
けどリョーヤに手を出そうってなら、私は一切容赦しない。」
脅しめいたセリフを吐くユリとは反対に、日笠は捻られていく自分の腕を見て真っ青になっていた。あの様子だとユリのセリフはほとんど耳に入ってないだろう。
「わ、分かりましたわ! 何もしませんわ!
だから早く、その手を放しなさい!」
日笠はユリの手を振りほどくと、今度は大袈裟にではなく本気で痛かったのか、赤くなっている手首をさすった。
「次はないわ。」
ユリはそう言うと俺の手を引いて清水坂を登り始めた。
「ありがとな、ユリ。」
暴力沙汰すんでのところで助けられた礼を言うと、ユリは「気にしないで?」と返してきた。
「たまたま言い合ってるのが目に入っただけだもん。
助け合いはお互い様でしょ?」
「お、おう。」
まぁ、「非人」って言葉を使ったんだから、見かけてから暫くは話を聞いていたんだろうな。
……ん? 待てよ?
「えっとユリ。まさか俺のセリフも聞いてたのか……?」
ユリはイタズラっぽく笑うと、振り返って自分の口に人差し指を当てた。
「ナイショ! でも、リョーヤがすごく仲間思いの人だっていうのは分かったよ?
ありがとね? リョーヤ。」
そう言ってウインクをしたユリは、――風で髪がなびいたのも相まってか――今までにないほど魅力的でかわいく見えた。
「お、おう。」
「どうしたの、顔赤いよ? 熱中症?」
「ち、違うわ! ほら、早く行こうぜ!」
その場にいるのも恥ずかしくなってきたので、今度は俺がユリの手を引いて清水寺へと駆け出した。




