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その、召喚陣っぽいものが現れたのは、俺ーー菅野公明が、ちょうど高校の修学旅行で泊まってた旅館を出て、貸し切りバスに向かう途中の駐車場だった。
その時、現れた陣(←多分)が囲んでいたのは、俺を含め五人。ちなみに、全員同じクラスだった。
目がくらくらするようなキツい光とともに、どことも分からない方へ引っ張られる感覚が、確かにあった。
ーーこ、これはもしかして噂の、異世界召喚ってヤツですか?
剣と魔法だの、チートだの、無双だのハーレムだの、ありとあらゆる夢だの希望だのが、俺の頭の中を踊った、その時。
唐突に。引っ張られる力も、まぶしーい光も召喚陣も、役目を果たさないままに消滅したのだった。
後には、何事もなかったかのように、その場に呆然と取り残された俺ーープラス、四人。
「なんだ、なんだなんだ?」
「何だったんだ、今の?」
駐車場に残された俺らが、口々にしゃべっていたとき。俺は、確かに見たのだった。俺らのクラスの担任の結城のヤツが、意味ありげにニンマリしながら、俺らの方ーーというか、陣の消えた辺りを眺めていたのを。
ーーちょっと待て、あいつ、何しやがった?
* * * *
イタいヤツだと思われたくないので、大っぴらには口にしないのだが。異世界というのは、実際に存在している。
いや、マジで。
なぜそう断言できるかというと、俺の何代か前の先祖が異世界人だからだ。何をアホなことをと思われるかもしれないが、ホントのことだ。
異世界というのはいくつかあって。異世界から来た先祖を持つ『マレビト』たちが何種族か、普通の顔してこっそり暮らしているんだよ、というのが、普通の人たちは知らない、俺らの身内での常識だった。
その証拠に、田舎のひいばあちゃん家の蔵の中には、何やらオーパーツっぽい道具が転がっているし。ほかの人達が持っていないような、超能力っぽい異能持ちが身内に何人もいる。
実は、ウチのクラスの担任の結城 潮も同族の一人だったりする。
俺とはかなーり遠縁だけどな。一応、ガキの頃からの知り合いで。異能の方も、ちょくちょく見せてもらってたし。
そういう能力皆無な俺は、マジでリスペクトして、シオ兄なんて呼んでた頃もあったりする、んだが。
* * * *
「つまり、何か? おまえが異世界召喚とやらをされるところを、俺がなんかやって妨害したと。つまりそう言いたいわけか?」
修学旅行から戻って、結城の家に押しかけて問い詰めると、逆に問い返されてしまった。
「そ、そうだ!」
「自分で、バカっぽいこと言ってるなぁと思わないか?」
「お、思うけど。でも、絶対、何かやった!」
「証拠でもあるのか?」
「証拠? 証拠って。う……それはその、つまり……俺の直感だ!」
「ということは、根拠は無いんだな。」
「う……ううっ」そ、そうとも言う、けど……。
結城は、わざとらしく溜め息をついて。
「そもそも、俺の異能がどんなのか、おまえ覚えているか?」
「えーっと、『人間映写機』?」
「覚えているじゃないか。それで、どうやって異世界召喚なんか、阻止できるんだ?」
「あー。うーっ」
言われてみれば。俺の親戚が持っている異能は、映像系、というか。”見る”とか、”見せる”とかなんだよな。
遠くのものを見る、遠見とか。隠れたものを見る、透視とか。覚えてるものを、フィルムとかに焼き付ける念写とか。
頭の中にだけあるものを、その場に映して見せる、人間映写機とか(結城がやれるのは、これだ)。
子供ウケする楽しい能力だけど。それで、召喚の邪魔なんかできる方法が思い付かないっ!
頭を抱えた俺を見て、結城は淹れたてのコーヒーをカップに注いで、俺の前に置くと。
「あーあ。相変わらず、勢いで突っ込むばっかで、深く考えない。お兄ちゃんは、おまえの将来が心配だよ」言いつつ、自分の分のカップを手に、向かいの椅子に座る。
「『お兄ちゃん』違うし」
いじけつつ、コーヒーを一口すする。万馬券当てたんで買ったとかいう最新式のコーヒーメーカー、いい仕事しすぎ。まじウマ。
そんな俺の様子に、結城はニヤリと笑うと。
「ま、今回は、おまえの直感が正しかったけどな。あの場に召喚陣が現れるのは分かってたんで、ちょっと邪魔してみた」
と、あっさり認めた。
「は? え?」
つまり、俺らはホントに異世界召喚されるとこだったらしい。んで、結城がそれを妨害しやがった、と。
「なな、なんだって、んな、余計なことしたんだよぉ」
「そりゃ、修学旅行中だったからな。俺が引率するクラスの生徒が、五人もいっぺんに失踪とか、何の嫌がらせだ」
「そんな理由で?」
「当たり前だろ? この不況の時に、責任問題とか、免職とか、冗談じゃねえぞ」
「そんな理由で、俺の夢をツブしやがったのか? いや、マジで?」
「夢、って。おまえまさか、異世界召喚なんかされたかったのか?」
「当たり前だろ? 異世界だぞ? 魔法だぞ? 勇者でチートで無双な、俺のハーレム伝説、どうしてくれるんだよおぉぉぉ!」
ふむ、と結城は腕を組み。
「召喚されたかった、というのは初めてのパターンだな。他の四人の中じゃ、助かったという意見が多かったんだが」
「え? そうなの?」
「何が起こったのか、わかってないやつもいたが。気づいたやつからは、感謝の言葉が聞けたぞ」
「何でまた。あいつら、召喚がイヤだったってことか?」
「むしろ、何で嫌がらないと思うんだ? 三枝のやつ、入院中の妹が心配で、それどころじゃないだろうし。島津はインターハイを控えて、主将が失踪とか大問題だろう? 瀬尾のとこは父子家庭だぞ。あいつがいないと、小学生の弟のメシは誰が作るんだ」
「あー……そういうこと言われると……」
「ちなみに相馬は、できたての美人の彼女と、楽しくラブい時期なんで、召喚なんか冗談じゃないそうだ」
「何だと! 相馬爆発しろ!」じゃなくって。ええっと。
そうじゃなくって。
「でもその。現に、俺らを呼んでる世界があるわけだろ? 俺らが行かないと、その世界のヤツらが、すっごく困ったりするわけだろ?」
「困る、と思うのか?」
「そりゃ、やっぱ呼ばれてるのに、勇者が行かないと。魔王とか出張ってたりするんだろうし……」
「勇者、ねぇ……」
結城は、深々と溜め息をついて。
「召喚理由が、根拠も無しに、勇者召喚 一択か。どこまで残念なヤツなんだ」何やら、ブツブツ言っている。よく聞こえないが、バカにされているような……。
「分かった。この次に召喚陣が現れたら、止めないことにしよう」
「ホントか?」
「ああ。校外とか俺の責任範囲外で起こった場合は、だがな。お前についてだけは、止めないことにする。他の四人に関しては止めるが」
「え、止めるの?」
「当たり前だろ。犯罪を見過ごすわけにはいかないからな」
「え? 犯罪?」
「当人の意思を無視して連れ去るのは犯罪に決まってるだろ?」
「う、ん。まあ……」
そういう話かなあ。そうなのかなぁ……。
何か、五人まとめて召喚って、意味があったりしないのかなあ。勇者だけじゃなく、賢者とか剣士とか、それぞれ役目が割り振られてたりしたら、困るんじゃ……。
いいのかなぁ……。
俺が考え込んでる間にインターホンが鳴って、結城はモニタを覗くと「お、三枝か。ちょうどいい。上がれや」
部屋に上がってきたのは、一緒に召喚されそうになった三枝だった。
「あれ。菅野? おまえも来てたのか?」
「ああ、この間の一件でな」結城が答える。「ま、そこ座れや。コーヒーでいいか?」
「いえ、お構いなく。報告終わったらすぐ帰るんで」三枝は、ちらっと俺のほうを見る。
「大丈夫。聞かれても問題ない。こいつも関係者だからな」
「ああ。先生の親戚でしたね」三枝は頷いて。「じゃあ、一応これ、見積です」なんか書類っぽいものを結城に渡す。
「サンキュ。お、もしかして、かなり割り引いてくれてる?」
「身内割引だそうです。一応、俺が対象者に含まれるんで」
「ほうほう、そりゃ助かるけど。ちょっと依頼内容変更していいか?」
「内容にもよると思いますけど。何ですか?」
「こいつ」と、結城は俺を指さし。「対象から除外してくれ」
「は?」三枝は、首をかしげ。「ええっと。それは、つまり。召喚防止の対象から外すってことですか?」
「そう。異世界召喚、されたいんだとさ」
「あの条件で、ですか?」
「そう」
「……頭、おかしいんですか?」
三枝は、ひじょーに失礼なことを、理解に苦しむ、とでも言いたそうな口調でつぶやくと。なんか、かわいそうなものを見るような眼で俺を見ていて。
--えっと。なんか、話が見えないんだけど。