グリーンフィンガーズ
最近ガーデニングに凝っている。
昨日は垣根の剪定をした。すっかり密に茂り、道路側からは何も見えない上出来ぶりだ。
今日は花を植えよう。
そう思って昨日買ってきたアサガオの種の袋を切ると、見慣れた種に混じって、一粒だけ違う種が入っていた。
大きさは大豆くらいで、色は肌色。
表面にしわが寄っていて、極小の握りこぶしのようだ。
珍しい種だな。
選別作業の過程で混ざったんだろうか?
私はそう思って、朝顔の種をふやかしている間に、この種をざくろの木の下に埋めた。
翌日。
木の下を見て驚いた。
まるで新種のキノコのように、せいぜいマッチ棒程度の大きさの腕が、地面から生えている。
腕の先端には握りこぶしがある。これもまたすごく小さい。
不気味だとか言う以前に、なんとも不思議で・・・・意外と可愛い。
恐る恐る水をかけてみると、少し血色が良くなったように思えた。
新種の植物なんだろうか?
でも、植物でなくたっていい。どっちにしろ、抜く気にはなれないから。
二日目。
私はふやかしたままのアサガオの種には一瞥もくれず、一散にざくろの木の下に向かった。
・・手は少し大きくなったようだ。
タバコ程度の大きさになり、小さなこぶしを空に突き上げている。
血色があまりよくないので、水をかけてみると元気になった。
・・・・この手、肥料はいるんだろうか?
四日目。
あの手、肥料は自分で調達しているらしい。
十五センチ程度まで成長した手は、今日やっと手のひらを開いた。
私はカビてしまったアサガオの種を庭にぶちまけた。
するとあの手は指先をプルプルさせながら限界まで腕を伸ばして、一番近くにあった種をひとつつまむと、一旦ぴょこりと土の中に引っ込んだ。
数十秒経ってもう一度出てきたときには、もう種をつまんでいなかった。
実に利口な手だな、と感心した。
八日目。
昨日、一昨日と私が元気のないざくろの根元に撒いた油かすをつまんでは一生懸命出たり引っ込んだりを繰り返していた。
もうだいぶ大きくなった。
そこでわかったことがある。この手は女性の手だ。
色白で、指も細くて長く、かなり美しい。
九日目。
恐ろしいものを見た。
手は成人女性のものと同程度まで大きくなっている。
今日、油かすがなくなったのでまた撒いてみようかと思案していると、とうとう枯れてしまったらしいざくろの木の下にスズメが跳ねてきた。
手が少し動いたようだった。
スズメは手に目もくれず、地面をつついている。
一瞬の出来事だった。
手は土の中に引っ込み、スズメはいない。
ただ私の目は確かにそれを見ていた。細い白魚のような指がスズメに絡みつき、そのままずるりと地中に引っ込むのを。
地中からはたった一度、細い鳴き声が聞こえた。
・・・明日手を抜いてしまおう。
十日目。
・・・しかし、これをどうやって抜けばよいのだろうか?
素手で抜けば、きっとスズメと同じ目に会うだろう。
縄をかけて抜こうか?
あそこまで成長した腕が、そんなことで抜けるとは思えない。
第一、地中の姿がどうなっているのか知らないのだ。
・・・それならば、枯らしてしまえばいい。
私は手に灯油をかけ、火を放った。
手はびっくりしたようにバタバタと暴れたが、火はなかなか消えない。
手は力なく地中に引っ込んだ。
・・・そしてそれから一時間が経った。
手の生えていた穴から昇っていた煙も、もうすっかり収まった。
もう大丈夫だろうか?
私は手の生えていた穴の周りを蹴り、埋め始めた。
おそらく、生えてこないだろう。
・・・ずるり。
足の下に、いやな感触がした。
「うわッ」
私の足の周りに、子供のものと同じ程度の大きさの腕が数十本、ずるずると地中から姿を現しつつあった。
そして、それらが一斉に私の足を掴んだ。
ずぼっ、という音がして足元が陥没する。
叫び声は、手に口をふさがれて出すことができなかった。
体が地面に飲み込まれていく。
地中は手で埋め尽くされていた。
手が足や腕に絡みつく。
首に絡みつき、襟首からもずるずると服の中に入ってくる。
助けてくれ!
そう叫んだのと、口の中に手がもぐりこんでくるのはほぼ同時だった。