【 BL以外 】 ・翅(はね) ・チョコレートを買いに ・キャンドル物語
キャンドル物語
『シロ』は小さなローソクです。ケーキ屋さんの店先から、大きな誕生日ケーキと共にやって来ました。
「ああ、早くこんなところから出たいわ」
小さなビニール袋の中には、5本のローソクがきっちり並んで入れられています。赤いローソクの溜息混じりの言葉に、黄色いローソクも同じように溜息をついて答えました。
「本当に。早く夜にならないかしら」
誕生日パーティーは暗くなってからです。それまでは袋の中でおとなしく待っていなければなりません。
「せっかくのドレスがシワクチャになっちゃうわ」
ピンク色のローソクが不満声で言います。ローソクたちの体には、この日のために銀紙がくるりと巻かれています。ローソクたちにとって、誕生日ケーキの上に飾られることは名誉であり、晴れ舞台なのです。
「大丈夫。とても綺麗ですよ、お嬢さんがた」
緑色のローソクが目を細めて女の子たちを褒めます。ねえ、と同意を求められて、シロもコクンと頷きました。
「はい、みんな綺麗です」
その言葉通り、赤も黄色もピンクも、そして緑も、みんなとても綺麗です。本当は自分にも空色のラインが縦に数本入っているのですが、あまりにも細いので、ほとんど白一色にしか見えません。色鮮やかな仲間たちと自分を比べたシロは、少しだけ恥ずかしくなって俯きました。
「ところで、今日は何歳のお誕生日なのかしら?」
赤いローソクが思い出したように尋ね、黄色いローソクが声をひそめて答えます。
「それがね、まだ4歳なんですって」
「えッ。4歳ッ?」
ピンク色のローソクが慌てたように聞き返します。なぜなら、4歳の誕生日ということは、ケーキの上のローソクは4本しか要らないからです。皆は互いに顔を見合わせた後、シロの方をチラと見ました。突然みんなから視線を向けられたシロは、オドオドと視線を逸らして俯きます。確かに自分は地味ですが、誕生日ケーキの上に飾られたい気持ちは皆と一緒です。そんなシロに三人娘が言いました。
「可哀相だけど、誕生日ケーキは白い生クリームよ」
「気の毒だけど、白い生クリームに白いローソクは目立たないわね」
「チョコレートケーキだったら良かったのにね」
口振りだけは、さも気の毒そうなその言葉を、緑色のローソクが遮ります。
「そんなことを言うものではないよ、お嬢さんがた」
そして、シロに言いました。
「確かに白い生クリームの上に白いローソクは映えないが、最後まで希望は捨てないことだ」
「はい……」
シロはコクンと頷きましたが、顔を上げることが出来ませんでした。
やがて窓外が暗くなり、リビングに明かりが灯ります。大きなケーキが箱から出されてテーブルに運ばれたのを見て、緑色のローソクが皆に言いました。
「さあ、みんな。胸を張って。『芯』をピンと伸ばすんだよ」
ローソクたちの頭の上には、白い綿糸で作られた芯が可愛らしくチョコンと出ています。真っすぐに伸びた真っ白な芯は、ローソクたちの誇りです。シロも精一杯に胸を張り、芯をピンと伸ばしました。
「わー、綺麗!」
「綺麗だねえ!」
明かりが消されたリビングから、子供たちの嬉しそうな声が聞こえて来ます。いよいよ誕生日パーティが始まり、大きなケーキに色とりどりのローソクが灯されたのでした。
「さあさあ、みんな集まって」
『お母さん』の声を合図に、賑やかなお喋りや笑い声がバースデーソングに変わります。その楽しそうな歌声を聞きながら、シロはポロポロと涙をこぼしていました。そう、シロは選ばれなかったのです。そればかりか、この日の為に着せて貰った銀紙のドレスを剥がされ、暗い部屋の隅にある空き缶の中にポイと投げ込まれてしまったのです。誕生日ケーキの上に飾られることをずっと夢見ていたシロにとっては、まるで地獄に落とされたような心境でした。
「まったく、メソメソメソメソと、いつまで泣いてるんだ。うるさくて寝られやしねえ」
その時、突然誰かの声がして、シロはギョッとして泣き止みます。
「誰か、いるの……?」
暗闇の中で必死に目を凝らしますと、ようやく慣れてきた目に、黒いローソクのシルエットが映りました。
「俺は『クロ』だ。まあ、お前の先輩ってところだな」
何か恐ろしいものではないかと怯えていたシロは、同じローソク仲間とわかってホッとします。
「ああ、良かった……!」
てっきり独りぼっちになってしまったと思っていたので、途端に心強くなりました。
「なあに、もう少し待っててみな。すぐにお前の仲間たちもここへ来るから」
「え、本当にっ?」
クロの意外な言葉に、シロはパッと笑顔になります。
「本当だともさ」
クロはそう答えると、ゆっくりとした口調で続けました。
「なんたってここは、ローソクの墓場だからな」
「ええッ?」
シロがびっくりして訊き返そうとしたその時、頭上からバラバラと何かが落ちて来ます。見れば、それは先程まで誕生日ケーキの上で嬉しそうに焔を揺らしていた筈の、仲間のローソクたちでした。
「残念だったわね、シロ。あなたにも私たちの美しい焔を見せたかったわ」
「みんなが褒めてくれたのよ。綺麗だ、綺麗だって」
「本当に。今思い出してもうっとりしちゃうわ」
三人娘が口々に、誕生日ケーキの上に飾られた時のことを得意そうに話します。
「来年は5歳だから、きっと君も飾ってもらえるよ。シロ」
緑色のローソクの言葉に、しかし、それまで黙っていたクロが、けッ、と吐き捨てるように言いました。
「来年なんてあるもんか。自分たちの姿をようく見てみろ」
不意に水を差されたみんなは、お喋りをピタリと止めてクロを見ます。銀紙を剥がされたのはシロと同じですが、白かった芯はすっかり焦げて曲がっていました。
「ここに入れられた時から、お前たちの運命は決まってるんだよ」
クロの言葉に、それはどういうことかと緑色のローソクが尋ねます。
「花火だ」
クロはそう答えると、他のローソクたちをぐるりと見回して言いました。
「用済みになったローソクは、花火の『種火』にされるのさ」
『花火』とは人間の子供が持って遊ぶオモチャで、先端に火を点けると色鮮やかな炎が噴き出すのだそうです。そして、その花火に火を点ける役目が『種火』なのだとクロが教えてくれました。種火にされたローソクたちは、花火から噴き出す凄まじい炎に炙られ、最後には溶けて黒いアスファルトの隙間に滲み込んでいくのだと聞き、みんなは震え上がりました。
「私はイヤよ!」
「私だってイヤ!」
「来年も誕生日ケーキの上に飾られたいわ!」
三人娘が泣きながら、口々にイヤイヤを繰り返します。そして、互いに顔を見合わせた後、シロの方をチラと見ました。突然視線を向けられたシロは、慌てて視線を逸らします。しかし、いつもは庇ってくれる緑色のローソクも、今度ばかりは無言でした。誰だって自分が種火に選ばれるのは嫌なのです。
「お前はなんで、そんなことを知っているんだ」
緑色のローソクの問いに、クロが視線を向けます。その瞳が一瞬だけ揺れたのを、シロは見ました。
「その場にいたからだ……」
クロの言葉に、女の子たちが絶望を予感して耳を塞ぎます。
「俺は、去年のローソクの生き残りだ」
シロも目の前が真っ暗になりました。
季節は無情にも移り変わり、うだるような夏がやって来ました。缶の底に横たわったローソクたちは、今にも溶けてしまいそうです。と、突然玄関で呼び鈴が鳴り、たくさんの足音がバタバタとリビングに入って来ました。
「おばちゃん、こんにちはー!」
「わーい! 花火だ、花火!」
ついに、この日がやって来てしまったのです。
「はい、こんにちは。花火は暗くなってからね」
しかも、それは今夜のようです。突然の事態に、ローソクたちは青褪めました。
「イヤよ、イヤ!」
「怖い、怖い、怖い!」
「誰か助けて!」
三人娘たちが口々に泣き叫び、緑色のローソクも真っ青です。シロもガタガタと震え出しました。
「姉さん、ローソクあったかしら」
足音が近付いて来て、大きな手が缶の中に入って来ます。そして、燃え差しからがいいよね、と言うと、指先で缶の中を探り出しました。
「ひいッ」
真っ先に摘ままれそうになった赤いローソクが引き攣った声を上げ、他のローソクたちも逃げ惑います。その指先が、逃げ遅れたシロに触れました。
「……ッ!」
シロはギュッと目を閉じて息を詰めます。その時、誰かがドンとぶつかって来て、シロを弾き飛ばしました。
「……ッ、クロ!」
それは、クロでした。大きな手はクロを掴むと、缶の中から出て行きます。シロは呆然と、クロが連れ去られた方を見上げました。
「あら、珍しい色。これもいいの?」
「黒でしょ? 他に使い道も無いから、いいわよ」
「黒じゃないわよ、これ。藍色よ」
声はそう言うと、そうだ、と言って再び缶の中に手を入れます。そして、クロが身を挺して助けてくれたシロを、再び摘み上げました。
「これとこれ、私に頂戴」
「どうせ要らないから、いいわよ」
『要らない』という言葉に、シロは絶望して目を閉じます。そんなシロを、クロが無言でギュッと抱き締めてくれました。
「シロ……シロ……」
いつの間にか気を失っていたようです。シロは誰かに呼ばれて目を覚ましました。確かにクロの声だったと思ったのですが、しかし、キョロキョロと辺りを見回しても、どこにも姿はありません。ハッと思い出して、慌てて頭上を見上げると、まだ『芯』は真っ白で、焦げてはいませんでした。
「良かった……」
シロはホッと息をつくと、再びクロの姿を探します。その時初めて、自分がどこか知らない場所にいることに気付きました。
「ここは……どこ?」
「ここは、別の家みたいだな」
すると、再びすぐ側でクロの声がしました。
「クロ? どこにいるの?」
辺りをキョロキョロと見回しながら尋ねますと、再びすぐ近くでクロの声が答えます。
「まあ、自分の体を見てみろよ」
シロは自分の体を見下ろして、驚きました。
「ええッ?」
なんと、白かった筈の体が薄青色に染まっています。憧れだった色を得て、シロはパアッと笑顔になりました。でも、体は棒状ではありません。どうやら一度溶けたようで、ガラスのような器の底で、水溜りのようになって固まっています。でも、形は変わっても、真っ白な芯はちゃんと水面の真ん中に立っていました。
「どうやら俺たちはキャンドルにされたみたいだな」
シロとクロは一度溶かされ、そして一つに合わされたのでしょう。この綺麗な薄青色は、クロとシロの色が混ざったものだったのです。
「綺麗だね……」
シロがうっとりと言いますと、クロも、ああ、と答えました。
「綺麗だな……夢みたいだ」
その穏やかな声音に、シロはにっこりと微笑みます。クロがとても優しいローソクだということは、今ではシロにもわかっています。
「僕たち、ずうっと一緒だね」
シロの嬉しそうな言葉に、クロが再び、ああ、と答えました。
「ずうっと一緒だ。よろしくな、相棒」
そのリビングはとても静かで、柔らかな光で満ちています。
シロは優しいクロの気配に包まれながら、再びうっとりと目を閉じました。
了