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 島に消えたドクター

 任務は、ジミと言えば地味。

 山口県と愛媛県の境に位置する、瀬戸内海の無人島小()()()(じま)

 さし渡し1キロメートルほどの、東西にやや長い楕円形の島で、ひとつの山を中心に、南側にやや広い入江を持つ。西側にもやや狭い入江があるが、北と東は岸壁で人がうかつに近づけない感じだった。山が真ん中にそびえ、標高は約80メートル。木々に覆われているが沢も湧き水もない。

 哺乳動物については、持ちこまれていない限りは多分、一つも棲息していないだろうという話だった。

 この島にて、一人の行方不明者を捜索する、そして持ちこんだ機材も全て回収、それが今回の任務だった。

 あらましはこんな風だった。

 

 瀬戸内の遊漁船チャーターを営む船長は、ある日予約電話を受けた。

 九州のとある大学で生物学をやっているドクターだと、その男は告げた。釣りではなく、小早瀬島に学術調査に入るので送迎の船を予約したい、調査は三日の予定だと。

 調査は構わないし、小早瀬島への渡しも特に問題はない。しかし現れた男をみて船長は何となくイヤな予感がした。

 相手は案外若い男、三十代半ばくらいのようだった。

 学術調査だというのに助手も連れず、一人で渡るのだという。

 自分で、ドクターの幸田(こうだ)です、と名乗ったらしい。

 小さな島だし、水も食料も島内では調達できないので他の人員がいると準備が大変だし、あまり大掛かりな調査ではないから、今回はこんなものです、と見せた装備もそれ程多いようではなかった。小型テントとシュラフ、小さめのリュック。調査用の機材は大型のクーラーボックスが六つと旅行に使うようなトランク一つ、大きめの木箱が一つ、水と食料がギリギリ三日分。

 木箱の中からひっかくような音がしたので船長が聞くと、調査中に少し実験をするため、モルモットを数頭連れてきた、とドクターコウダは答えた。

「一応指定地域だから、動物は逃がさないようにね」

 と言い添えると、とんでもない、そんなことしませんよ、と真顔で答えたそうだ。

 東西にやや長い島の南側、少し広い砂利の入江にゴムボートで荷物を降ろしたのが3月5日土曜日の早朝。荷物の積み下ろしを手伝い、船長は帰っていった。

 週末をはさみ、約束の火曜日朝。船長は島に渡ったが、入江に人の姿はなかった。荷物もまったく見当たらない。

 そこから少し小高くなった草地も見えたが、そこにも何もないようだった。

 船で島を一周してみたが、見える範囲では何も男の痕跡は確認できなかった。

 この数日間天気が特に荒れたということもなく、問題はなかったと思うのだが、すでに食料も底をついたはずなので見捨てて行くわけにもいかず、船長は船を息子にまかせ、自分も上陸をしてみることにした。船の調子が悪かったため、息子はいったん家に戻り、また夕方島に迎えに来ることになった。

 船は修理に手間取り、結局直るのに夜までかかってしまった。

 息子は少し迷った末、船を出すのを翌朝水曜にした。近所の仲間に助けを求めることも考えたが、父が男からかなりの額を受け取ったと聞いていたため、儲けが減るのを恐れてのことだった。

 ところが、翌朝あわてて島に向かうと、船長も消えていた。息子は今度は母親に舵をまかせて上陸したが、その時、父親が少し上がった草地の隅に倒れているのを発見する。

 うわごとのように、島に入ってはいけない、と繰り返す父親をかつぎ、どうにか船に乗せて家に帰ることができた。

 船長はまるまる二日意識が混濁したまま高熱にうなされた。そしてようやく目を覚ましたのが金曜日早朝のこと。

 島に上がってから倒れるまでの記憶がなく、どうして自分がそんな所にいたのかしきりに首をひねっていた。

 だが、一つだけはっきり

「夜明け近くに、あの男を見た」

 と断言した。

「あの人を見た。更に山を上がって、薮の中に消えていった」と言うのだ。

 島に入ってはいけない、と自身が呟いていたのはどういう意味なのか、船長は記憶がないようだった。だが、なぜかまた上陸して男を捜さねば、と息子が言うと目の色がかわった。

「あの男はもう海に落ちたに違いない、消防か警察に連絡してオレらは関わらん方がいい」

 海防団には近所の連れが多く、言いづらいものもあったらしい。

 船長はまず警察に相談、警察は海上保安庁のツテに相談、しかし遭難信号も出ておらず海に落ちたかどうかも分かっていない、島内の捜索となると警察の仕事では? とラチがあかない。

 そのうちに、男の身元を探っていた警察が、とんでもないことに気づいた。

 自称ドクターの専門分野が、細菌学だったのだ。

 船長の証言と発熱して倒れていた、という状況から見ても、何らかの実験を行っていたのでは、と言いだしたヤツがいた。

 そこで、MIROC(マイロック)に調査と捜索の依頼が回されてきた。船長の意識が戻った、その日の午前中にはそこまで話が進んでしまったのだ。


 他人にマル投げする時には、どこの組織もやることが早い。しかも、表だって言う者はいないが、全国的にMIROCという組織は、警察や自衛官、海保、税関など「ハードな」職種の中でも主に雑用的な任務をこなす、というイメージが持たれていた。

 人手不足の西日本支部から、東日本支部に連絡がきたのが10時半。技術部長から特務課長にファイルが渡ったのが11時。そして、サンライズに回ってきたのが11時半。

「結局、何だかよく分からないことはオレらがやるしかないんだよね」

 ファイルを読みながらも、サンライズはそれでもずっと首をひねっていた。

 大人しくなってしまったローズマリーのことも、何となく気にはなっていた。

 それでも初めて一緒にシゴトができる、といううれしさも半分。

 ヤツにとっては最後の仕事となるし。

 ジミでも無事に、丸く収まりますように。


 どうしてそんな安直な事を願ってしまったのか、いつも後々後悔する羽目になるが、その時にはサンライズにとって、物事はいい方にしか考えられなかった。


 いや、考えたくなかっただけだろう。


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