潮騒のローズマリー
ローズマリーはしばらく海を見つめていたが、そのうち目が痛くなって顔をこすった。
頬がひりひりするような感覚が懐かしい。
海の中の光景が、目の前に次から次へと浮かんでくる。
このあたりにもよく潜ったものだ。陸と同じく、海でもまだ季節は春浅いが、そろそろメバルの群れも見られるだろう、それに色とりどりのウミウシ、イソギンチャク……
透き通ったような明るい色に細工もののような繊細さ、それにすばらしいアワサンゴの群生地。
もう一度あの世界に飛び込むことができれば、何を失ってもいいとさえ思える。
しかし、頭に血腫を抱えた今となっては、海底の圧力変化など耐えられそうもない。
彼は今度は陸地に目をやって、サンライズとマヤラが上っていった崖を見上げた。
この島にも実は何度か上がったことがあった。仲間と一緒に、そして女の子と二人っきりで。そしてたまには一人で。島は全然変わっていなかった。
サンライズの下で働くことが苦になっているわけではない。
サンライズについては、一見真面目で気が弱そう、かなり小心者にみえるし実際やることは細かいが、いざフィールドに出るとリーダーの中でもやることが大胆で、向こう見ずだという印象があった。
いつも隣にいるせいか、案外ちゃっかりした所があるのも知っているし、途方にくれてどうでもいいようなことを相談にくるたびに、案外ガキだなあと呆れることもあった。
一番笑ったのは、「屋外任務の最中にはブリーフとトランクス、どっちがいいんだろうか」と真剣な顔をして聞きに来た時か。
よく感じていた。弟がいたらこんな風なんだろうか?
しっかり者の弟の元で最後のシゴト、しかもマヤラも込みで面倒みてもらえるのはありがたい。
それでも、何故か心が疼く。
常に頭痛に怯えているからなのだろうか? それとも、この海原が常に呼びかけてくるからだろうか?
オマエはここに戻ってくる運命だった、と。
通信機が鳴った。サンライズからだ。
報告を聞いてから、彼はまた沖をみやった。結局、ここから抜け出せないのかも知れない。
オレのせいなのだろうか? 未練たらしいコードネームを選んだところから、人生はおかしくなり始めたのか? それとも彼女の呼びかけに応えようとしなかった時から?
『会いましょう』確かに、書いてあったのだ。あの手紙には。




