第七話 やっちまった
さて、お金の単位やらも大体分かったところで生活必需品でも揃えようか。
今のところ服はこれ一着だけしかない。食料とか小物は意外と荷台に入っているので気にしなくてもいいのだが……あ、荷台もポケットに入ってるぞ? 一応人が居ないときに収納したから見られてはいないと思う。見られてたら黒いの出すの躊躇った意味がなくなる。
俺は立ち止まりながら思案する。目の前に馬車があるが後ろにいるので進行の邪魔にはならないだろう。
「後は……仕事か。一応蓄えはあるが、収入はあったほうが安心できるし……」
一人そう呟いて分割思考に繋げる。
No,0 さて、どうするか。
No,1 働く気満々?
No,0 ん、日本に帰るにせよ生き延びないと。
No,2 妥当だな。
No,3 つーん。
No,0 No,3、ずっと拗ねてろ、静かでいい。
No,1 扱いに慣れてきたね。
No,0 慣れたくなんてなかった。
そんな事より仕事だ。この世界はファンタジーみたいなものだし、ギルドとかありそうな気がする。もし無ければ、扇子作って広めるか? いや、売れなさそうだな。
No,2 やはりギルド探しか。
No,1 その前に服じゃない?
No,0 あー、確かにな、黒は目立ちすぎる。
「となると服屋だが……何処にあるかな」
俺は扇子を開いて自分を煽ぐ。が、俺は忘れていた。この扇子の恐ろしさを。
ヒュパッ!
聞いたことがあるような音が聞こえ、目の前にあった馬車の荷台に亀裂が入る。否、亀裂どころか切れ目が入りズルズルと上半分が落ちていく。そして荷台は下半分に上半分が覆いかぶさるように破損した。
ダラダラ流れる冷や汗。目を見開く業者と思われる男性。
ヤッベーと思いながら逃げる参段を考える俺。弁償してもいいが怒られるのは御免である。
No,1 いや、謝ろう?
No,2 常識だろう。
No,3 せーの、ごペ〇なさい。
No,0 ですよねー。
仕方ない、いや、俺が悪いんだから当然か。こう、この黒いのが俺に住み始めてから罪悪感と言うものが薄くなった気がする。実はヤバイんじゃないのコレ。
するとポケットの入口からニタニタ笑う黒いの。コイツ、謎の生物だからか視線がどこ向いてるのか非常に分かりづらい。目も穴が空いてるだけだし。まぁいいか、とボスッとポケットを押さえて霧散させる。少し黒い靄が辺に散ったが気づきはしないだろう。
その後、謝罪の為に業者に向き直る。業者は今だ固まっており心無しか顔が青い気がする。
「あー、そこの業者さん?」
「は、はいぃぃぃ!」
「この馬車は業者さんの馬車?」
「え、あ、こ、この馬車ですかい? い、や、その……」
言いよどむ業者を他所に、俺は馬車の中身が無事か覗き込もうと―――――
「わぁぁぁぁ!? 待ってくだせえ!」
「……? 何か不味いものでも?」
「そそ、そんな事はありやせん!」
「………………」
「ほ、ホントですぜ?」
んーなんて言うんだろうか……小物臭? この喋り方が拍車をかけてる気もする。
取り敢えず荷物を覗き込むことを止められたので余り確認することが出来なかった。一応見えたには見えたのだが上半分が覆いかぶさっている事もあり、鉄の檻の様なものしま見えない。更に俺から見ると後ろ側だからか鉄板で中身は見えなかったので諦めて業者さんに向き直る。体は痩躯で手足がひょろ長くとても細い。俺でも折れそうな気がする。
「ひ、ひぃぃ!?」
突然怯え出す業者さん。俺は何事かと業者さんに近づく……が、全力で後ずさられる。
軽く傷つくぞ? これが女性だったら一日体育座りで部屋の隅行きだ。
「あー、そんなに逃げないでくれません? 取り敢えずすみませんね、馬車壊しちゃって」
「そ、そそそうだ! べ弁償だ弁償! 金貨五枚!」
「ん? 金貨五枚? ちょっと高くないか? ああ、荷台込での値段か?」
するとビクリと体を震わす業者さん。何だか俺を見る目が恐怖一色に染まってるんだが?
俺は更に精神的ダメージを受けながらポケットを漁り金貨を七枚程取り出し、馬車の荷台の上に載せる。直接渡そうとしても逃げられる気がしたからだ。それと二枚オーバーなのは俺の謝罪の気持ちと言うことで。
「ホントすみませんでした。この扇子、物騒なの忘れてて……」
パンッと開くと、扇子の表面には幾何学模様。
それを凝視している業者さん。俺はこの業者さんが扇子を欲しがっているのかと思い、
「この扇子も要りますか? よければ差し上げますけど……」
「ああ、あああ、悪魔…………ぶくぶくぶく」
「え、あの、ちょっと!?」
……泡吹いて倒れる業者さん。するとガシャガシャと鎧の擦れる音がする。これは門でも聞いたことがある。恐らく騎士団か何かだろう。まさか、この騒ぎを聞きつけて俺を捕まえに!?
ゆっくりと振り返ると、魔道具と思われるイヤリングが光り何処かと連絡を取っているような騎士が一人、野次馬に紛れ込んでいた。その騎士は俺と目が合うとサァッと顔を青く―――――ってか、なに、俺そんなに怖い顔してるの?
とても気になった俺はナイフを取り出し顔を反射させて確かめる。ビクゥッと騎士の人が数センチ跳んだがそれどころではない。
「…………問題ないよな?」
写る顔は普通そのもの。ドコも怖がる要素がないと思うんだがな。
No,1 そのナイフじゃない?
No,2 いや、その前からこの反応だろう。
No,0 でも、ナイフも一理あるな。
俺はナイフを皮ベルトに戻す。
さて、取り敢えず逃げようか。捕まりたくはないし、弁償もしたし。なんか業者さんすみません。次からはちゃんと気を付けて使いますんで。
そして俺は荷台を振り向き、その惨状に苦笑しその場を後にした。
俺、カイル・クォーツは騎士だ。
この街、マリアルセルの騎士団に所属していて今日は偶々巡回の当番で街を回っていたんだ。そんな時、魔道具のイヤリングを通して通信が入った。
どうやら前からマークしていた奴隷商人が街に入ったらしい。
そこで俺はより注意深く辺りを巡回し、怪しい風貌の痩躯の男を発見した。その男は似顔絵と似ているし馬車も引いている。当たり、そう思った俺は後をつけた。
そうやって街中をぐるりと回って少しすると馬車が止まり、痩躯の男が出ていく。恐らく昼ご飯を買いに行ったか食べにいったのだろう。可能性としては買いに行ったが高い。馬車を残して長時間過ごしていれば盗まれることが多いからな、短時間で買って馬車で食べれる方を選ぶだろう。
「さて、どうしたものかな」
今がチャンス。だが、俺達騎士は何の確証もなく荷物を調べることなんてできない。もしそれがハズレで普通の商人だった場合、とんでもない賠償金やら処罰があるのだ。そしてソレは、騎士団の名に泥を塗る。
故に、様子を伺い尻尾を出すまで粘るしかない。無論、街から出ると言うのなら処罰覚悟で確認に出るつもりだ。それからジッと馬車を観察するが、荷台は中身が見えず進展はない。そんな時、その馬車の背後に一人の少年が現れた。
黒髪、黒服、金の装飾。見た瞬間、心臓が掴まれたような恐怖が俺を襲った。
(ま、まさかアレはッ!?)
最近噂に出ている、願いを叶える悪魔。
特徴はあっているし、もしあの荷台に奴隷が乗っているならば助けを願っている可能性が高い。
(悪魔は、声に出さずとも願いを読み取れるのか?)
なんと質の悪い。そんな事では口にせずとも願ってしまった瞬間アウトではないか。恐ろしすぎる、あの悪魔。
すると悪魔、少し考える様子を見せたあと、
「となると服屋だが……何処にあるかな」
と呟いた。それが聞こえたのは偶然だった。
服屋、それはまさか、奴隷の為も物か? あの悪魔は既に伝承通りの服を来ているし、必然的にそうなる。だが、噂にきく程残酷ではないような気がする。奴隷に服を買う、ああ、そう願った者がいるのか。
納得がいった俺は、再び悪魔に視線を戻す。するとどうだろうか、悪魔は謎の道具を取り出し、それをひと振りした途端―――――
―――――馬車がズレた。正確には、上半分がサックリと切られズルズルと落ちいく。
(なんて事を!)
中には人がいるんかも知れない、否、悪魔がいる=人がいるなのだから人がいるはずなのだ。なのになんだ、その危険な一撃は。アッサリと荷台を切り落とし、中から鉄の檻が見えてくる。
これでは奴隷が野次馬に見られてしまう。見られてしまえば、開放されても待つのは迫害だ。俺は焦って止めようと思ったが、荷台の上半分は、奇跡的にも鉄の檻に覆いかぶさるように落ちたため中身は見えないようになっている。カバーできなかった後ろの方は元々鉄板状態なのか中身は見えない。
しかし、騎士として鍛えた俺の視力は捉えた。中で震える人々を。それは俺がいる場所からしか見えないような絶妙な瞬間。これも悪魔の仕業かと思うとゾッとした。
すると案の定、悪魔の方向から視線を感じた。慎重にそちらに視線を向けると、顔を青くする痩躯の男とそれを見ている悪魔。そして、俺を見ている黒いナニカ。
(な、なんだ、アレは……)
鳥肌がたつ。おぞましいナニカ。
俺はあんなものをポケットに入れ平然としている悪魔が分からなかった。