第六話 買い物をしよう
翌日、起きたらもう昼でした。
慣れない寝床では十分に休めなかったのか、疲れが完全に抜けていなかったようだ。久しぶりのベットでぐっすりと眠ってしまった。
「……時間も時間だし昼ご飯だよな」
ここを出て、何かお店を探してもいいがお金の使い方がよく分からない以上それは避けたい。
ということで、小太りな男性から貰った食料でも日持ちしなそうな物を選んで適当にかぶりつく。この食料、粉や米みたいなものも入っており調理場を借りられるなら何か作ってみたいものだ。
そんな事を考えながら、今だ味わったことのない味に舌づつみを打ちつつ今日の行動を考える。
「先ずはお金か。余裕があっても使い方が分からなきゃ意味がない」
だからこうして食料を消費している訳だ。ああ、そうだ、制服のポケットというか黒いのの謎空間だが、鮮度を保つことまではできないらしい。むしろ落ちる速度が早くなる。まぁこれは食料に限っての事なのでそこまで大事に考えてはいない。
最後にパンをゴクンと飲み込み立ち上がる。
寝る前にかけておいた制服に袖を通し着込み、部屋の外へ。無論、鍵は締め忘れの内容に確認してから一階へ。そのまま外に出る。
「……やっぱ、地球じゃないよな」
先日は余り余裕がなかったのでよく見ていなかったのだが、昼まで寝込み精神力を回復させた今の俺にはこの街並がいやでも目に入る。デザイン的にはヨーロッパ風のファンタジー定番の外装。ただ、ここの住人の着ている服は中々カジュアルだ。タンクトップも入ればボトムズを履いている人もいるし、スニーカーらしきものまである。
俺の服装がそこまで浮いていないのはその御陰か。
「ま、それよりも買い物だ」
首筋に、青い紋様を浮かべ分割思考を使う。
―――分割思考開始―――
No,0 じゃあ各々記録しておいてくれ。
No,1 任せる。
No,2 了解した。
No,3 絵日記風に提出する。
No,0 No,3、やれるもんならやってみろ、褒めてやる。
昼だからか、店の前には行列ができていたり香ばしい匂いだ充満している。どこも稼ぎ時なのだろう。俺は人混みにまぎれ、人の波に逆らうことなく流される。途中、興味惹かれるものがあれば抜け出せばいい。
何度がゴツンをぶつかることもあったが、東京のラッシュと比べれば屁でもない。そうこうして流されていると、一段と活気のある所に出てきた。そこはかなり大きくスペースが取られており、様々な出店が並んでいる。
No,0 よし、ここで始めよう。
No,1 おーけー。
先ず俺が訪れたのは串焼きの肉が売っている店だ。そえを少し遠目で見つつ、店主の言う金額と客の払う金額とを比べ、どれがどれかを確かめる。
「二本で30セルツだ」
「30ね、んじゃこれで」
客が出したのは銅貨三枚。店主は丁度だなと呟く。
No,0 つまり、銅貨一枚10セルツ。
No,1 予想の範囲内だよね。
No,2 銀貨一枚が100セルツだったからな。
No,3 カキカキ。
No,0 あと残る硬貨は半銅貨、半銀貨、金貨、白い硬貨だな。
No,1 半ってつくのはやっぱり半分の価値かな。
No,2 可能性は高い。少し試してみるといい。
No,0 んー、もう少し様子見してからにしよう。
No,3 カキカキ。
No,0 …………。
さて、本当に書いているらしいNo,3は置いといてもう少し見て回ろう。
「次は……あの店行ってみるか」
俺が見つけたのは武器やらが売っている露店だった。あそこなら使う最低金額もそこそこ高いだろうし金貨の価値をこの目で見ることが出来るかもしれない。
まぁ他にも興味という理由があるのだが。だって憧れないか、剣とか盾とか。実際振るうのは勘弁願いたいが見てみたくはないか、触ってみたくはないか?
No,1 No,0も少年だったんだね。
No,0 そら、高校三年の青少年ですから。
No,2 やれやれだな。
露店には、何処にでもありそうな無骨な剣から、装飾があり気品漂う剣まで販売されている。他にもナイフやダガーまである。
No,2 ふむ、ナイフは必需品ではないか?
No,0 あー確かにいるかも。
No,1 結構安いし、銀貨で変える範囲内じゃない?
No,3 …………。
んー、見る限り値札は100セルツから2000セルツ。恐らく材質の関係で値段が違うのだろう。今、俺の所持する銀貨は四十九枚。問題はないのだが……。
No,0 やはりもう少し様子を見よう。
No,2 やけに慎重だな。
No,0 んー、体に染み付いた貧乏性だな。
No,1 ?
No,0 苦労学生は大変だったって事。
そうやって遠目で武器屋の品を眺めていると、何人かのお客が武器を見繕い買っていく。しかし、支払いは全て銀貨、銅貨、それと半銀貨、半銅貨だった。
見たところ、客の買っていった武器の最高金額が5000セルツだったところを見るに、金貨の価値はそれ以上なのだろう。と、なるとこの白い硬貨は一体幾ら?
「俺、とんでもない額貰ってしまったんじゃ?」
No,1 今さらでは?
No,2 それより、そろそろ動いてはどうだ?
No,3 ペタペタ。
No,0 そうだな、上手く演じてみるか。
No,1 賛同。
No,2 舐められれば足元を掬われる。
No,0 だから演じる。
「……よし、行くか」
俺は露店に足を向け歩く。それこそ堂々と、戸惑いなく。まぁそれは外面だけだがな。
No,1 自慢にならない。
No,0 いいんだよ!
No,2 ……そういえば、No,3は何をしている?
No,0 そういや静かだな。
No,1 本当に絵日記風に記録してるんじゃない?
No,0 まだ書いてるって……阿呆なのか?
No,1 分かってたこと。
No,3、残念すぎる。
そして辿り着く俺。
「いらっしゃい。何をお求めだ?」
店員さん、それも無骨で厳ついヤクザみたいな男性が声をかけてくる。
俺は少し動揺したが、何とか押し隠して用件を伝える。
「俺でも扱えそうな剣を。それとナイフの補充に」
「剣とナイフか……そこのナイフでも見て少し待て」
そう言うと店員さんは俺を一瞥してから飾られている剣と樽に入っている剣を取り出しあーでもないこーでもないと思案し始める。恐らく俺に適した剣を探してくれているのだろう。
外見とは違う、とても善良な店員さんだったらしい。疑った俺を許してください。
No,1 口で言ったら?
No,0 無理。
No,2 無駄なところで小心だな。
No,0 慎重と言いなさい。
俺は適当にナイフを選ぶ。どれも大きさは変わらないが形が違う。ククリナイフみたいな物もあれば、果物ナイフのような物もある。正直、俺は荒事に関わるつもりはあまりないから果物ナイフ位でいいんだが……。
No,1 念には念を。
No,2 あって損はないだろう。
No,3 アートナイフ買って。
No,0 絵画!?
というかあるのか此処に。
「って……ちゃんとあるし」
が、買わない。買っても使い道ないしな。
俺はアートナイフを置いて他のナイフを手に取る。やっぱり剥ぎ取りナイフとバタフライナイフの両方を買っておいたほうが後々いいのだろうか。
No,2 出来ればコンバットの方が良かったのだが。
No,0 流石にねぇよ。
No,1 じゃあいいんじゃない?
No,3 ……アートナイフ。
No,0 結局『惨劇必殺』纏わせるしな。
No,2 その時の光景が想像しがたいな。
という訳で俺はこの二本のナイフの購入を決めた。値段はそれぞれ700と1800セルツの計2500セルツ。後は剣次第なのだが……。
「待たせたな」
丁度店員さんが戻ってきた。
「見たところ、素人のようだし普通の変哲もない剣でいいだろう。ただ、重心が安定してない剣を振るうと型におかしな癖が付くからな。少し慎重に選ばせてもらった」
感動した。
この世界に来て初めて感動した。
「じゃあ、その剣とこのナイフで」
「分かった。剣の方は芯にアダマンタイトが少量使われているから少し値段が張るが問題は?」
「金貨一枚あれば足りますか?」
「金貨? それは勿論余裕だろう。なんだ? そこまで高いと思っていたのか?」
訝しげに問うてくる店員さんを前に、苦笑いをするしかない俺。もう演技は疲れました。
「まぁいい。ナイフ二本で2500セルツ、無銘の剣一本で3000セルツ、計5500セルツだ」
俺は金貨を一枚取り出し、店員さんに渡す。
すると店員さん、本当に持ってたんだなと少し驚いた様子で精算を始める。あれか、この歳で持つには大金と言うことか。となるとこの白いのは? とまた考えてしまう。ま、もしかしたら銅貨以下の可能性もあるがな。
店員さんは小さな袋に銀貨を入れている。その間に俺は買ったナイフを付属の革ベルトに入れて腰にかける。バタフライナイフの方は折りたたんでポケット行きだ。そして剣を手に取る。
「……重いな」
ズッシリとした質量が感じられる。これを振るうのは少しキツイかもしれない。あれだな、筋トレでも始めなきゃダメかもな。そんな事を思いながら剣も付属のベルトに差し込んで腰に。うん、重い。
「待たせたな。お釣り、94500セルツだ。よって紙幣九枚、銀貨四十五枚だ。一応それぞれの枚数を数えてくれ。それと、その革袋はオマケだ」
そう言って戻ってきた店員さんが俺にお釣りの入った革袋を渡してくる。
それにしても紙幣と言ったか? この世界には紙幣も存在したのか。
No,0 さて、金貨の値段が分かったな。
No,1 10万セルツ。
No,2 驚きだな。
No,0 銅貨10セルツ、銀貨100セルツ、金貨10万セルツ。
No,1 紙幣は店員さんの言葉から、一枚1万セルツかな?
分けた思考内で、金額に関する問題に一段落をつけ、一応革袋の中身を確認する。
「んー、大丈夫です」
「そうか。剣とナイフに刃こぼれが起きたらまた来い。修理してやる。まぁ金は取るがな」
「了解です。それじゃ、お世話になりました」
俺は軽く一礼してからその場を去る。
いやーいい人だった。