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短編

異世界の王子は野ばらの毒がお好き

作者: 秦

私は生前、地球に住む普通の女子高生だった。だった、というのは語弊ではなく真実過去の事であるからだ。現在の私は、とある国の三大侯爵家と呼ばれる兎に角お偉~くてお金~持ちな家の令嬢なのである。


事の発端は16年前まで遡る。

16年前、私はステッラデボネ家の長女として生を受けた。始めて見たのはとてつもなくダンディなおじさん(※父)と鼻血が出そうなほどぼっきゅんぼんのレディ(※母)である。ンだこれぇえええええと言う絶叫は高らかな産声へと変換され、気づけあれよあれよと言う内に5歳まで成長した。それまでの生活は何不自由なくと胸を張って言える贅沢なものだった。以前は体験したことのない豪遊生活に私はすっかり身も心も捕らわれてしまった、同時にそれを行使するだけの責任と努力を強いられたがまあそれはこういう生活をさせて貰っている分仕方のないことだと割り切り務めた。


そして5歳の冬狩りの季節、私は聖ステラ祭(※前の世界でいうクリスマスみたいなもの)にて初めての社交デビューと言うものをすることになった。私は母が買ってくれた桃色の流行のドレスに身を包み父にエスコートされて祭典の会場である王宮へと向かった。そう、王宮である。この国には王宮!つまり王子様がいるのである!

父は三大侯爵と言うだけあって、もちろん今の国王様とは顔馴染の中である。仲が良いかと言われれば母は「喧嘩ともだちよ」と言っていたけどまあ気にするなかれ、それは私とまだ見ぬ王子様とは関係のない話だ。色々面倒な挨拶をそつない笑顔でこなし、漸く王子様とご対面と相成ったが___私は絶句した。


「はじめまして…アドニスです」


そう言って大きな金色の瞳で私を見る王子様___私は彼を知っていた。

それを皮切りに、私の中で豪遊生活の所為で遥か彼方に封じられていた前世の記憶がぶわりと甦ってくる。ヒントは沢山あった、なのになんで気づかなかったの私___!!


「えっと、仲良くして下さい」

「断る!!!」


あ。

そう思った時には遅く、それまで慎ましやかに行われていた祭典はお通夜の様に静まり返った。おずおずと手を差し伸べてくれた王子…アドニスが目を潤ませて「そ、そっか…ごめん」と思わず謝りたくなる顔で言うも、私はそれを必死に堪えて口をへの字に固めた。ああ…!王子様、結婚したら更なる豪遊生活…!なんて美味しい響きだろう、だが駄目だ。それはできない、なぜなら___


(彼はもう直ぐ来る異世界の女の子と結婚するから___!)


5年目にして気づいた真実は信じがたいが、ここがライトノベルの世界であるという事だった。タイトルは忘れたが、それなりに好きで何度も読み返していた小説なので内容は覚えている。___主人公は、異世界からやってきた一人の女子高生だ。ちなみに彼女は前の私の故郷「地球」から、このゴシックファンタジーな異世界にやってくる。

ストーリーは王道を行く、いたってシンプルなもの。異世界から召喚された少女は「異界の巫女」として王宮に迎えられ、王子アドニスと恋に落ちる。途中様々な難関があるものの、二人は無事に結ばれ最終巻では子どもまで拵えている。そんな二人の恋路を邪魔する者は多く、王宮の若き神官や猛る騎士、その他に他国の王子様なんて奴もいる。でもその中でも最後の最後まで「コイツうぜぇ!しつこい!!」とまで邪魔してくるキャラがいた。アドニスを盲目なまでに愛する三大侯爵家の成金令嬢(・・・・・・・・・・)……ハイデローゼ・ステッラデボネ。まあ要するに「私」である。


「可愛いローズ、どうしてあんなことを言ったんだい?」

「私は王子に嫌われないといけません」

「ナイスな心意気だね」


祭典から帰ると、父になぜか褒められた。

自分の「役目」を知っていきり立つ私に父は「良いぞ」「もっとやれ」「父はお前の見方だ」と、まるで野球応援しに来た中年ファンの様にファイティングポーズで応援してくれた。暫くして執事のセバスチャンと母に止められて説教されていたが私は知らんぷりして逃げた。これからやらなければいけないことが目白押しだ!


小説で得た知識通り、私はアドニスの婚約者候補として度々城に呼ばれた。そうでなくても、私は度々城に父の仕事見学と銘打って遊びに行った。全てはアドニスに嫌われるためである。小説では彼は酷く「私」を苦手としていた。私は未来に現れるヒロインのために、相応に彼に嫌われる必要性があるのだ!…と、良い暇つぶしを見つけ____じゃなくて、役者としての使命感に燃えた私は思いつく限りの嫌がらせを彼に実行することにした。


顔を合わせれば如何に自分が良い生活をしているのかつらつら聞かせ、アドニスが1人でいるのを見つけては転ばせ、年頃の子が集まって話をする時は意図的に彼を会話に参加できないようにした。他にも、彼の気に入りの本を業と高いところに隠したり、蛇の抜け殻をそっと布団に忍ばせたり、仲良くなったシェフに彼の嫌いなものを好物と偽って教えたりもした。元々性格が悪くSっ気があったお蔭で、アイデアには事欠かなかったし、その度に彼が驚いたり泣きそうな顔をするのが段々楽しみになっていった。だから私の行動はエスカレートした。でも不思議と、王宮に出入り禁止となることはなかった。


そんな幼少期であったが、私は自分のすべきことは確りと熟した。悪戯と嫌がらせというものは、自分が成すべきことをした後でやるから最高に楽しい、それが私のモットーだ。だから泣くほど嫌でもピアノのレッスンは熟した。死ぬほど嫌いなマナーレッスンも一度も休まなかった。センスが無いと罵られる流行のレッスンだって頑張った。と、言う訳で、私は16歳になる頃には完璧なレディとして沢山の婚約話が舞い込む様になった。


アドニスと出会ったのが5歳の時、それから11年。欠かさずにして来た嫌がらせにも飽きが来た私は___というか、彼の反応が最近完全にパターン化してきてまったく楽しくなくなってきた私は、少々進路を変えることにした。11年もあんなことやこんなことをしたのだ、十分もう彼にはトラウマを植え付けただろう。そろそろ自分の身を固めなければと、女心に思ったのだ。ヒロインが来るのは確か彼が20歳の時だから後、2年ということになる。そして結婚にこぎつけるまで1年近く掛かる、それまで私は「役」を演じなければならない。となれば今の内に身を固めておくのが最善だ。


私は役を完璧に熟す決心がある、でも自分の身を疎かにするつもりはまるでない。


(ともなると…なるべく柔軟な考えができて優しい人がいいな。Mっ気があるとなお良し)


そんなこんなで初めて婚活。最初は直ぐに決まるだろうと高を括っていた、だって一日に15通もデートのお誘いが来るんだよ?これはもう私モテモテじゃん。そう思って疑わなかった___なのに、何故か婚活は上手くいかなかった。


これは良さそうとお返事を送っても何故か返信が来ない。14通目くらいでこれは可笑しいと思い、手紙を執事に渡すのを止めて態々自分でポストまで入れに行った。そしたら返事が返ってきた。偶々玄関を通りかかった私はそれを意気揚々とメイドから奪った。何故か彼女たちは酷く狼狽していたが、気にせずその場で開封して中身を見た。返事は上々であった、会いたい節が書いてあったので私もその場で返事を書いてメイドに預けたのだが…やっぱり返事はなかった。なんでだ。


そんなことが半年も続けば、流石の私もメイドや執事が絡んでいることに気づいた。犯人は誰だ。ちょっと過保護な父か?はたまたボケたふりして強かな母か?イケメンちょいシスコン気味の兄か?もしや私につんけんしている妹?…見当がつかなかったので、私は強硬手段にでることにした。親友とは言い難いできればお近づきになりたくない子爵家の令嬢…別名、男好きのレイチェルに「今日、開催される最高のパーティーに連れて行って」とお願いしたのだ。レイチェルは二つ返事で了承した、やっぱりメイドは顔を青褪めさせていた。


そうして私は夜会に参加した。私が参加することになったことは即日のうちに知れ渡ったらしく、本当は参加する予定じゃなかった良い所のイケメンが沢山来た。皆がお姫様みたいにちやほやしてくれるのに内心ひゃっほーい!とか思いながら私は良質な物件を見極める為に沢山のイケメンに頬にキスして貰った。転生人生さいこぉおおお!


そんな感じで、その日の帰りは酷く遅くなった。最後に一番良さそうな子と馬車の中でおしゃべりしたが思っていたよりも強引でふてぶてしく一気に夜会で燻った胸の熱が冷めてしまった。父と母が寝入っている中、私は風呂でお酒と煙草の匂いを消して早々にメイドを下げた。疲れているがどうも寝入れなくて寝室の1人掛けのソファに身を埋めていると、不意にかちゃんっという音がして目が覚めた。


「こんばんは。久しぶりだね、ハイデローゼ」

「アンっ____!!?」


叫ぼうとした口は添えられた手に拒まれた。唇の少し手前に手を翳し「静かに、皆が起きちゃう」と言う男はどっからどうみてもあのアドニスだった。

予想なんてしているはずもない訪問者に魚みたいに口をパクパクさせる私に、まるで夜盗のような深い色のローブを纏うアドニスはぱさりフードを取って何事も無かったかのように侵入を果たした窓を閉める。てかその窓カギかかってたでしょっどうやって開けたの!


「こんな所で何をしているの、アドニス!」

「…何って、君に会いに来た。ローズ」


そう言って笑うアドニスに、私は漸く頭が冷たくなるのを感じた。


「…その様なことを聞いている訳ではなくってよ、王子様?」

「あれ、口調戻しちゃうの? 僕はさっきのローズの方が可愛いと思う」

「それは失礼、ですがこちらが本来の私ですわ。それと王子、私の事は___」

「解ってる。『愛称で呼ばないで』でしょ、11年も口酸っぱく言われてるんだもの、解ってるさ」


じゃあ呼ぶな。そう思うも、顔には出さずニコニコと笑って見せる。どうして此処にアドニスがいるのだろう、てか王宮から此処まで結構距離あるよな?まさか一人で来たとは言わないでくれよ。


「ところで王子、この様な夜分に一体どうしたのですか?」

「野暮用でね。この辺には小さい頃から良く来るんだ」

「それは初耳ですわ」

「だろうね、君には見つからない様にしていたし」

「フフ、意地悪な人。我が領地の商は王子様の興に値いたしまして?」

「うん、特に可愛いウサギを見るのが楽しみでしょうがない」

「ウサギ?」

「そう。ところで、僕も座りたいんだけど…椅子は、」

「ご生憎様、報せも無く窓から入ってくる不法者に勧める椅子は、このステッラデネボ家には一脚もありませんわ」

「そう、じゃあここでいいや」


そう言ってニコニコと私の足元に座るアドニスに、私はひくりと引き攣る眉間を隠せなかった。嫌味を軽くスルーかよ。それに気づいているのかいないのか、アドニスは嬉々とした顔で続ける。


「意地っ張りだけどとても臆病な子でね、遠くからこっそり見ていないと直ぐに穴倉に隠れちゃうんだ」

「? ああ、ウサギの話ですわね」

「うん。でもとても優しい子なんだ、ちょっと我儘なんだけどそこも可愛い」


ウサギに優しいも我儘もないだろう。そう思うも、私は口に出さずに当たり障りのない返事を選んだ。


「その様に気に入られたのなら、王宮のご自分の部屋にでも連れ帰ったら如何ですか?野良なら問題はありません、商品なら買えば良いでしょう」

「…僕もそうしようと思っていた」

「なら必要事は私が手配いたしま___っ」


「髪を下ろしてるの珍しいね、ローズ」


くんと引かれたと思ったら、私の自慢の髪が何時の間にかアドニスの手に弄られていた。無性にイラッとしたので、私は強めに彼の手を叩き倒した。


「勝手に障らないで下さいまし、不愉快ですわ」

「…ごめんね、ハイデローゼ」


業とらしく、今度は愛称で呼ばずにアドニスは笑った。そうしてすくりと立ち上がる彼に漸く解放されると嘆息するも、直ぐに彼の言葉は続いてしまう。


「ウサギの話に戻るけど…大丈夫、お手伝いはいらないよ」

「…左様で」

「うん。僕が最初に目を着けたものだからね、ちゃんと僕が、僕の手で、摑まえるんだ」

「偉くご執心ですのね…薄汚い獣一匹に、矮小ですこと」


くすりと嗤う私に、アドニスは小さく笑って返すだけだった。…詰まらない、ここ最近はそんな笑顔ばっかりだ。これでは本当にイジメ甲斐が無い、


「まあ精々頑張ってくださいませ。ああそれと、くれぐれもご政務の方を疎かにしないで下さいませ。迷惑を被るのはごめんですわ」

「うん、ちゃんと仕事するよ。楽しい事は、ちゃんとやることやってからじゃないと」

(図らずも同じモットー…ふん、少しだけ見直したわ)

「僕はもう帰るよ、夜遅くにごめんね」

「もう二度と来ないで下さいませ。それと、また窓から出るなんて仰らないですわよね?」

「え?」


私の言葉にぴたりとアドニスの手が止まる、それは窓枠に掛けられていて私は業とらしく大きく溜息をついた。すくりと椅子から立ち上って、彼を掌で大きく退かそ窓の下を見る…辺りに連れの様な者は見当たらない。


「もしかせずとも、ウサギ一匹見る為に兵士も連れずに此処まで…?」

「え、えっと…その、」


ギンっと睨めば、もじもじと指先と視線を泳がせるアドニスに私は頭を抱えたくなった。つぎ王宮に行った時は彼の目付け役に言って聞かせることを頭の予定表に書き入れ、業とらしくざっぱにカーテンを閉めた。


「ローズ?」

「愛称で呼ばないで下さいませ」


畳んであるストールを纏い寝台の隣に置かれた手燭を弄ると、流石に事を察したらしいアドニスが隣に寄って来た。


「良いよ、一人で帰れる」

「あなたを一人で返したとなれば、我が一族の面目が潰れますわ。それともそれをお望みで?」

「そんなことない。解った、せめてそれやらせて、いう事きくから」


だが私が頷くより先に手燭を奪い、寝台の灯をそっと移し始める。…この作業は苦手なので特に文句を言わず私はアドニスに譲った。できあがった小さな手燭を受け取ろうとするもするりと遠ざけられた。


「王子様。私、お客様に先導をさせる趣味はありませんわ」

「知ってる。行くのは執事室で良い? 僕が一人で行くから」

「そういう訳には参りませんわ、私が行きます」

「ローズ」

「貴方は一国の王子ある自覚をもう少し持つべきですわね。それと、私の事を愛称で呼ばないで下さいませ」


キツイ声で言えば流石に堪えたのかアドニスが小さく「ごめん」と言った。酷く打ちひしがれた顔をしていたが今更罪悪感なんて湧かなかった、私は彼に11年間こういう顔をさせてきたのだ。今更この程度で動揺しない。


結局、手燭を渡してはくれなかったが私は無事にアドニスを執事室まで連れて行った。執事が私兵を手配し、門を潜る手前アドニスが思い出したように振り返って言った。


「ハイデローゼ、夜会は楽しかったかい?」


なんでお前が知ってるんだ。

そう思ってねめつけるも、アドニスは答えを待たずに笑って門を潜った。暫くして、アドニスが乗ったであろう馬車が走る音を遠音に聴きながら、私はぼんやりと夜風に吹かれていると隣でぼそりと私の執事がぼやく。


「お楽しみでしたら、この時間に帰っては来ませんよね」

「……煩いわよ、ウォルター。余分な事を言ったらその舌引っこ抜いてあげましてよ」

「その胡散臭い口調止めて下さい、寒気がします」


まるで主への忠誠を感じないウォルターを3度程足蹴にしてから私は寝室に戻った。

悔しいが、ウォルターのいう事は最もだった。


「……王子、何しにきたんですかね」

「ウサギを見に来たんだって。良い御身分よね、」

「…ウサギ、ねえ…?」


含みのある言い方に「何か知ってるの?」と問うも、ウォルターは「何にも」と笑うばかりだった。まったく、食えない執事を持ってしまったものだ。その時の私は、夜会の疲れもありそれ以上考えることを放棄した。だから後ろで必死に笑いを堪えているウォルターにも気づかず、ウサギの意味も深く考えずに部屋に戻ってしまったのだ。


「やあ。良い夜だね、ハイデローゼ」

「…」


数日後、夜会に赴くべく身支度を整えた私を待っていたのはアドニスだった。ご丁寧に我が家の花押の刻まれた馬車の戸を開いてくれるアドニスに、私は自分の目が完全に坐るのを感じた。


「…何をしていらっしゃるのかしら、王子様?」

「ちょっとウサギの様子を見に来たんだ」

「その帰りに我が家へ?随分と軽いお足ですこと、」


口元を扇で隠して優雅に笑う私の後ろでウォルターが思いっきり噴出した。黙らせるためにこちらも思いっきりヒールの踵で足を踏ん付けてやった。


「なら、もう用事はすみましたでしょう。お早く王宮にお戻りになられては如何かしら」

「そうもいかない、…少し問題があって」

「問題?」


小首を傾げる私に、アドニスは笑って続ける。


「そう。そのウサギなんだけど…最近、ちょっと行動が目に余るんだよね。好きなようにさせて甘やかしたツケが回って来たのかな」

「聞いた話では、貴方様はまだウサギを飼われていらっしゃらないのでしょう。なら、ウサギがいう事を効かないのは当然ですわ」

「そっか。じゃあ、どうすれば良いと思う?ハイデローゼの意見を聞かせて」


「私、獣を飼ったことがありませんので、その様なことは存じ上げませんわ。まあ、言う事を効かない犬には首輪を着けろと良く俗世では言いますけれど」


「なるほど首輪、ね…」


何故かアドニスはそう言って真剣に考え込んだ。まさかウサギに首輪でもつけるつもりか?だとしたらコイツはアホだ。ウサギの何も解っちゃいない。


「ちなみに、ウサギはストレスを感じやすい動物で有名ですわ。そんなことしたら、二日と立たずに心労で死んでしまうかも知れませんわね__まあ、これも小耳に挟んだ話ですけれど」

「それは困る。この先ずっと一緒にいて貰うんだから」

「なら少しくらい自由にさせてあげたら如何ですか。___最も、ウサギの寿命なんて知れていますけどね」


そこまで言って、私はぴしゃりと掌を扇で打った。予定が大幅にずれている、これ以上出発が遅れると夜会に遅れてしまう、それは私の矜持が許さない。


「さあ、お悩みは解決しまして? なら早々にそこから退いて下さいませ、私急いでますの」

「ああ、ごめん。どうぞ、」


謝るなり、彼は少し戸から退いて恭しく手を差し出してくれた。どうやら、お礼にエスコートしてくれるようだ、ここで受けるのは女の礼儀というものだろう。子どもの頃と比べると幾らも差のついてしまった大きな掌に手を重ね、私はアドニスにエスコートされて馬車に入った。ベルベットの椅子に腰かけ一息つき、アドニスに別れを言おうとした矢先ぬるりと馬車に入って来た大きな影に私は絶句した。


「っしょ、良いよ。出して、」


がちゃんと戸を閉めて、当たり前の様に駆り手にノックで合図を送るアドニス。彼が外でそうするのなら問題はない、だが今彼は私と同じ馬車内にいるのだ。問題大有りである!


「っご自分が何をしていらっしゃるかお分かり!?」

「解ってる。今から夜会に行くんだよね、僕も行く」

「一国の王子が、一介のたかが夜会に招待されるなんて前代未聞でしてよ!」

「問題ないよ、あちらには事前に報せを送ってある」


全く持ってそういう問題じゃない___!!

そう思うも、ニコニコ笑うアドニスに怒る気力もなくなり私ははあとため息を着くに収めた。そんな私を見て「夜会では是非一緒に踊って欲しいな、ローズ」と調子扱く王子に私は隠すことなくきつい視線を返した。


「…愛称で」

「呼ばないで。だよね、もう耳にタコができる程聞いたよ」

「その割に進歩が視えませんわ。我が国の王子は、耳にタコができてもいう事が解らない阿呆でしたのかしら」

「かもしれない。なにせ、小さなウサギ一匹に一喜一憂している位だ、」

「ご自覚があるのなら改善なさいませ、不愉快です」



「それは俺の台詞だよ、ハイデローゼ」



聞き間違いだろうか、ありえない言葉が聞こえた。

抑えていた頭を上げ、呆然とする私を見て王子はやっぱりニコニコと笑っていた。


「夜会楽しみだね、ローズ?」


その顔に、何故か私の背筋はぞくりと凍った。

なにか目覚めさせてはならないものを目覚めさせたような、触れてはならいものに触れてしまったような焦燥と不安が体中を駆け抜ける。どこで間違えた?そんな疑問が理解するよりも先に私の中で湧き起こる。

そんな自分を見ないふりをして、私は馬車の外に視線を逃がした。


「そうですわね、王子様」


その言葉ばかりは、震えずに言えた気がしなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです…! もっと読みたいです。もう小説は書かれないのでしょうか。 つづきがあればいいのになぁ…2013年の作品ですもんね。 うわー読みたいです!!
[良い点] まさか夜会行く途中で終わるとは思わなかったけど、余韻の残る終わり方が良かったです。なぜ序盤に王子を振ったとき、父が見方したのか、またセバスちゃんと母の立ち位置など、想像を膨らませる余地があ…
2019/06/24 23:05 退会済み
管理
[一言] 「三大侯爵家の成金令嬢」って矛盾してますね…成金いらないかと。 今更だけど続きも欲しいなー(チラッ
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