when the Cherry Blossom blooms
桜を題材にした恋物語でも書きたいなと思ったので書いてみました。
「桜はもうすぐかな?」
わずかに春の温かさを帯びてきた風が頰を撫でる。
「どうかしら?ニュース見てたら例年よりも開花は早いって聞いたけど。」
他に誰もいない屋上で私は下界を見下ろしていた。その隣で横になって彼は陽の傾きかけた空を眺めている。
午後のHRを終えた今、様々な感情を会話に乗せた生徒達が校門をくぐって行く。ある人は涙を堪えながら、ある人はその人の背を叩きながらこの学び舎を去って行ってしまう。
今日は卒業式。
主役の3年生だけではなく、見送る側として私たちも出席を義務付けられた。
「・・・3年生、卒業しちゃったね。」
一瞬途切れてしまった会話を繋いだのはそんな私の呟き。
「まだ信じられないなー。来年は俺たちが3年なんだぜ?」
「ついでに言うなら受験もあるわね。」
「それは言わないでくれよ・・・俺が琴河みたいに成績良くないのは知ってるだろ?」
ガックシと肩を落とす彼が可笑しくてクスッと笑いが零れてしまう。
「日向はやればできる子だと思うんだけど?」
少しからかうように笑った。
温かさを感じる。何よりも大切な今、この時を。
私にとっては、この心地良い温かさが一番の宝物なのだ。
「受験の後は、俺たちの卒業だな。」
ふと、戯けた雰囲気から一変、彼が真面目な顔をして言った。
なんだか凄く寂しい表情に見えたのは気のせいじゃないと思った。
彼はそれから何も言わなかったけれど、何か考え込んでいるのはその表情から分かった。
卒業の後は―
そう続けなかったのは未だにその未来がうまく掴めてないからだと思う。彼も、私も。
この学校を卒業したら、私は、私たちはどこへと向かうのだろう?
もちろん大体の進路は決めている。決めていない人のほうが少数だろう。
けれど、明確なビジョンには程遠い。
きっと皆違う道を行くのだ。同じ学校に在籍していても、同じ道を歩んでいるかといえばそうでもない気がする。だが、多少なりともお互いに近い道だったと思う。
しかし、卒業してしまえばその“道”は四方へと散る。それはたぶん二度とは交わってはくれないのだろう。
なんとなく私も、寂しさを感じる。
「卒業式の日にはさ、桜が咲いてたらいいよな」
彼はそう呟く。
ふわぁと、花吹雪に飲み込まれるような錯覚を覚えた。一瞬だけ浮かんだ満開の桜のイメージに微睡んでしまうそうになる。
「なんで?それに満開の桜っていうと、卒業式よりも入学式のほうがイメージが強いと思うけど?」
私たちの入学式も、桜が華やかに咲いていたのを思い出す。
「なんかさ、桜に見送られて次に進みたいなって思ってさ。それにだんだん開花時期が早まってるんだったらちょうど来年の今頃は咲いてるかと思ったんだよ。」
「さすがにそこまで早まることは無いんじゃない?」
登校中の坂で今朝見かけた桜も、せいぜい蕾が少し膨らんできた程度だ。満開には程遠い。
「でもさ、せっかくの卒業式なんだからさ、それくらいの奇跡があってもいいじゃねぇか?」
そういって彼は柔らかく笑みを返してきた。
なんてことはない日常の会話。それがただただ嬉しくて、こんな時がいつまでも続けばいいと思った。
「あっ・・・」
聞きなれたメロディーが耳に入った。
小さい頃から聞いてるせいか、妙な懐かしさを感じてしまうこの旋律は、紛れも無く午後5時になったことを告げている。
有名な童謡から来ていることは小学校の頃に習ったけれど、地域によって流す曲が違ったり、流さない所もあるらしい。
気がつけば、当たり一帯は少し暗くなってきていた。
「もう5時ね…」
なんとなく信じられなかった。なんだかんだで、1時間ほどここで過ごしていたようだ。
思えば高校に上がってからはいつもこんな感じな気がする。
ただただ毎日が楽しくて、春だったのが夏になって、気がついたら冬になってて、いつの間にか2年という時が巡っていた。毎日が、あまりに短く感じてしまっていた。
――なんでこういうことになったのかな?
たまに思うことがある。
「それじゃ、帰るか。」
「うん。帰ろ」
寝転がっていた彼は起き上がって学ランについた埃をパンパンと払う。授業がなかったために空っぽな鞄を拾って歩き出す。
私はなんの躊躇いもなくそのあとを追って歩き出した。
ふと立ち止まって、彼のその背中をつい、ほんの一瞬だけ、眺めてしまう。
――彼との時が、あまりに楽しかったから?
――やっぱり彼が、好きだから。
まだ言葉にできないこの想いは、やっぱり『好き』という感情なのだと思う。
“道”がまだ寄り添っていられる内に、私はこの想いを打ち明けられるだろうか?
高鳴る鼓動ともどかしいこの気持ち。両方によって赤く染まってしまったであろう頬は夕焼けで隠されていることを願った。