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『無能とSSS級ボス部屋に追放された底辺配信者、配信切り忘れに気づかず唯一の『概念破壊』で神をワンパンしてしまう 〜今さら戻れと言われても、実家のオムライスが冷めるのでもう遅いです〜』

掲載日:2026/05/19

「カナタ。お前、今日でクビな」


 世界最高峰ダンジョン《終焉の奈落》。


 そこは、ダンジョンというより――世界の傷口だった。


 空は紫に濁り、雲の奥で雷が枝のように裂けている。


 遠くの大地は赤く脈打ち、割れ目から溶岩が流れていた。


 黒煙が、巨大な獣みたいに空へ立ちのぼる。


 息を吸うだけで、喉の奥が焼けた。


 足元の岩はまだ熱を持っていて、靴底越しにじりじりと伝わってくる。


 中級探索者なら、立っているだけで気絶する。


 上級探索者でも、三十分もいれば魔力酔いで吐く。


 そんな場所の、さらに最深部。


 ボス部屋の扉の前で、俺はそう告げられた。


 言ったのは、人気ギルド《栄光の剣》のリーダー、エドワードさん。


 登録者百万人を超える、超人気ダンジョン配信者でもある。


 俺は、そのギルドで荷物持ちをしていた。


 ついでに、自分でも配信をしている。


 登録者は五人。


 同接も、だいたい五人。


 つまり、全員いつもの人だ。


「お前みたいな無能、これ以上うちにはいらないんだよ」


 エドワードさんの後ろで、配信用ドローンが赤く光っていた。


 あっちの同接は三万人。


 こんな地獄みたいな場所でも、コメント欄だけはやけに軽い。


『ついにクビきたw』

『まあ荷物持ちだしな』

『無能をSSS級に連れてくるなよ』

『エドワード様、判断が早い』

『ざまぁwwスッキリしたわww』


 紫雷が、空を裂いた。


 一瞬だけ、ボス部屋の巨大な扉が白く照らされる。


 その扉は、まるで地獄の口みたいに見えた。


 俺は少し困った。


「ここでですか?」


「ああ、ここでだ」


「でも、この先、ボス部屋ですよ」


「だから何だ?」


 エドワードさんは笑った。


 その笑顔は、完全にカメラ向けだった。


「お前の最後くらい、配信の数字にしてやるよ。感謝しろ」


 その瞬間だった。


 ボス部屋の扉が、内側から軋んだ。


 ぎぎぎぎぎ、と。


 黒い風が漏れ出す。


 さっきまで熱かった空気が、急に冷えた。


 いや、冷えたんじゃない。


 何かに、熱ごと飲み込まれたみたいだった。


 溶岩の赤が、黒く沈む。


 紫の雷が、扉の上で何本も枝分かれする。


 黒煙が渦を巻き、天井のない空へ吸い上げられていく。


 空気が、肌に刺さるくらい重くなった。


 ギルドの仲間たちの顔色が、一瞬で変わる。


「お、おい……予定より早いぞ!」


「魔力反応、計測不能! SSS級を超えています!」


「逃げましょう、エドワード様! 全滅します!」


 扉が開く。


 中から現れたのは、山のような巨体だった。


 灰をまとったような黒い体。


 胸の奥では、溶岩みたいな赤い光が脈打っている。


 吐き出す息は黒煙になり、足を一歩動かすだけで、床の岩が割れた。


 ――《終焉の巨神》。


 世界を滅ぼすと言われている、神話級の最凶ボス。


「ひっ……撤退だ! 転移結晶を使え!」


 エドワードさんは一瞬で青ざめ、懐から結晶を取り出した。


 私怨剥き出しの目で俺を睨み、すれ違いざまに、なぜか俺の背中を強く押した。


「じゃあな、カナタ」


「え」


「無能らしく、足止めくらいして死ね!」


 眩い光が弾ける。


 エドワードさんたちは消えた。


 残されたのは、俺ひとり。


 目の前には、拳を振り上げる終焉の巨神。


 背後には、閉じかけた重い扉。


 そして。


 俺のヘルメットについている小さなランプが、静かに赤く光っていた。


「……あ」


 配信、切れてない。


 俺の個人チャンネル。


 同接五人の、いつもの配信。


 コメント欄が動いていた。


『常連A:え、カナタくん置いていかれた?』

『常連B:これ、普通に殺人未遂では?』

『常連C:エドワード最低すぎるだろ……』

『母:カナタ、ご飯冷めるよ』

『謎の視聴者:……その短剣、まだ使っているのか』


 俺は、少しだけ黙った。


 それから、カメラに向かって律儀に頭を下げる。


「すみません。ちょっとボスの前なので、ご飯はあとで食べます」


『常連A:そこ!?』

『常連B:会話のドッジボールやめろ! 逃げて!?』

『母:なら早く倒して帰ってきなさい』

『常連C:お母さん強すぎるだろwww』

『謎の視聴者:構えろ。来るぞ』


 終焉の巨神が咆哮した。


 床が割れる。壁が震える。


 衝撃波で、空中を漂う配信用ドローンがびりびりと揺れた。


 俺は腰から短剣を抜く。


 錆びた、初心者用の短剣。


 ギルドで支給された、一番安いやつだ。


「これ、一本しかないんだけどな」


『常連A:武器の心配してる場合じゃない』

『常連B:命の心配してくれ!』

『母:帰りに卵買ってきて。十個入りのやつ』

『常連C:母さんだけ完全に日常パート』

『謎の視聴者:……やはり、その構え。規格外か』


 巨神の腕が振り下ろされる。


 隕石が落ちてくるみたいだった。


 でも、俺は動かなかった。


 避けると、後ろの扉まで壊れる。


 それは困る。帰り道が分からなくなって、ご飯の時間に遅れるから。


「スキル」


 俺は短剣を、横に軽く振った。


「――『概念破壊』」


 ただの素振り。


 そのつもりだった。


 次の瞬間。


 巨神の腕が消えた。


 胴体が消えた。


 咆哮が消えた。


 ついでに、ボス部屋の頑丈な天井も消えた。


 地下最深部だったはずなのに、ぽっかりと丸い穴が空き、綺麗な満月が見えた。


「……あ」


 また、やりすぎた。


 手元を見ると、短剣がパキパキと音を立てて粉々になっていた。


「やっぱり、市販の短剣だと一回が限界かぁ」


 コメント欄が、完全に止まっていた。


 数秒後。


『??????????』

『は????????』

『ボスどこ行った?』

『天井も消えたんだが?』

『地下なのに月見えてるのバグだろwww』

『概念破壊って何???』

『母:卵はパックじゃなくて、特売のやつね』

『母さんだけ平常運転で草』

『今の見たやついる!? 切り抜け! 今すぐ切り抜け!』

『おい、なんか同接がバグってるぞ! 五万人超えてる!』

『いや、切り抜きから人流入してきて、今十万いった!!!』

『エドワード、これを無能扱いしてたのかよ!?』


 スマートフォンの通知が鳴り止まない。


 登録者数が、見たことのないスピードで増えていく。


 俺はカメラを真っ直ぐ見る。


「あの……見てくれた人、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる。


「今日でギルドを辞めることになったので、これからはソロで荷物持ち……じゃなくて、普通にダンジョン配信をしようと思います」


『荷物持ちやめろw』

『お前が荷物持たれる側だろ』

『即チャンネル登録した』

『伝説の始まりを見たわ……』

『母:卵忘れないで』


「はい。卵は買って帰ります」


 俺はそう言って、配信を切った。


 ◇


 帰り道。


 地上に出ると、王都は少し騒がしかった。


 どうやら俺の配信が、あちこちで切り抜かれているらしい。


 街角の巨大モニターにも、さっきの映像が流れていた。


『無能荷物持ち、神話級ボスを一撃』


『配信切り忘れで発覚。世界唯一の概念破壊か』


『人気ギルド《栄光の剣》に殺人未遂疑惑』


 物騒な見出しが並んでいる。


 俺はそれを横目で見ながら、いつもの地元スーパーに入った。


 卵売り場の前に立つ。


「十個入り……特売……」


 タイムセールの残り、最後の一パックだった。


 ホッとして手を伸ばす。


 同時に、隣から別の手が、目にも留まらぬ速さで伸びてきた。


 黒い高級レザーの手袋。細い指。


 フードを深くかぶった人物が、俺の手をピタッと止めてこちらを見た。


「……君が、カナタか。身のこなしで分かった」


「あ、はい。そうですけど」


 その人が何か重大な宣言をしようと口を開いた瞬間、俺のスマホが激しく震えた。


『母:卵買えた?』


「あ、すみません。今、卵がは最後の一パックで揉めてて」


 俺はフードの人を見た。


「あの……半分こします? 僕が五個で、そっちが五個」


「……は?」


 フードの人は、完全にフリーズした。


「世界最凶ボス《終焉の巨神》を塵にした男が……特売の卵を半分こ、だと?」


「はい。十個入りですし、パックをハサミで切ればいけます」


「……」


 沈黙の後、フードの奥から「くっ……あはは!」と、鈴を転がすような笑い声が漏れた。


「いや、いい。君に譲ろう。じつは私も、今日の夜はオムライスにする予定だったのだが、君の家庭の平和には勝てないな」


「いいんですか? ありがとうございます」


「ああ。その代わり、あとで少し話をさせてほしい。壊れない短剣の件も含めてね」


「助かります。毎回壊れると、お小遣いが持たないので」


 俺たちがそんな会話をしていると、周囲の買い物客が徐々にざわつき始めた。


「おい、あれ……世界一位の探索者、レイナ・クロノスじゃないか!?」


「え、本物!? なんで特売日に王都のスーパーにいるんだよ!?」


 レイナさんは、人差し指を綺麗に唇に当てて「シー」と微笑む。


「では、また連絡する。オムライス、楽しんで」


 風のように去っていく世界一位の背中を見送りながら、俺は無事に卵をカゴに入れた。


 これで今日のオムライスは守られた。


 ◇


 翌日。


 王都のカフェで卵サンドを食べていると、店のドアが激しく開き、エドワードさんたちが飛び込んできた。


 全員、顔が泥のようにひどい。一睡もしていないのだろう。


「カナタァァァ!」


 エドワードさんは、店中に響く声で叫ぶと、俺の前にスライディングするような勢いで激しく土下座した。


 額が床にゴンと鈍い音を立てる。


「戻ってきてくれ! 昨日のは冗談だったんだ!」


「冗談でボスの前に置いていったんですか?」


「ち、違う! 演出だ! 配信を最高に盛り上げるためのドッキリ演出だったんだよ!」


 彼の端末の画面は、真っ赤な数字で埋め尽くされていた。


 《栄光の剣》は大炎上。スポンサーは秒速で一斉撤退。ギルド資格は無期限停止。


 配信を切り忘れたせいで、悪行のすべてが世界に生中継されたのだ。当然の結果だと思う。


「頼む! お前が戻ってきて『あれは演出でした』って一本配信してくれれば、全部丸く収まるんだ! 頼む、頼むカナタ!」


 俺は、卵サンドを一口食べた。


 マヨネーズが効いていて、昨日買った特売の卵はやっぱり美味しい。


「すみません」


 俺は、極上の笑顔で言った。


「僕、無能なので。足手まといになりたくないんです」


「そんなこと言うな! お前は我がギルドの、いや世界の至宝だ!」


「でも、僕は荷物持ちですから」


「荷物持ちでいい! いや、俺がお前の荷物持ちをやる! 給料も百倍出す! だから戻ってくれぇ!」


 プライドを全て捨てて床に這いつくばる元上司。


 俺は少しだけ考えてから、きっぱりと首を横に振った。


「嫌です」


「な、なんでだ!?」


「エドワードさんの荷物、無駄に重いので。あと、態度も重いです」


「ひっ……!」


 店内が、水を打ったように静まり返った。エドワードさんの顔が、絶望で真っ青になる。


 その時、俺のスマートフォンがピコン、と小気味いい音を立てた。


 画面に映し出されたのは、昨日のフードの人――レイナさんからの直接メッセージ。


『壊れない短剣を用意した。今日、私のギルドで待っている。

 ――世界一位探索者、レイナ・クロノス』


「あ、世界一位の人から連絡だ」


 俺が呟いた画面を、エドワードさんが横から盗み見てしまう。


「レ……レイナ・クロノス!? 世界トップギルドの……!? な、なんでお前がそんな超大物と繋がって――」


「じゃあ、そういうことなので」


 俺は伝票を持って席を立つ。


 背後からは、エドワードさんの「あああああああ!」という、魂の抜けたような叫び声が聞こえていた。


 店を出ると、カラリと晴れた青空が広がっている。


 通知画面には、配信チャンネル登録者数「百万人突破」の文字。


 そして、母からの最新メッセージ。


『卵ありがとう。今日はオムライスです。ケチャップでハート描いてあげるね』


 俺はふっと笑った。


 ギルドを追放された。


 配信も切り忘れた。


 ボス部屋の天井も消した。


 世界一位の探索者と、卵の奪い合いもした。


 色々あった。


 でもまあ。


 帰れば、大好物のオムライスが待っている。


 それなら、これ以上ないくらい、悪くない一日だと思った。


 元・無能荷物持ち。


 底辺配信者カナタの、世界を揺るがす本当の冒険は。


 母さんのオムライスを、お腹いっぱい食べてから――たぶん、始まる。


(完)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


「お母さん強すぎる」「オムライス食べたい」「エドワードざまぁ」と少しでも楽しんでいただけたら、【ブックマークに追加】や【いいね!】で応援していただけると嬉しいです。


反応が良ければ、カナタのその後や、世界一位探索者レイナとの出会いを長編版として書いてみたいと思っています。


皆様の応援が、カナタの次なる特売卵ハントの力になります!


ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
うん、面白かった とりあえず卵買ってきての話だけでオムライスに使うと断言してるのと、 翌日カフェにタマゴサンド(持ち込み)で食べてるのと、 2日連続でオムライスなので卵足りるかな?と家族構成分からない…
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