最終話 再誕
初めてその声を聞いた時、何故か懐かしさを感じた。
聞いたことは……無かったはずだ。
会ったことも無かった、はずなのだ。
けれど夢の世界で会った赤毛の獣は俺の事を知っていた。
目の前には燃える獣の身体。
その身を燃やす炎はただの炎では無い。
あれは奇跡によるもの、知識ではない、本能がそう訴えている。
脳裏に浮かぶ寝かし付けてくれるセレーネ。
━━━━アンコニュの様な異形の獣に、何故か安らぎを感じた。
クッキーを食べさせてくれるセレーネ。
━━━━走馬灯の様に思い出すセレーネとの記憶、しかしそのどれもに心当たりは無い。
水に映る自らの姿。
━━━━ああ、俺は死んでまた繰り返したんだ。
思い出した。
あれは全ての始まりの獣、その正体は前世であり、別世界線の己だ。
戦いの果て獣の姿で死んだ俺は過去に戻され、再び繰り返した。
そしてまた死ぬ瞬間、赤毛の獣が奇跡で助けてくれた。
元は俺の放つ奇跡、それは馴染み俺を蘇らせた。
「エルッ大丈夫なんですか!?」
「うん、もう大丈夫。ありがとうセシリア」
収まった頭痛、ゆっくりと身体を起こす俺に寄り添うセシリアへとお礼を言いつつ獣と化した我が肉体を見やる。
既に亡くなった俺の肉体は現在別世界のセレーネが操っていた……のだがどうも今は意識は別の奴に乗っ取られたっぽい。
別の奴とは簡単に言うのであればマザーアンコニュ。
その正体はあの肉体に投与された後、自我を持ってしまった神血だろう。
だからこそセレーネは俺に殺されたかったのだろう、自分が抑えている間に。
先程も言った様にあれが全てのはじまりである。
投与された神血に耐えれず人の姿を保てず神にもなれなかった半端な存在あり全てのアンコニュの祖である。
すなわち、俺達の世界に侵攻してきたアンコニュは、この滅んだ世界の人類の成れの果てである。
「殺す訳にはいかないね……」
なんとしてもセレーネを助けないと。
「セシリア、お願いが━━」
「助けたいんですね?分かってますよ、だって私は」
笑顔で胸を張るセシリア、一呼吸置いて彼女は
「エルの妻ですから。夫の願いを叶えるのも妻の務めです♪」
そう言ってくれた。
「本当、私には勿体ない嫁さんだ」
「次そんなこと言ったら口を口付けで塞ぎますよ。私の夫に相応しいのはエル、貴方しかいないのですから」
普段より低い声音でそう言われ、少しだけ震えた。
自分を卑下にする悪い癖は早い所治さないといけないと改めて思った。
さもなければセシリアの荒療治が始まりそうだから。
「それで、助けると言いましたが策はあるんですか?」
「現状を説明するとあの肉体に2つの人が混じってる、その生き残っている片割れを救いたいんだ。そこで奇跡を用いてあの肉体から片割れを分離させて救う」
気を取り直しセシリアと今後の動きについて話し合う。
幸い獣は赤と蒼の双剣を持ったまま様子見している。
出来るかは分からない。
けれど肉体は勝手知ったる私の物、上手くいくと何処からとも無く自信が湧く。
肉体の核となる心臓部に分離の奇跡を乗せた剣を突き刺せば、きっと上手くいく。
「なら今度は私とキューちゃんがエルの支援ですね、任せて下さい!」
「キュー!」
セシリアの言葉に応えるようにキューちゃんが力強く鳴いた。
「さぁ正念場ですよっ!」
俺は即座に奇跡を行使してセシリアと自身に身体強化を施す。
その瞬間、セシリア自身も自分に魔法の身体強化を掛けてその場で踏み込み一気に獣へと接近した。
セシリアは自らの身を持って囮になったのだ。
「グオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
頭の上のキューちゃんから放たれる古竜の咆哮。
それによりセシリアを迎撃しようとした獣の動きが完全に止る。
意識がセレーネからなりそこないに変わったからか効果は抜群だ。
セシリアが動きの止まった獣の足をすれ違いざまに斬り裂く。
1対3では分が悪いと考えたのだろう。
獣が何処からか金色の髪の女性を目の前に呼び出した。
そして力無く横たわるその女性に力を注ぎ込んだ。
恐らく遺体に神血を注がれていたのだろう、肉体が膨張し獣の姿となる。
「コロ……シテ……」
晴れて蘇りを果たした女性は望まぬ復活にそう呟きながら四足歩行で俺に向かって一直線に突っ込んでくる。
注がれた力は俺の力、ならその力を消滅させ尚且つ変化して間もない今なら元の姿に戻せるかも知れない。
飛び掛かる獣の姿の女性の懐に潜り込みその身体を優しく抱擁し奇跡の行使を始める。
獣の姿の女性は暴れることはなく、むしろ落ち着きを取り戻した。
注がれた命をそのままに、女性の姿を本来のあるべき姿へと戻していく。
結局の所は望まぬ神血による暴走、それを抑えられれば姿が変化することは無いのだろう。
金色の髪に綺麗な碧い瞳の女性は人の姿に戻れた事に驚きつつも2度による肉体の変化による疲労に襲われ「あり……がとう……」と呟いて瞳を閉じた。
「キューちゃん、この人の事をお願いできる?」
「グルァ」
「はは、後でチョコあげるよ」
渋々と言った様子で頭の上から降りるキューちゃん、俺は着ていた上着を枕にして女性寝かせる。
上半身裸となるがこの際気にしない。
意識を失った女性はキューちゃんが守ってくれるから気にせず本題に戻ろう。
一人で足止めしてくれていたセシリアに回復の奇跡を施し、直ぐ様セレーネを助ける為の奇跡を発動。
形成される赤い奇跡の剣、これを刺せば分離させられるはず。
剣を片手に獣へと駆ける、その途中で思ったけど俺これどうやって刺そう……、俺の動きじゃなりそこないの獣に刺せない気がする……。
「グオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
そんな俺の事を察してか、キューちゃんの咆哮が後ろから届きました。
その咆哮は獣にとっては怯えを誘発したが俺にとっては最高の後押しだった。
赤い奇跡の剣を動きが止まったなりそこないの獣の胸に突き刺す。
獣の肉体は元を辿れば俺の肉体、それと一体化してるセレーネを分離させる。
俺がこの世界に生まれてきた理由は肉体の檻に囚われた妻を助ける事。
奇跡の光に包まれ、獣と一人の女性の2つに分離した。
セレーネを抱き止めて直ぐにその場から飛び退く、身体を動かす要だったのだろうセレーネが抜けて獣が倒れ伏した。
「お疲れ様、セレーネ。愛してます」
助け出したセレーネは俺の腕に抱かれて眠りに就いた。綺麗で美しかった青い髪は全て赤く染まってしまっていたが、セレーネが生きていて良かった。
「良かったですね、エル」
「うん、セシリア達のお陰だよ。ありがとう」
「ふふっ、妻の役目を果たしたまでです♪」
これで全て終わった、後は脱出するだけ。
いや、まだ一つだけやり残しがあった。
俺はセレーネをセシリアに預け、右手に赤い槍を生成し倒れ伏した獣へと投擲。
槍に貫かれた獣の肉体が焼かれ、そして灰となって消えたのをしっかりと確認した。
「これでよし、さぁ帰ろっか」
成すべき事は終わったのだ。
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アンコニュとの戦いも終わり平和が訪れた。
最初は皆赤毛のセレーネに戸惑っていたけど今ではすっかり慣れた。
一番戸惑っていたセラさんも今では時折愚痴を言いながらセレーネの世話をしてくれている。
まぁ仕えるべき方が二人に増えた訳だし、愚痴りたくなるのも分からなくもない。
アンコニュとの戦争が終わり、俺はようやく退役する事が出来た。
退役後は聖樹の家にてゆっくりとした日々を過ごしている。
それとは別に俺以外はそのまま軍に居るのは驚いた。とはいえ戦争での貢献から皆それなりに自由らしくクーデリアはユースティアと共に神官の修行をして、ジェームズはアルドルと一緒に新兵に銃や剣の扱いを教え、ソフィーとヴィクトリアはステラ達と一緒に冒険者になり、テレサはシャルル達の秘書として手伝い。
フィーユやエミリー達リュミエール隊のお姉さん達は魔法使い達の育成をしている。
セシリアはエルフの国でローザ母さんの手伝いと皆中々に多忙である。
俺がこうして膝の上のキューちゃんを撫でながらお茶を飲んでゆっくり過ごすのは皆に少し悪い気がする。
「それでな、コレットが告白されたって言ってな」
そして俺と一緒にお茶を飲んでお喋りしているのが連合軍の総帥のクランクさんだ。
クランクさんはこの大陸全土の連合国家の一番偉い人になってもこうして良く俺と話ししに来るんだ。
妹のコレットちゃんを良く連れて来たりもする。
「タイプじゃないんですって即答したらしい」
「また告白って……これで何回目なの」
「10超えた当たりから数えるのやめた」
設立された学園での生活で可愛いコレットちゃんは何度も告白されていてその度に兄妹で愚痴を言いに来る。
コレットちゃん曰く「エルさんとお喋りしてた方が楽しいもん」とのこと。
確かにコレットちゃんの病気治したけどさ、ここまで懐かれるとは思ってもなかった。
喉が渇き、お茶を飲み干すと傍で待機していたセラさんがおかわりを入れてくれる。
まだお茶請けにオリヴィアさんが焼いたクッキーを一つ頬張る、美味い。
「そうだ、近い内に戦闘機乗り達で集まるんだが、もし良ければエルも来ないか?」
「戦闘機乗りと言うとゴッズハウンド隊の人達も?」
「ああ、彼らも来るぞ。名目上は互いに戦闘技術の教授だが、なんてことのないただの雑談だろう。彼らもエルと語らいたいのさ、特に隊長は嫁さんの件もあるからな」
ゴッズハウンド隊の隊長ウィリアム・スミス。
その嫁さんがまさかなりそこないに蘇らされた女性だったとは驚きだよね。
フィーニス帝国での決戦時に負傷し、一命を取り留めたもののその後は抜け殻の様だった彼も、蘇った妻のエリナさんと会ったら元通り。
今では夫婦で良く遊びに来るくらいだ。
そんなウィリアム達も今は新兵に戦闘機の飛行訓練を付けている。
アンコニュとの戦いは終わったが、他大陸へと逃げ延びた神血教会の脅威が完全に消えた訳では無いからね。
そういう意味では真の平和にはまだまだ遠そうだ。
「気が向いたら行くと伝えといて」
「分かった」
そう言ってクランクさんはお茶を飲み干し席を立った。
「もう行くのかい?」
「ああ、なんせ総帥だからな。こう見えて結構忙しいんだ。コレットや他の人も手伝ってくれるからまだマシだが」
「あんまり根を詰めすぎないようにね」
「分かっているさ、また明日来る」
「本当に忙しいのかこの人……?」
忙しいのに毎日来ようとするの普通におかしくない……?まぁオリヴィアさんの転移魔法様々である。
「じゃあ、またな」
「うん、またね」
クランクさんを見送り、俺は庭へ出て椅子に座って背もたれに深くもたれる。
それからほんの数秒後、家から赤毛のセレーネが出てきて向かい合う形で俺の膝上に座り、もたれ掛かる。
互いに生きている事を確かめ合いながら、あの世界じゃ感じ取れなかった陽の光の温かさと愛する人の温もりを感じつつ瞳を閉じる。
願わくば、この平和が何時までも続くように。
〜fin〜
これにて完結です。
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