第56話 戦いへの備え
セシリアSide
悪夢に囚われたエルを助けた翌日。
目が覚めて身体を起こしてみればベッドに既にエルの姿はありませんでした。
一瞬今までの出来事が全て夢だったのかと思いましたが同じベッドでステラ、エミリー、セラさんが眠っていた事から夢ではありません。
「水浴びでもしてるのでしょうか」
寝汗を流しに水浴びしてる可能性も考えましたがエルは水浴びするなら浴室に向かって湯船に浸かりますね。
私はステラ達を起こさないようにベッドから出て着替え、部屋を出ました。
外はほんのりと明るくなりつつありますがまだ暗いですね。
今日は今後について皆と話し合うのですがまだ起きてませんし、少し身体でも動かしましょうか。
そう思い王城の廊下を歩いていると良い匂いが漂ってきました。
その匂いのする方へと引き寄せられて、辿り着いた先は調理室。
まだ朝の早い時間、朝食を用意する人が居るとも思えませんが……。
そう思って中を覗いてみると奥で紅い髪がチラリと見えました。
また机の上にキューちゃんの姿が見えることからエルでしょうね。
「おはようございますエル、何をしているのですか?」
「おはよ、これ作ってるの」
朝の挨拶をしてエルに近寄るとエルは振り返り、ミトンを付けた手で抱えていた皿を見せると其処には幾つかのパンが載っていました。
エルが作った良い匂いを放つ美味しそうなパン、それが私が釣られた匂いの正体でした。
「1つ食べてみる?」
「良いんですか?」
「良いよ〜これは出来たやつだから」
「では遠慮なく……あむ」
そう言ってエルはミトンを外し、パンの1つを手に取り差し出してきましたのでエルの手を握りそのままパンに齧りつきます。
「……美味しい」
外はカリカリ、中はしっとりとし小麦本来の風味を活かした素朴の味わい。
一口、また一口とパンを食べる動きが止まりません。
そうしてあっという間にパンを食べ切りエルの手のひらだけが残りました。
……私が言うのもなんですが嫌がらずにずっと私に手を握らせてくれていた事に驚きました。
しかも嫌な顔1つせず笑顔なんですから、それが私は嬉しく思いますが。
「と言うか、思い出したんですか?」
今までエルがパンを焼いていた事は無かったです、夢の出来事で記憶を思い出したのでしょうか。
「なんとなく、ね。全部思い出した訳じゃないよ、本当の両親の顔も名前も声も思い出せないし。けれどアルティナ達がパン好きだったのとパンの作り方は思い出せたんだよね。本当にありがとうね、セシリア」
「お礼を言われる程の事ではありませんよ、私だってエルに助けられてきたのですから」
「それでも、だよ。ありがとう」
それから私はエルと一緒にパンを作る事にしました、直ぐ側でエルに手取り足取り教えてもらえるこの時間は幸せですね。
作り、焼いて出来上がったパンを見ると達成感を感じました。
出来上がったパンを皿に移し机の上への置く。
「良い匂〜い」
瞼を擦りながらサリーネがやって来ました、後ろにはレスティナちゃんとアルティナちゃんが居ました。
サリーネの背中、その両側から顔を覗かせたレスティナちゃんとアルティナちゃんはパンを見て、そしてエプロンを着たエルを見て固まりました。
「おはよ、サリーネ。それとレスティナとアルティナも、朝は2人の好きなパンを作ってるからもう少し待ってね」
そう言ってエルは再びパンを作り始めました。
エルがパンを作ると言うことでレスティナちゃんとアルティナちゃんは大喜びしエルに言われた通り大人しく待ってました。
それからステラやフィーユ達も起きて匂いに釣られて調理室へと顔を見せました。
「皆ちょうど良く起きてきた事だし、朝ごはんにしようか」
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私達は食堂に移動しエルの作ってくれたパンを食べつつ今後について話し合う事にしました。
西は相変わらずアンコニュが活発に動いていますし、東は敵対したイコル、フィーニスの連合が居ます。
「まずは敵の呼称だけれど、イコル、フィーニス連合は今後【神血教会】と呼ぶわ。表立って動いていたのはイコル、フィーニスだけれどその実態は【神血教会】と呼ばれる各国の上層部だもの」
セレーネ様が仰った神血教会は各国上層部の過激派と呼ばれる者達で、表向きは神を信仰していますが裏では非道な実験を繰り返す危険組織ですね。
エルに対して実験を行ったのも神血教会の手によるもの。
神の再誕を謳っていますが実際彼らが何を目的としているかは定かではありません。
「西のアンコニュより東の神血教会をどうにかしたいよね」
「私も東を制圧してからの方が良いと思う〜」
エミリーの言葉にサリーネが賛成した。
確かにアンコニュの母体を倒した事により新たにアンコニュが生まれることもないでしょうし、事実アンコニュはその勢いが衰えています。
なら勢いの衰えたアンコニュより目的が不明の神血教会を制圧した方が安心でしょう。
「不幸中の幸いと言うべきか、その神血教会の連中は前線に出て来なかった事から東に固まってる様だし、私も賛成ね」
ステラも賛成しました。
「ならそういう方向で行こうか、手始めに奪われたゲネシスの奪還だね」
エルの言葉に全員が頷きます。
ゲネシスを奪還した後イコル、フィーニスへと進軍して制圧する事で方針は決まりました。
「ちなみにですが、ゲネシス国境付近での戦闘で破壊した敵の人型と新型戦艦の残骸は既にこちらで回収しデータを取得しました」
パンを手にセラさんはそう告げます。
新型戦艦、ディヴィニティ級と言いましたっけ……あの白い戦艦は2隻共にエルフの国の中央、王城近くの基地へと輸送済みです。
戦艦や人型の解析を行った事でエルの試作機やクーデリア達の一式、人型のイニーツィオを強化出来ました。
また他の回収した機体の使える部分を使って修理したことで数機は稼働できるようになりました。
と言っても乗れる方が居ないので当分はレスティナちゃん達の予備機になると思いますが。
「神血教会って今エルフの国に侵攻してるの?」
「いいえ、国境付近で待機していてエルフの国への侵攻はしてないですね」
パンを齧りながら首を傾げて聞いてきたエルに教えてあげます。
「ゲネシス各地で友軍が蜂起したからそれどころじゃないのでしょう」
そうセレーネ様が付け加えてくださいました。
「今後の方針も決まった事だし、今回はこの辺でお開きとしましょうか」
「なら試作機の点検してこようかな」
「私も一緒に行きますよ」
セレーネ様が話し合いの終わりを告げ、それを聞いて立ち上がったエルに付いて行く為私も席を立ちます。
レスティナちゃん達とクーデリア達も付いてくるそうです。
私達は王城から一式が配置されている格納庫へと向かいました。
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セラSide
皆がそれぞれ行動に移し、食堂には私と主であるセレーネ様だけが残りました。
私はセレーネ様の少し後ろを歩きながら共にセレーネ様の自室へと向かいます。
部屋へと着き、椅子に座られたセレーネ様の前に膝を着く。
「セレーネ様、あの赤毛の獣……」
「ええ、貴女が思っている通りでしょう」
ふぅ……と深い息を零されるセレーネ様。
そしてしっかりと私の目を見て言葉を続けました。
「アレは間違いなく私ね」
「やはり……」
赤毛の獣の正体はやはりセレーネ様。
より正確に言うのであればセレーネ様の化身とでも言いましょうか。
「ただ色々と不可思議な点もあるわ、奇跡行使した際の光の色が蒼ではなく赤だったり、獣の姿だったり」
恐らくエルの体内に入っているセレーネ様の血が暴走した結果なのだとは思いますが、実際何故獣の姿に堕ちているのかは分かりません。
そして異常にエルに執着する理由も。
幾らエルとセレーネ様の相性が良く、またエルが神の血に適応する者だったとしてもセレーネ様が彼処まで執着するとは思えません……。
「化身に付いては消えた事を確認したからもう大丈夫だとは思うけれど……セラ、貴女、エルと化身の最後の会話は聞こえたかしら?」
エルの夢、その深みでエルと赤毛の獣となったセレーネ様の化身は最後に何かやり取りをしていました。
「いいえ、聞こえていません」
何を言い合っていたのかは私には分かりませんでした。
恐らくステラやエミリー、セシリアも分からないと思いますが……。
「……今は神血教会の事に集中しましょう。アンコニュ達もエル達が母体を倒してくれたお陰で当分大人しいでしょうから」
「分かりました」
エルの中に居た化身の事が気掛かりではありますが、今はゲネシスへと侵攻した神血教会に集中しましょう。
幸いステラやサリーネの家族は全員エルフの国へと避難出来ていますし人質の心配は無さそうです。
ゲネシス奪還に向けて戦闘機等のシステムを今一度精査した方が良いでしょう。
私はセレーネ様の下を離れエル達を追って格納庫へと向かいました。
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エルSide
セシリアとアルティナに手を引かれて訪れた格納庫。
そこに置かれている俺の乗る試作機の点検を行う。
無論クーデリア達は自分の一式の点検を行う、システム系は出来ればココ……じゃなくてセラさんに見てもらいたけどセレーネさんと何やらお話があるそうで此処に来ていない。
俺の試作機もクーデリア達の一式にもディヴィニティ級戦艦のデータから機銃と機関砲の弾が魔力でコーティングされ威力が上がっているはずとのこと。
はず、というのはまだ実戦で試していないためもしかしたらそこまで威力が変わっていないかもしれないとの事。
「索敵、補助システム、通信問題は無さそうだね」
「はい、問題は無いですね」
試作機のコックピットの後部でシステム系を見てくれていたセシリアが問題ないと言った。
俺の方の操作系も問題は無い。
互いに問題ない事を確認し、先にコックピットから降りたセシリアが俺に向かって両手を広げて待ち構えたのを見てセシリアの両手の中へと飛び降りる。
セシリアに抱きかかえられながら次はレスティナ達の下へと向かう。
「当日持ってく追加武装は誘導ミサイルで良いかな」
「対人型等を考えるとその方が良いですね」
装甲の厚い人型は機銃や機関砲では撃墜が難しいからね、ミサイルで決定かな。
イニーツィオの足元までやって来た俺とセシリアは足場を登ってコックピットの前までやって来る。コックピットの中からは2人の少女の声が聞こえてくる。
俺は一度セシリアに降ろしてもらい、コックピットの中に居る2人に声を掛ける。
「調子はどう?」
「良いですよ、お兄様」
コックピットの座席に座って各種システムを見ていたレスティナが微笑みながら答える。
「お〜に〜い〜ちゃ〜〜〜ん!!!」
そんなレスティナの背後から飛び出し俺に対して体当たりをしてきたアルティナを抱き止めようとするもその勢いに耐えられずセシリアの身体で受け止められた。
「ごめん、ありがとうセシリア」
「ふふ、気にしないでください。私としてはエルと触れられて嬉しいことですから」
笑顔でそんな事を言うセシリア、私は少し気恥ずかしく感じた。
「セシリアお姉ちゃんだ!!!」
「はーい、セシリアお姉ちゃんですよ〜♪」
顔を上げて笑顔でセシリアに話し掛けてアルティナに対してセシリアも笑顔で答えた。
私としましては前後から柔らかな胸の感触でドキドキするので少し離れてもらえると嬉しいんですが無理そうですね。
その後クーデリア達も点検を終え皆で他愛のない話をしていたら、話を終えたセラさんが来てくれたのでセラさんにもシステムに異常が無いか確認をしてもらった。
結果システムに異常は無い。




