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87 共に乗り越える

 高濃度の魔力が吹き荒ぶ魔族領の中央にそびえ立つ魔王城。魔王軍を支える名のある魔族達は緊張した面持ちで、来客を待っていた。


 そんな配下達の様子に玉座に腰掛けた魔王スバーニャはクスッと笑い。


「皆どうした、そんなに緊張して……スバルが戻ってくるだけではないか」


 スバーニャが傍らに立つ老秘書官に声を掛けた。


 老秘書官はスバーニャの前に整然と並ぶ配下達の心境を察して苦笑した。


「それは無理も無い事かと……スバル様だけが戻ってくるのなら大した事ではありませんが、同行者に問題が有り過ぎるでしょう。何故、許可されましたので?」

「ふふん、スバルの目を通して彼の者を観察して問題無いと判断した。それにスバル本人からも強い要望が出ているからな……何より、面白いではないか」

「やれやれ……戯れが過ぎますぞ」

「あっははは! まぁ堪えてくれ。これでも色々と考えた末で決めた事だ」


 老秘書官は溜め息をつき、主の言葉に従った。


「御意のままに。もし彼奴に少しでも不審な点が御座いましたら、周囲の者が即座に排除致します」

「頼もしい限りだ」


 魔王スバーニャと魔王軍幹部が並ぶ大広間の扉が開き、案内役の文官を先頭にまずスバルが入ってきた。そしてその後ろにユーリ達も続いた。


 左右に控える魔族達から強烈な視線を向けられて、多少居心地が悪そうに歩くユーリ達。


 玉座に座るスバーニャの前で一行が立ち止まり、静かにスバーニャを見ている。


「よく戻ったな、スバル。長旅ご苦労だった……まだ完全には傷は癒えていないようだな」

「思いの外、治りが遅くてね。もう少し、時間が掛かりそうだよ」


 スバルは包帯を巻かれた右腕を少し動かすが、僅かにぎこちなさが残る。


「養生するのだな……さて、早速だがお前の友人を紹介してくれるかな?」

「わかった。犬神一族のコーネリア、妖精族のルイ、そして……勇者のユーリだ」


 スバルがスバーニャに三人を紹介すると背後に控える魔族達からざわめきと共に強い殺気が放たれる。


 数百年に及ぶ魔族の歴史において、勇者と魔王はお互いに相容れない不倶戴天の敵同士として争ってきた。この場にいる殆どの者が十年前の大戦を経験し、それを理解している。


 それ故に苛烈な反応となったのだが、当のスバーニャは平然とした様子で頷き。


「コーネリア、ルイ、ユーリか……私が魔族領を治める魔王、スバーニャ・メロディエンスだ。大きなリスクを孕んでいると分かっていながらそれでもここに来た、その胆力に敬意を評しよう」


 スバーニャは優しげな目でユーリを見詰める。


「わざわざ遠方より参ったのだ。何か言いたい事があるのだろう?」


 今回の魔族領への訪問の目的はスバルを通じて知らせてある。スバーニャを始め、この場にいる魔族達も知ってはいるが、それでもユーリの口から聞くまでは信じられない内容なのだ。


「はい。人族と魔族との関係を見直して欲しいのです」

「関係の見直し……具体的には?」

「これ以上お互いに血を流さぬように、戦争回避に協力して下さい」


 ユーリの言葉を聞き、スバーニャは少し間を置き言い放った。


「……それは不可能だな」

「っ! そんな」

「人族と魔族の間に刻まれた因縁は生半可な事で消せるものでは無い。それに単なる憎しみだけで戦争が起きた訳でもない。魔族が領土拡大を狙うのは生きる為だ。魔族領が苛酷な環境であるのはお主達にも分かるだろう。この地では領民が生きる為の糧は常に不足している……領民を、配下達を守るには外の世界に出るしか無いのだ」


 スバーニャの言葉を聞き、ユーリはゆっくりと口を開いた。


「魔族側の事情は分かりました。もし……もし、その問題が解決出来るとしたら、スバーニャさんは話し合いに応じてくれますか」

「はは、どう解決すると言うのだ。人族の国を差し出すとでも言うのか?」

「違います。必要な物を人族の国から買うというのはどうですか」

「ふん、それこそ不可能だろう。人族の国にそれほどの余力があるとは思えん」

「人族だけじゃなく妖精族、水棲族の協力も得られれば可能ではないですか」

「……ふむ」


 普通ならユーリの提案は容易な事ではない。だが彼女達ならば可能性はある。


「もし、その案が成ったとして世界は我らに何を求める? 資源と不戦か?」

「それと交流を」

「交流?」

「お互いをただの敵としか見ていないのでは不戦などすぐに破られます。交流を持ち、お互いを知る事で深く繋がり、それを世界中に広げる。そうすれば、状況を変えていけると思います」

「……何とも、楽観的な話だな」


 ユーリの提案にスバーニャは呆れたように呟いた。自分の言葉がスバーニャに届かなかったと感じたユーリは項垂れた。


「だが、面白い。それが本当に可能なのか興味が出てきたな……少しだけ付き合ってやるか」


 一転してスバーニャがニヤリと笑って答えた。


「えっ? じゃあ……」

「魔王スバーニャ・メロディエンスの名の下に。勇者ユーリ、お前の言う繋がりとやらを試そうじゃないか。何事も動き出さなくては始まらん、魔族の未来を守る為に出来る事をしなくてはな」

「あ、ありがとうございます!」

「礼を言うのはまだ早いぞ。お前の言う繋がりなど、か細い蜘蛛の糸のようなもの。それを強固なものにしていかなくてならんのだ。問題は山積みだぞ」

「はいっ!」


◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


 かつて大陸で巻き起こった数百年に及ぶ人族と魔族の争いはある時期を境に変化していった。


 最初の小さな変化は、時と共に多くの者達の行動を変え、長い時の果てには呪いのように受け継がれた殺し合いの運命さえ変えた。


 人族の歴史書には、幾つもの危機を乗り越えその難事を成した最後の勇者ユーリ、そして彼女を支えた三人の星騎士の名が記されている。

お付き合い頂き、ありがとうございました

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