86 遥か先の
「んん……ここは……どこだっけ」
清潔なベッドの上で目を覚ましたスバルは寝起きで思考が上手く働かず、見覚えはあるのだが自分が今いる場所が思い出せなかった。
身体を起こそうとしたが、あまりの倦怠感で力が入らない。
「これは……腹が減ってるのかな」
言うことを聞かない身体をゆっくりと動かして何とか起き上がると、激しい目眩に襲われてぐったりと項垂れた。
「ぐぬぬ……絶不調だ。何が……どうしたんだっけ?」
記憶を遡り、意識を失う前の事を思い出そうとしてハッとした。
そっと右手を開いて、手のひらを確認する。最後の魔法を放つ為に魔力種を使って右腕を改造して手のひらに黄金の目が付いていた筈だったのだが、確認した手のひらに異常は無い。
部屋の鏡で確認しても見た目に変わった所は無い。鏡に写っているのは草臥れた様子ではあるがいつものスバルだ。
「むむ、魔族には……見えないな」
スバーニャは魔力種を使えば魔族になると言っていたが、少なくとも見た目に変化は無い。
「一時的な変化だったのかな……あっ! 皆はどこだ」
慌てて歩き出そうとしても足腰に力が入らず、ヘタり込んでしまった。
「ダメだ……何か食べないと」
立ち上がったスバルはフラフラと頼りない足取りで部屋を出た。
「ここは……教団の医務室か」
訓練の時には何度も利用した医務室である事にようやく気付いたスバルは人を探して通路を歩いていると、どこからか食欲を刺激する良い匂いが漂ってきた。
その匂いを追ってスバルがとある一室に迷い込んだ。
「あ」
「え」
「お」
「う~ん。この煮込み肉、美味しいですね~」
そこではコーネリア、ユーリ、ルイ、そしてミオンが揃って食事をしていた。
ミオン以外の三人が部屋に入ってきたスバルを見て思わず固まっているが、ミオンだけは構わず食事を続けている。
「お……お前達……私にも食べ物くれよぉ!」
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「二日も眠ったままだから心配したんだよ」
「二日ッ!? 二日も眠っていたのか、私は」
コーネリアから豆と根菜の煮込みをもらい口を付けるスバルは自分が長時間眠っていた事実に驚いた。
「あの戦いの後始末もまだ全然進んでいなくて、ミオン先生とボク達は連日取り調べやら何やらでほぼ軟禁状態なんだよね。幸いなのは、騒動の主犯であるベガとその配下を確保出来ているお陰で全容の把握は難しく無さそうって事かな」
「ベガ……生きていたのか」
「覚えてない? スバルの氷魔法で封印されてたんだよ」
「あ、ああ。そうだったかな?」
「それより~スバルさんは身体の方は大丈夫そうですか~?」
食事の手を止めてミオンがスバルの様子を伺った。起き上がり食事を摂れるようになったとはいえ、スバルの顔色などを見る限りまだ本調子とはいえない。
「まだ疲れが取れませんね。身体も重いし……」
「そうですね~……何せ身体を改造したんですから、馴染むまでしばらくは休息が必要ですね~」
「ぶほぉっ!」
「ぎゃあ! 汚ねぇ!」
ミオンの言葉に思わず吹き出したスバルは呆然として、ミオンをまじまじと見た。
「え、え? あ~……」
「今は安定していますが~アナタが倒れた直後は右腕の傷み具合は酷かったんですよ~。どうやら相当な無茶をしたようですが~右腕の機能が完全に戻るかはまだ分からないですね~」
「……そう、ですか。それなら私が人族で無い事もお分かりですよね?」
「はい~。今のアナタは人族と魔族の中間といった所でしょうか~」
「……では、この後はどうなりますか。牢獄か追放、ですか」
正体がバレている以上、誤魔化す事は出来ない。抵抗する気力も体力も無いのだから、スバルは潔く処分を受け入れるべくミオンの言葉を待った。
しかし、腹をくくり険しい顔のスバルとは裏腹にミオンは首を傾げて。
「牢獄? 何を言ってるんですか~? アナタは治療に専念して~一日でも早く訓練に復帰出来るように努めて下さ~い」
「えぇ? でも、私は……」
「何々、スバルは魔族になったのを気にしてんの? 別にいいじゃん! ウチにとってはスバルはスバルだし。それに人族じゃないってなら、ウチも獣人族だし」
「あたいは妖精族だし」
「ボクなんか異世界人だよ。それにミオン先生もスバルにお願いしたい事があるんですよね」
「は~い、ユーリさんから聞きましたが~スバルさんは魔族側と連絡を取れるとか……まだ未確定な段階ですが、ステラ教団は方針を変更して魔族との戦争回避の道を模索していくかもしれません~。そうなった時に~スバルさんには協力して欲しいのです~」
「戦争回避……本当に?」
「まだ協議中ですが……教団の実質的トップであった大星師の凶行を事前に阻止出来ず、多大な被害を出してしまいましたから、これまで通りとは行きません~。変われるかどうかも分かりませんが~……望みはあると思いますよ~」
ミオンはニッコリと笑い、遥か先の未来を夢想するのであった。




