84 覚悟
上空に浮かぶ黒い太陽とそれを背にするクレイジーバニーを目指して上昇する氷竜。
「まだ大きくなってる……あれを下に落とさせる訳には」
ユーリの力を最大限に高めて放てるのは一度だけ。防御に集中すれば、あの黒炎弾を相殺する事は出来るかもしれない。しかしその場合、クレイジーバニーへの対処が遅れてしまう。
かと言って黒炎弾を掻い潜ってクレイジーバニーに接近すれば、黒炎弾の被害は塔だけに留まらず周囲の街にまで広がる。
どうするかと思い悩んでいるユーリの心に魔法通信でスバーニャの言葉が伝わってきた。
(あの黒炎は私が何とかする……ユーリはアイツに集中しろ)
「スバーニャ……分かった。任せるよ」
迷いを払い、ユーリは意識を集中させて流星刀を握る。
流星刀に『奇跡』の力を乗せ、さらに氷竜の力の一部も上乗せする。
「もっと……もっと……ユーリの名の下に。星よ、導きの星よ、全ての力をこの一撃に 『勇気』」
ユーリが手にする流星刀に様々な光りが集まり、やがてそれは虹色の輝きを放つ極光刀となった。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
黒い太陽と化した黒炎弾を消し去る為にスバーニャは上空を見上げて魔力を練り始めた。
「メロディエンスの……ぐぅ」
突如激しい頭痛に苛まれ、スバーニャの視界がボヤけて焦点が定まらなくなった。
「こ、これは……身体が限界、なのか」
元々、スバルの身体は人族のものと同程度の力しか有しておらず、スバーニャの力を使えるようには出来ていない。そこへ半ば無理矢理スバーニャの意識と力を注ぎ込む事で、今のように強力な魔法を行使している。
だがそれも限界がきた。
スバルの身体がスバーニャの強過ぎる力を受け止めきれず悲鳴を上げている。
「いかん、な……一度、スバルに身体を戻さなくては」
身体からスバーニャの意識を離れようとした時、スバルの声がそれを止めた。
(待て、スバーニャ。今お前が離れては、ダメだ。あの黒炎をどうにか出来るのはお前しか居ないんだぞ)
「無茶を言うな、スバル。これ以上力を使ったら反動でお前の身体が壊れる」
(それがどうした。私に命を懸ける覚悟が無いと思っているのか。私達を信じてユーリは奴に向かっているんだぞ。その期待に応えられなくて、何が魔王だ!)
「……ふふ、仮にも創造主である私に大層な口を……魔族の側に属するお前が人族の為に命を懸けるか。面白い」
(スバーニャだって同じじゃないか。初めは魔族の為に勇者の命を狙うつもりだったのに、今は勇者であるユーリに力を貸している。何か思う所があるんだろ)
「まぁな、あの子は歴代の勇者とは違う経験を積んでいる。それがどういう未来を作るのか、少し興味が出てきたんだ」
そう言うとスバーニャはスバルと交代して、身体を明け渡した。スバルの瞳が黄金から黒へと変わり、スバルの人格が表に現れた。
「スバーニャ?」
(安心しろ、仕事はするさ。あの子に何とかすると言ったんだ、それを嘘にするわけにはいかん)
訝しげるスバルの目の前に、魔王城にいるスバーニャから黒い玉が送られてきた。
「これは?」
(『魔力種』というアイテムだ。これを使えばお前の身体を一時的に強化出来る。そうすれば一度だけなら私と同等の力が出せる筈だ……但し)
「但し?」
(これを使えばお前の身体は人族から魔族の側へと傾く。それに反動もキツいものになるだろう……それでもいいか?)
「覚悟はあると言っただろう」
スバルは右手を伸ばし魔力種を掴んだ。掴んだ瞬間、魔力種から飛び出した黒い蔦がスバルの右腕に絡まり、右腕全体を黒く染めていく。
痛みは無い。ただ右腕の感覚が徐々に失われていくのを感じて、スバルは息を呑んだ。
「ふぅ……ふぅ……」
スバルは閉じていた右手をゆっくりと開くと手のひらに黄金の瞳が開眼していた。
「……いくよ、スバーニャ」
(ああ、いつでも)
深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。
心の乱れを鎮めて、カッと目を見開いた。
「メロディエンスの名の下に」
(メロディエンスの名の下に)
上空に浮かぶ黒炎弾に向けて右手を掲げる。
「魔神よ、天地を司る神よ」
(魔神よ、天地を司る神よ)
掲げた右手に膨大な魔力が集中し、支えるスバルの身体が悲鳴を上げて目や鼻から血が滴り落ちる。
「全ての力をこの手に 『魔王』」
(全ての力をこの手に 『魔王』)
◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
クレイジーバニーは頭の中で反響する自身の憎しみの声に意識が飲み込まれてかけていた。
「くそ……くそ……あああぁぁ!」
世界中の人々から寄せられた平和を求める声と重圧、強力な魔族との死闘、背中を託した仲間、そして裏切り。
再び蘇ってからは過去の黒い感情ばかりが絶えず呼び起こされ、かつての楽しかった事や嬉しかった事の記憶は心の奥底に沈んでしまった。
「うふ……ふふ、あぁ~うるさいなぁ」
身体から絞り出すように吐き出した魔力を全て注ぎ込み巨大化させた黒炎弾を、眼下から迫ってくるユーリへと放つ。
「きらきら、キラキラ、ウザったいなぁ!」
ユーリを飲み込もうと巨大な黒炎弾が動き出した。
クレイジーバニーの心を象った灼熱の業火が希望の光りを焼き尽くす。




